苦しい時期を一緒に過ごした同期、楽しかった万博
──お二人は早くから賞レース決勝に登場し、「M-1」でも3年目の2018年に準決勝進出するなど注目を集めていましたよね(「ytv漫才新人賞」で4回、「NHK上方漫才コンテスト」で2回、「ABCお笑いグランプリ」「NHK新人お笑い大賞」で1回決勝進出)。ただ優勝まではなかなか届かず、苦しい期間でもあったかと思います。昨年2025年に7年ぶりとなる「M-1」準決勝進出を果たし、勢いそのままに優勝を遂げましたが、打開できたのには何か理由があったのでしょうか?
きむら ネタに関しては赤木がやってくれているので、僕はメンタル的なところで言うと、苦しかった時期は同期に支えられました。真輝志、丸亀じゃんご安場、カベポスター浜田とかにめっちゃ話を聞いてもらって、だいぶ助けられましたね。アドバイスをもらったり、お互いに「俺らもこんな状況やけどがんばろう」と言い合ったりしていました。
──同じように悩んでいる同期の存在が大きかった。
きむら まさにそうです。36期ではダブルヒガシやカベポスターが「ytv漫才新人賞」「ABCお笑いグランプリ」を獲っていますけど、それまでは準優勝ばっかりやったんです。シルバーコレクターを集めてライブも打ったくらい。悔しくて歯がゆい思いをしている同期が多かったのが心の支えになりました。カベポスターが獲って、ダブルヒガシが獲って、ドーナツ・ピーナツがテレビに出だして、というのを目の当たりにして、「やってりゃあできるんや」というふうにも感じるようになって、よりがんばろうと思えたのが自分の中ではデカかったです。
──赤木さんはどうでしょう? ネタ作りに行き詰まることもあったのではないでしょうか。
赤木 僕らは賞レースを獲らないとなんも始まらないと思っていて。
──なぜですか?
赤木 テレビに出て活躍できる想像がつかなかったですね。ネタはたぶんうまいことできそう、一番可能性がありそう、と思っていました。
きむら 自己プロデュースとかもめちゃくちゃ下手なので、僕ら。一番得意なことはなんだろうって言ったらネタ、賞レースかなと。
赤木 決勝には何度か行かせてもらって得意な感覚はあったので、世間に評価してもらう方法として賞レース優勝を目指していました。だから賞レースにいっぱい出て、いっぱい負けての繰り返しだったのはしんどかったです。なんも思いつかない時期もありました。一応毎日、会議室を取ってみてるけど、何も出てこない。賞レースに向けてネタ作ってやって負けて、ネタ作ってやって負けてを7年くらい続けていたら、ただの作業になってくるんですよね。しんどかったけど、でもそれ以外のやり方がわからなくて。だから、このルーティンを崩さないと、と思って1年くらい前から会議室を取るのをやめたんですよ。なるべくいろんな場所でネタを作って、何かちょっとでも楽しくなるように。それを変えたのがよかったんだと思います。あとは、(2025大阪・関西)万博です。それまではずっと夜型の生活で、日が沈む頃に起きていたので、太陽の光を浴びないことも多かったんですよ。万博には通期パスを買ってめっちゃ行ってたんですけど、そのためにちゃんと朝起きて、陽の光を浴びるということをできるようになりました。
きむら 健全やね。
赤木 それでだいぶよくなりましたね。だから僕にとって、大阪とは万博です。
──?
きむら そんな質問じゃなかったと思うで? くすぶっていた時期をどう突破したか。
赤木 家、会議室、賞レース、その往復でしんどい日々でした。でも同期とルームシェアしていたのもよかったですね。(柿)銘苅、(ダージリンティクラブ)志女木と一緒に住んでいたんですけど、お金ないのにいっぱいトカゲを飼ったり、毎日朝までゲームしたり、大学生のような生活をしていたので、あまり焦りが出てこなかった。
きむら 考えられない生活です。
──家と会議室の往復という鬱屈とした日々が、万博に通うようになってパーッと晴れたということですね。
赤木 そうです。何か楽しくできる、明るくいられる方法を探したのがよかった気はします。
──ちなみに、万博の何がそこまで赤木さんをハマらせたんですか?
