お笑いナタリー Power Push - 永野

芸歴20年で到達した“究極”の映像作品

純粋に「面白いものができたぞ!」としか思ってない

「Ω」のワンシーン。

はじめは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか、僕が一番幸せだった小学校時代、80年代の雰囲気でDVDを作りたかったんです。でも90年代のニルヴァーナじゃないですけど、あのへんを通ってきたので、結局できあがったものはトーンが重いんですよね。自分はやっぱり暗い奴なんだなって笑っちゃいました。明るいのはできなかった。でもカメラマンさんがうれしいことを言ってくれたんです。「これはお笑いバイオレンスファンタジーだ」って。

「カオス」だとか「ヤバい作品」だとかって煽っていますけど、自分ではそこまでヤバいとは思っていないんです。マスも意識して、これ。純粋に「面白いものができたぞ!」としか思っていなくて。「俺のこのヤバい部分を見ろ!」とかじゃなくて、「これどう? 面白いでしょ?」って。

「竹山ロックンロール」がなかったら芸人辞めてた

2000~2001年頃の永野(中央)。左はジャガーズちーやん、右は流れ星ちゅうえい。

芸人人生はずっとキツかったですね。とくにホリプロを辞めてフリーになった28歳のとき。今まで「すごいですね」って言ってくれていた後輩からも連絡がなくなり、誰からも相手にされなくなって。いまだに忘れられないのが、銭湯に行って、肉体労働者の人たちと一緒にさまぁ~ずさんが出ているテレビを観ていたときのことです。後輩芸人がさまぁ~ずさんの後ろで踊って拍手をもらったりしているのを目の当たりにしたときに、「うわ、終わったな俺」って。お笑いの“本道”みたいなものからブワーッと離れていく感覚がありました。それからテレビはほとんど観なくなりましたね。

「日10☆演芸パレード」(TBS・MBS系で2012年10月~2013年8月放送)で工くんと出会えたことについてはよくほかのインタビューでも話しているんですが、佐々木敦規(プロレスやK-1の中継、ももいろクローバーZのステージ演出などを手がけるテレビディレクター)さんが「竹山ロックンロール」(テレ玉ほかで2014年1月~2015年1月放送)に呼んでくれたのも大きかった。2014年は「竹山ロックンロール」があったから生きられたと言っても過言ではないです。自分が普段やっているネタをそのままテレビで披露できて、「面白い」って言ってもらえて。「竹山ロックンロール」がなかったら、たぶん芸人辞めてましたね。だからと言って辞めても、普通に働きたくもなくて。お笑いで生きていきたかったから。それがない人生はすごく嫌だなーと思っていたので、「竹山ロックンロール」が終わって焦りましたけど、ちょこちょこテレビに呼んでいただくようになって、命拾いしました。

「Ω」はお笑いに対して真面目を貫いたご褒美

「Ω」のワンシーン。

昨年1年の動きはちょっと異常だと思うんですよ。おかしいじゃないですか、41歳のおじさんが急に売れて、三四郎とかと一緒に若手としてテレビに出てるって(笑)。でも「アングラでもがんばればこういうことがあるんだ」って、普通のこと思っちゃいましたね。芸人に嫌味を言われたこともあったんです。「うらやましいなー、好きなことやれて」とか。今って「普通は売れるために芸風変えますよ」って芸人も言うような風潮なんですよ。でも僕はそれは違うと思っていて。役割をこなしているだけの芸人、視聴者の方々が見たいわけないじゃないですか。そこはピュアでしたね。「トガるのとかダサいぜ」っていうムードの中で、ギンギンにトガって「Ω」を出せるっていうのが気持ちいいですねー。しかもポニーキャニオンさんから! 本当にご褒美ですよ。お笑いに対して真面目を貫いたから出せるんだと思います。

DVD「Ω」 / 2016年5月18日発売 / 4320円 / ポニーキャニオン / PCBP-12299
DVD「Ω」

収録時間91分 / 特製スリーブケース仕様

<出演者>
永野 / 斎藤工(友情出演) / 金子ノブアキ(友情出演) ほか

永野
永野(ナガノ)

生年月日 1974年9月2日
出身地 宮崎県
所属 グレープカンパニー