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スクールJCA×東京03飯塚|飯塚の笑いのルーツに迫る

プロダクション人力舎のお笑い養成学校、スクールJCAのオープンキャンパスが先日行われ、東京03飯塚が特別講師を務めた。JCAは現在29期生(2020年度入学)を募集中で、飯塚はその2期生だ。オープンキャンパスには芸人を目指す多くの若者が集まり、飯塚の話に耳を傾けた。

お笑いナタリーはこの機会に飯塚へロングインタビューを実施。子供の頃から親しんできたテレビのコント番組や深夜ラジオ、現在注目している賞レースや後輩芸人など、お笑いについてたっぷり語ってもらった。さらにオープンキャンパスで飯塚が参加者と実施したQ&Aの一部も併せて紹介する。

取材・文 / 成田邦洋 撮影 / 辺見真也

スクールJCAとは?

数多くのお笑い芸人を擁するプロダクション人力舎が1992年に開校した、関東初のお笑い芸人養成学校。人力舎のノウハウをもとに、基礎からライブまでの実践型カリキュラムを用意している。

講師陣はお笑い界を知り尽くすタレントや放送作家などのプロばかり。場数を踏むためのライブも数多く経験でき、その実力次第では人力舎に所属してプロの芸人としてデビューすることが可能だ。

現在スクールJCAは29期生(2020年開校)を募集中。オフィシャルサイトで詳細を確認して、芸人生活への第一歩を踏み出そう。

東京03飯塚インタビュー

お笑いを語るのは本当に楽しい

──お笑いナタリーでは2016年にスクールJCA特集を掲載した際も、東京03の皆さんにご登場いただきました。今回は飯塚さん個人について、より掘り下げて話をお聞きできればと思っております。飯塚さんは“お笑い語りに熱い芸人”としても注目を集めていますが、実感はありますか?

東京03飯塚

まあまあ、そんな感じになっちゃってるんですかね? それを自分で言うのはだいぶ恥ずかしいですけど。

──飯塚さんは今年5月に放送された「ゴッドタン」(テレビ東京系)の「お笑いを存分に語れるBAR」という企画に出演されています。現場はいかがでしたか?

めちゃくちゃ楽しかったですよ。そもそも「お笑いを語れるBAR」という企画の話を聞いたときに「どういうこと?」と思って(笑)。「普通にお笑いを語ってほしい」って言われて、事前のアンケートでも「誰のどのネタが好きですか?」とか聞かれて、これがテレビになるのかな?って。でも本当にそのまま楽屋でしゃべってるみたいな感じで。アンガールズ田中くんとかハナコの2人(岡部と秋山)とか、おぎやはぎも劇団ひとりも、みんなやっぱりお笑いが好きだから。テレビを忘れて楽しんでました。

──芸人たちがお笑いを語る、ってすごくストレートな企画ですよね。

「いいのかな?」「他人が見て面白いのかな?」って思いながらしゃべってました。いつも居酒屋とかでラバーガール大水くんや(作家の)オークラ、相方の角ちゃん(=角田)たちと飲んで、そういう話になるので、それをそのままテレビでやらせてもらった感覚ですかね。あの空間はプライベートの延長のような感じでした。

──飯塚さん自身、劇団ひとりさんに「ツッコミに感情が乗っているのは飯塚さんといかりや長介さんだけ」と分析されてました。

いかりやさんは1つの目標なので、すごくうれしいです。カッコいいなと思います。僕はまだまだですけど。

──お笑いの賞レースは「キングオブコント」「M-1グランプリ」「R-1ぐらんぷり」などありますが、どのあたりをご覧になっていますか?

観てますよ。全部観てます。

──そうなんですね! よろしければ印象的な大会や芸人を教えていただけますか?

賞レースに限ってはやっぱり「M-1」なんですよ。和牛が毎年決勝に上がっているのに優勝できなかったりとか。センターマイク1本でしゃべりだけで勝負するというルールが賞レースとしてすごくきちっとしてると思うんです。「キングオブコント」や「R-1」は、けっこう何をやってもいいじゃないですか。小道具を使ってもいいし、自由で。それがないぶん「M-1」が一番ドキドキします。それに「キングオブコント」は「あ、その設定なんだ」とかネタ自体を見ちゃうから、雑念が出てきて心から楽しめてはないです(笑)。

物心ついたときから好きだったのはお笑いだった

──飯塚さんがお笑い観を形成する上でもっとも影響を受けた文化は、テレビ、ラジオ、映画などさまざまなジャンルの中でどのあたりなのでしょうか?