赤木 お祭り感ですね。世界各国の人が集まる、平和な空気感。みんなが楽しそうにやっている感じ。展示もいっぱい見ましたけど、何か知識を蓄えられたかというと、怪しいです。それが何かもわかってないけど、とにかく写真を撮って。
きむら そのくらいの気持ちがよかったんじゃない?
赤木 すごく楽しかったです。とにかくスタンプラリーを集める作業をしていました。
きむら 万博もルーティン化してるやん! 危ないところやで。期間限定でよかった。
2人が描く将来像と、マンゲキへのメッセージ
──マンゲキで培ってきた力を4月からは東京、そして全国で生かしていくことになりますね。
きむら 僕は正直、テレビで手応えがあったことが今のところないので(笑)、今後どういう力を発揮できるかはまだわからないんですけど、自分たちが劇場にいたときに「この人ら、ほんま面白いわ」と思っていた先輩たちが軒並みテレビで活躍しているわけですよ。ということは、その人たちと一緒に劇場でやってきたことがきっと自分たちも生かせるはず。マンゲキでやってきたことは間違ってなかったという証明を先輩たちがしてくれているので、逆に言うと、僕らも後輩たちがそう思えるようにがんばっていかなあかんなという責任も感じますね。赤木はどう?
赤木 うーん……あんまり培えてないかもしれない。
きむら 楽屋にいなかったからね。
赤木 こじまラテさんから「マッチョ」と言われて、「いや、ガリガリやねん!」っていうのをどこかのテレビで披露できればと思います。
──それを東京のテレビでできたら感動ですね。
きむら できません!(笑)
赤木 ビスブラのきんさんが、7、8年前に僕が手を机にガンってぶつけたのをいまだに「手、大丈夫か?」って聞いてくるノリもあって。それを東京のテレビでやって、初めて昇華されるのかなと思います。
きむら 楽屋ではそんな感じでも、舞台には立ってきましたから。そこで得た経験を生かしていこう。
──1年後、チャンピオンイヤーを終えたとき、どうなっていたいですか?
きむら それはマジでわかんないです。なんせ、急に変わっちゃったので。よくインタビューで目標を聞いていただくんですけど、「目標を見つけるのが今の目標」という感じなんですよね。4月から東京に行って、知らない仕事ばかりでしょうし。いろいろやってみて、楽しいことや得意なこと、やりたいことが明確になっていくといいなと思っています。でもマンゲキの楽しかった雰囲気のままお仕事ができたら一番幸せかな。楽しむための努力は怠らんとこうと思いますね。最初の目標は、フジテレビの小高いところで、後輩の挨拶に「よっ」って返したいです。
──河井さんのように(笑)。赤木さんはどうですか?
赤木 もともと憧れていた芸人さん、天竺鼠・川原さん(現・天竺川原)、近いところで言うとビスブラ原田さん、さや香・新山さん、九条ジョーさんとか、推進力のある人になりたかった。その人たちは芯がある人なんですよね。見てて、すごいなって思うんです。僕は芯みたいなものがないので、そういう人間になりたいです。中身がある人間に。「この人はこういう人やな」って思ってもらえるような、何かができるように。
──赤木さんも芯がない人には見えませんが?
赤木 もらった仕事を一生懸命やる、好きなこといっぱいやりたい、とかはありますけど。(芯が)まだないので、「誰になんと言われようとも!」という人になれればいいなと思います。
きむら カッコいいよね。
赤木 もう、MCの言うことも聞かない。さんまさんの振りを無視するとかもやってみたいですね。「俺は無視するんだ」と。
──芯を持って無視する?
きむら さんまさんに「どうや、赤木?」って言われても無視するってこと?
赤木 はい。
きむら すごいことしてるかも!(笑) 新山さんとか原田さんもそんなことしてへんで?
赤木 無視はしてないか(笑)。
きむら それに対して自分の芯を持って返すのがいいんじゃない?
赤木 そうですね。憧れの人に近づけるように。
──ちなみに、芸人になる前はどんな人になりたかったんですか?
赤木 おもしろ人間ですね。僕が面白いと思ってきた人、それこそ川原さん、千鳥さん、ダイアンさんみたいになりたかったです。だからといって「漫才師を目指すぞ」とかではなかったです。
きむら 「テレビ出たい」は?
