お笑いナタリー Power Push - SICKS-シックス- みんながみんな、何かの病気
テレビ東京「SICKS」が視聴者を魅了したわけ
特別寄稿 てれびのスキマ
現実を笑える世界に変える「SICKS」の効能
「現実を生きるために、見ていたい夢だってあるんだよ」
岸井ゆきの演じる清純派AV女優・つばめがこのセリフを発したとき、「SICKS」はコント番組という枠を飛び越えた。
「SICKS」が最初はオムニバスコントの形式を装い、そのすべてが繋がったひとつの物語作品になっていたということは、たとえまだ番組を見ていない人でも既に伝え聞いてご存じだろう。岸井ゆきのこそ、番組が提示したその最初の“ヒント”だった。なぜなら、彼女は清純派AV女優に扮した「ガチ恋病」と、中華料理屋の娘に扮した「レビュアー病」というふたつのコントに登場していたからだ。通常のオムニバスコント番組では、一人の演者が複数のコントに出演するのは珍しくない。だが、「SICKS」の場合に限っては、それが重要な意味を持っていたのだ。そのことに気づいたときのカタルシスは「SICKS」における大きな醍醐味のひとつだ。
だが、誤解を恐れずに言えば、そんな伏線が張り巡らされた緻密な構成は、「SICKS」の魅力のほんの一部でしかない。ひとつひとつのコントが単純に面白く笑えて、同じコントの中にも各回ごとに様々な手法や構造が使われていて飽きさせない。さらに「物語」であることを巧みに利用して笑うと同時に泣けるようにもなっている。つまり、驚きも笑いも感動も全部が詰まっているのが「SICKS」の最大の魅力だ。
たとえば「ガチ恋病」の発田(若林正恭)は、AV女優のつばめを「処女」だと言い張って恋をしている。それに対し、友人(オクイシュージ)や父親(入江雅人)が「おかしいだろ」とツッコむのが最初の構造だった。だが、あるときから、発田はつばめを「処女じゃない」と言い出し始める。そこからコントは反転し、「おかしくないことを言っていることがおかしい」という奇妙な構造になるのだ。「処女だって言ってくれる発田くんが好き」だったつばめは発田の元から去ってしまう。やがてコント、いや物語は第8回で感動的な展開を見せていく。つばめから発田にある事実が語られる。だが、つばめは事実は事実と知った上で、お互いが幸せに生きるために、それとは違う「設定」を貫いてきたことを明かすのだ。かつて発田がつばめをAV女優なのに「処女」だと言い張っていたように。
そして発せられるのが冒頭のセリフだ。その言葉は、ひとつのコントを軽々と飛び越え、テレビ、いや娯楽全体に通じる言葉だ。僕たちは「現実」を生きるために、「夢」のような虚構の世界が必要なのだ。
「笑える世の中つくった人が、一番偉いよ」
つばめの台詞をそのまま「SICKS」に捧げたい。
てれびのスキマ(戸部田誠 / トベタマコト)
1978年生まれのテレビっ子。ライター。著書に「タモリ学」(イースト・プレス)、「有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか」「コントに捧げた内村光良の怒り」(ともにコア新書)がある。最新刊として1989年前後のテレビバラエティを舞台にした芸人・作り手たちの青春群像ノンフィクション「1989年のテレビっ子」(双葉社)が発売中。
特別寄稿 加藤千恵(歌人、小説家)
視聴者を信頼している番組
「SICKS」ほど繰り返して見るのに向いている番組はそうそうない。そういう点でも、今回の映像パッケージ化は、本当にありがたい。
全12回のテレビ放送を、かかさずに見ていたのだが、録画を何度も繰り返し再生したので、トータルの視聴回数はかなりの数になりそうだ。
最初のうちは、普通にコント番組だと思って見ていた。番組プロデューサーが「ゴッドタン」などを手掛ける佐久間宣行氏であることや、おぎやはぎやオードリーをはじめとする出演陣が豪華であることにも、もちろんおもしろいに違いないだろうと、放送前から期待は高まっていたのだけど、おもしろさは予想以上で、そのベクトルは予想外のものだった。
それぞれのコントは、同じ時間軸で、同じ世界の中で起きていたことが判明した。つまり、全部つながっていたのだ!