東京03飯塚

テレビのコント番組です。幼稚園児のときにザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」(TBS系)が大好きで。当時ビデオはまだ家になかったので、ラジカセをテレビに近づけて、カセットテープを使って教室コントを録音して繰り返し聴いてました。父親とかに「シーッ!」って言って静かにしてもらうんですけど、なんかわざとしゃべってきたりするんですよ。そういうときは泣くほどキレてました(笑)。

──その気持ちはよくわかります(笑)。

欽ちゃん(萩本欽一)の「欽ドン」「欽どこ」「週刊欽曜日」も観てました。で、とんねるずさんの「みなさんのおかげです」(フジテレビ系)があって、「夢で逢えたら」(フジテレビ系)が一番カッコいい!ってなりました。ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさん、野沢直子さん、清水ミチコさんの「夢で逢えたら」が「こういうことやりたい」って具体的に思った初めての番組かもしれないです。で、「ごっつ」(「ダウンタウンのごっつええ感じ」。フジテレビ)です。

──物心ついたときから途切れないですね。

僕、ずっと夢のない子で。「将来どうする?」って聞かれても「サラリーマンになるんだろうなー」って思ってました。友達はプロ野球選手や芸能人になりたいって言っている中で。でも、ずーっと振り返ったら、物心ついたときから好きだったのはお笑いだったんです。「ザ・テレビ演芸」(テレビ朝日系)とか「お笑いスター誕生!!」(日本テレビ系)とか、ネタ番組も好きでした。

──ラジオは聴かれていましたか?

とんねるずさんの「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)、三宅裕司さんの「ヤングパラダイス」(文化放送)を聴いていました。僕は1人っ子だったので、自分の部屋にこもると誰の話し声も聞こえてこないから、テレビやラジオの音がないと寂しかったんです。「吉田照美のてるてるワイド」(文化放送)を聴きながら眠ったりもしてました。

──それは中学生くらいの頃ですか?

小学生の頃からです。1人でシーンってなる部屋が怖かったから。ウッチャンナンチャンさんや電気グルーヴの「オールナイトニッポン」も高校生くらいのときに聴いてました。

──飯塚さんが子供の頃から接してきたテレビ番組やラジオ番組が、芸人としての活動に直接反映されていることは何かありますか?

意識はしてないですけど、全部なんでしょうね。タカさん(石橋貴明)のフリートークのしゃべり方や抑揚の付け方は、もしかしたら影響があるかもしれないです。内村さん(内村光良)さんのしゃべりの感じやツッコみ方、話している最中に急にキレちゃうみたいなところも自分に入ってるかなと思います(笑)。

とにかくネタがやりたい

──飯塚さんがプロになろうと考えた最大の動機はなんだったのでしょうか?

「夢で逢えたら」や「ごっつ」などを観て、こういうことをやりたいというのと、あとリアルに言うと、ウンナンさんのコントを観て、ですかね。僕、バラエティに出たいというのは昔からあんまり思ったことがなくて。「ネタがやりたい」とずっと思っていて。ウンナンさんがラ・ママ(渋谷La.mama)とかの簡素な舞台でパイプ椅子でやってるネタをテレビで観たとき、すごくカッコよかったんです。「笑っていいとも!」(フジテレビ系)の「笑っていいとも!増刊号」で放送されたような後説でも、ウンナンさんがよくショートコントをやってたんですよ。それがカッコいいなって。その影響が大きいです。

──ネタをやりたいのが第一で。

東京03飯塚

売れる売れないとかは正直あまり気にしないでこの世界に入ってきたんです。当時から「ネタは売れるためのパスポート」「ネタは面白いけど、そのあとひな壇とか、どうするの?」と言われることもあったんですが、その感覚についていけなくて。なぜならネタをやっているのがゴールで「俺、もう夢かなってるのになー」って思ってたので(笑)。でも、夢はかなってるけど食えてはいない。そのジレンマが20代はありました。

──ちなみに影響を受けたライブや舞台などはありますか?

東京03で3人組になってから、オークラがすごくシティボーイズさんのことを好きで影響を受けた人なので、僕もシティボーイズさんを勉強のために見始めました。タイミング的にはけっこう遅いんですけど。あと、バナナマンさんのライブや、(バナナマン、おぎやはぎ、ラーメンズの)「君の席」はオークラが作ったライブですごくカッコよくて面白かったですけど、影響というのとはまた違うかもしれない。プロになると「真似しちゃいけない」と思うので。

──ではここまでいろいろな芸人さんの名前を挙げられてきた中で「理想の芸人像」みたいなものはあるのでしょうか?

シティボーイズさんは今、60代後半から70歳くらいになっていて、あの年齢まで舞台に立ってコントができたらいいなあと思います。今は46歳なので、逆算したら60歳まで、毎年やってる単独ライブはあと14回くらい。60歳くらいまでは、できればバリバリでいたいです。

──ここから年齢を重ねるにつれて飯塚さんの芸風が変わっていく可能性は?

わからないですけど、細かいところではもしかしたら変わっていくのかもしれないです。今まで僕らは単独ライブでは3人だけで舞台をやっていて、ほかにもう1人、別の誰かを入れたりはしていない。また、“透明な第三者”がいるコントも一切やらずにきたんです。それはルールとして。そういうのも今後入れていくかもしれない。

──単独ライブでのルールをお伺いしましたが、飯塚さんの芸人としての「これだけは譲れない」というルールはありますか?

ネタ以外に関してのこだわりは何もないんです。僕らは東京03をやる前に1回芸人を辞めようとしているので、呼んでいただけたら、なんでもする覚悟ではいます。ただ一応、こういうことしたらその先ネタがやりづらくなっちゃうだろうな、みたいな仕事はしたくないんですけど、それ以外なら。ネタはなんとなくこだわりがあるんですけどね。これで食べていけてるだけで奇跡みたいなところがあって、それだけでありがたいので。それ以外の余計なことは、もう望まないです(笑)。