赤木 テレビ出たいとかもなかったですね。いや、なかったと言ったら嘘になりますけど。
きむら 嘘ついてるやん(笑)。
赤木 とにかく面白くなりたいというのが強かったです。まだ全然たどり着けていないので、面白くなりたいです、とにかく。
──きむらさんは?
きむら 僕はちっちゃいときはテレビっ子だったので、テレビの世界に憧れていましたね。でもNSCに入って、それこそ5upに行って初めて生で漫才を観て、びっくりしたんですよ。「テレビ出てない芸人でこんなおもろいんかい!」って。当時の30期さん、アイロンヘッドさんとかが出ていたと思うんですけど。そこでけっこう衝撃を受けて、漫才が好きになっちゃいましたね。どっぷり好きになって、「こんなのしたい」と。そこは芸人になってからの軸になっていると思います。僕らも、誰かが生で初めて漫才を観たときにそんなふうに思ってもらえる芸人でいたいです。
──お笑いナタリーが昨年から5本にわたってお届けしてきたよしもと漫才劇場特集はこのお二人のインタビューでラストとなります。最後に締めとして、マンゲキや後輩へメッセージをお願いします!
きむら マンゲキはほんまに大好きな場所。大阪で一番好きな場所、家みたいな存在です。だからこそあえて言わせてもらいます。後輩たちよ、喫煙所のフィルター清掃、こまめにやれよ! けっこう僕がちょこちょこやっていたんですけど、東京に行ってしまうので、後輩たちに託します。
赤木 真っ黄っ黄ですもんね。
きむら 喫煙所での会話が舞台に繋がったりもするんですよ。だからこそ、快適な空間であるほうがいいので。赤木は?
赤木 えー、マンゲキ……。うぇー……。
きむら すみません、まだ芯がなくて。
赤木 むっちゃお世話になりました。僕の芸人生活、マンゲキでしか生きてきていないので、すべてがマンゲキ。だから、存在し続けてくれることがとにかくありがたかった。マンゲキがなかったら行き場を失っていたと思います。大阪若手芸人の“家”として存在してくれることが本当にありがたい。だから、えー、(なぜかヘロヘロになりながら)もっと家っぽくしてください。暖炉作ったり、寝室作ったり、ゲーム室とか。
きむら え、15発くらい殴られた? ダウン寸前みたいになってる。存在し続けてくれてありがとうってことですね。すでに人気者を十分輩出していますけど、僕らもその仲間に入って、マンゲキOBとしてあり続けたいです。
公演情報
たくろう卒業単独ライブ「たくろう」見逃し配信
販売期間:2026年3月29日(日)12:00まで
配信期間:2026年3月29日(日)23:59まで
料金:配信1500円
チケット:FANY Online Ticketで販売中。
「THE BEST OF MANGEKI 2026」
日時:2026年3月29日(日)18:50開場 19:15開演 21:15終演予定
会場:大阪・なんばグランド花月
料金:会場当日4000円 / 配信2000円
※会場前売チケットは受付終了。
出演者:マイスイートメモリーズ / 豪快キャプテン / たくろう / 三遊間 / 例えば炎 / ぐろう / シカノシンプ / ダイタク / エバース / 滝音 / イチゴ / ゼロカラン / 金魚番長 / 大王
プロフィール
たくろう
赤木裕(アカギユウ)
1991年10月24日生まれ、滋賀県出身。
きむらバンド
1990年1月28日生まれ、愛媛県出身。
NSC大阪校36期生のきむらバンド、37期生の赤木裕が2016年3月に結成。わずか5カ月で大阪・よしもと漫才劇場のネタバトル「Kakeru翔グランプリ」で優勝する。「ytv漫才新人賞決定戦」は2019年、21年、22年、24年に、「ABCお笑いグランプリ」では2018年に決勝進出。2024年に「第54回 NHK上方漫才コンテスト」で準優勝。2025年、「M-1グランプリ」で7年ぶりに準決勝進出を果たし、自身初の決勝へ。1stラウンド2位で通過し、審査員9人中8票を獲得して優勝した。