「レビュアー病」でお父さんのやっている中華料理店で働いている女性は、「ガチ恋病」のAV女優のつばめちゃんだし、毎回ラストにある、謎のおまけ映像だと思っていた男のところには、「リテラシーゼロ病」の町田医師が登場するし。
気づいたとき、とんでもない試みだし、なんてかっこいいのだと感動してしまった。しびれた。こんなにもものすごい仕掛けを用意しておきながら、それをまったく出さずに、クオリティの高いコント番組の表情をして提供しつづけてくれていたことに。平然と攻めの姿勢をとっていたのだ!
物語における伏線というのは、テレビであれ小説であれ、加減が難しいものだ。どうしても無理が生じてしまったり、あるいはさりげなさすぎてまぎれてしまったり。今作のように、エピソード一つ一つがしっかりと独立したおもしろさを持っていながら、伏線としても機能しているなんて、めったにないことだ。本当に素晴らしいと思う。
「SICKS」の仕掛けは、溢れかえるほどのテロップや、コマーシャル明けの同シーンのリピートといった、昨今のバラエティ番組にありがちな、わかりやすさを追求した過剰な視聴者サービスとは真逆のところに位置している。
そのいさぎよさは、視聴者への信頼感だと受け止めた。視聴者が自分自身で気づくことを信じているし、まかせている。
コント番組ともドラマとも違う、それでいてどちらの魅力もふんだんに備えている「SICKS」を、映像パッケージ化によって、たっぷりと味わいたい。
だってどんな見方をしたっていいのだ。テレビ放送時と同じように一話ずつ順に楽しんだっていいし、「フルボッコ病」を繰り返し見てリコマユの台詞をマスターしたっていいし、当初からさりげなくひそんでいた伏線を見つけ出してニヤニヤしたっていい。
何度だって見たいし、何度だって違う楽しみ方ができる、稀有な番組だ。
加藤千恵(カトウチエ)
1983年北海道生まれ。高校時代に短歌集「ハッピーアイスクリーム」(現在、集英社文庫刊)でデビュー。現在、インターネット放送「真夜中のニャーゴ」(水曜23:00~25:00)、ニッポン放送「朝井リョウ、加藤千恵のオールナイトニッポン0(ZERO)」(金曜27:00~29:00)に毎週出演。近刊に「卒業するわたしたち」(小学館文庫刊)、「アンバランス」(文藝春秋刊)。
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- Blu-ray / DVD「SICKS-シックス-みんながみんな、何かの病気」/ 2016年3月28日発売 / テレビ東京 / Loppi・HMV限定販売
- 「SICKS-シックス-みんながみんな、何かの病気」
- Blu-ray BOX 15984円 / TXRS0051
- Loppiでのお申し込み 商品番号083915 受付期間:~2016年3月18日
- DVD BOX 12312円 / TXRS0050
- Loppiでのお申し込み 商品番号084342 受付期間:~2016年3月18日
収録内容
本編
・全12話ディレクターズカット版
特典映像
- ・メイキング オブ SICKS(仮)
- ・撮り下ろしスピンオフコント「その後の…シックス」
- 時村と中田杏「最高のラブレター」
- 発田とつばめと魔人「私が名づけます」
- 酒井と晴海「酒井のタイミング」
- マユとリコ「リコの秘密日記」
- ・幻の名コント
- 時村とライフニュース「エピソード0」
- 天才医師町田「リテラシーゼロ病エピソード3.5」
番組概要「SICKS-シックス- みんながみんな、何かの病気」
テレビ東京、テレビ大阪ほかで2015年10月~12月に放送された新感覚コント番組。「現代病」をテーマに全12回にわたって展開された。おぎやはぎ、オードリーといった芸人や、俳優、アイドルなどバラエティに富んだキャストが集結。アドリブ満載の完全オールロケーションによる撮影に臨んだ。
スタッフ
監督:英勉
脚本:福原充則(ピチチ5主宰) / 土屋亮一(シベリア少女鉄道主宰) / 大井洋一 / 永井ふわふわ
出演者
おぎやはぎ / オードリー
清水富美加 / 中島早貴(℃-ute) / 岸井ゆきの / 大倉士門 / 佐藤仁美 / アンガールズ田中
高橋メアリージュン / 入江雅人 / オクイシュージ / ラバーガール / ラブレターズ / 根本宗子 / 野口かおる / 宮崎吐夢 / 東京03飯塚 / 今野浩喜 / どきどきキャンプ佐藤 / ザ・ギース / ハライチ澤部
古舘寛治 ほか
2016年3月25日更新