再現不可能な笑いが詰まった空間
──上田監督が言うように「ドキュメンタル」は満を持して繰り出したボケよりも、突発的なハプニングやスベってしまうというミスのほうが面白く思えてくる異様な空間です。
シーズン1ではハチミツ二郎さんがプロレスラーのマスクを見せるところでイスから落ちてしまっていましたが、ああいうプランを立ててやっていたことが崩れたときこそ面白いんですよね。松本さんの作るコントにも、台本からはみ出たときの“ライブ感”というのが必ずあって。再現不可能であろう瞬間を作り出す、松本さんらしい笑いが「ドキュメンタル」には詰まっている気がします。そこがまさしく“ドキュメント”だなと。
──ただ、ハプニングやミスで笑っている自分を顧みると「面白いとはなんなのか?」がますますわからなくなる番組でもあると思います。
「ドキュメンタル」がスタートした頃に松本さんが言っていた、一番面白くない奴が面白かったりするっていうことですよね。でも、その芸人本人が面白いかどうかということと、面白くない奴が面白いっていうことは別の話なのかなと思います。だから「ドキュメンタル」は過去のシーズンで証明されている通り、バリバリ司会とかをやられている実力者にとって不利な戦場なんじゃないでしょうか。
──なるほど。
“楽しい”と“面白い”が同じではないっていうのもお笑いが難しくも奥深いところで、松本さんは常に“面白い”を求めているんだと思います。「ドキュメンタル」では特にそうで、楽しい笑いを作り出すタイプの芸人さんが力を発揮できない場面が多々ありますよね。一方で、笑うとかではないけれども面白い場面というのがたくさんあって、見ている側としては「なんだこの笑いは」と驚かされるんです。そういう意味でも、今回の女性陣の筋書きのない連携プレーには「すげえ……」と感心してしまいました。
──「ドキュメンタル」でいうと、上田監督はどういうタイプの芸人さんが好きですか? ボケまくる人、場を回す人、いろいろいますが。
ロバート秋山さんとかくっきーさんとか、攻めの姿勢が強い人が好きです。攻めて、自爆しちゃう人(笑)。攻めるときに脇が甘くなって笑っちゃう人って、「ああ、お笑いが好きなんやなあ」っていう愛しさが湧いてくるというか。1000万円を獲ることより、この場を楽しむことのほうがこの人にとって大きいんやろうなって思えるんです。
テレビの中の松本人志より先にボケた!
──上田監督の作品づくりに、“松本人志の笑い”というのはどう影響していますか?
僕は「面白い」ということに関して、松本さんと吉田戦車先生の「伝染るんです。」に影響を受けていて。もう半歩進んだら芸術になってしまうギリギリのところでポップな笑いを作っているお二人は、さっきも言った“楽しい”という方向ではなく“面白い”笑いを作ろうとしているし、「面白いとは何か」っていうことをずっと探している人たちだと思うんです。そういう部分や、これもさっきの話と重なりますが、台本から逸れたときに生まれるライブ感や「二度と撮れないものを撮ろう」ということは意識しています。
──「カメラを止めるな!」にもライブ感だったり、先ほどおっしゃっていた全員で面白いものを作り出そうとするチーム競技のような一体感がありますよね。
「今、誰も台本に乗ってないぞ」っていう状態でやり取りをしている、生の笑いを作っているときの高揚感はいつも大事にしています。あと、これはすごく地味な話なんですけど……。
──ぜひ聞かせてください。
昔、テレビの中の松本さんが言うであろうボケを自分が先に言うっていう遊びをしていたことがあって。遊びというかトレーニングですね。
──「松本さんがきっと次はこうボケる」っていうのを予想して?
そうです、そうです。確か「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」(フジテレビ系)で、ミュージシャンの方がフットサルにハマってると話していて、松本さんが「俺もやってる」と。すると浜田さんが「ウソつけ!」とツッコむんですけど、松本さんは「やってる」と言い張るんですね。で、僕が「水・木だけはやってる」ってテレビに向かって言ったら、その直後に松本さんが「水・木だけはやってる」って言ったんです。
──ええ!? すごい。
言い当てたときはしばらく自分の部屋の中を歩き回りました。松本人志に重なることができたぞ!と。
──あはははは(笑)。「水・木」というのが絶妙です。
「土・日」や週初めの「月・火」は意味を持ちすぎるし、「水曜」だけでは強すぎるので、リアリティを維持させる意味で「水・木」っていうのがベストなんです(笑)。
──トレーニングのたまものですね。
僕の「お米とおっぱい。」(DVD発売中)という作品に出てくる画家が「カメを触ったら熱かった人」っていうシュールな絵を描いているんですが、「カメ」が「炊飯器」だったら当然「熱い」という理屈があるし、例えば「ブタ」だったら狙いすぎになってしまうので、「カメ」くらいがちょうどいいかなと思っていて。
──「水・木」の発想と近い気がします。
松本さんが作るものを浴びるように見てきて、そういう部分でも影響を受けているのかなと。あ、でも「HEY!HEY!HEY!」の話はだいぶ前のことでうろ覚えなので、似たようなことがあったらしいというくらいにしておいてください(笑)。
──そんな松本人志フリークの上田監督から見て、「ドキュメンタル」で松本さんがやろうとしていることはなんだと思いますか?
「ドキュメンタル」は誰が面白いかを決める場というよりは、人間が何を面白いと思うかを発見する場なのかもしれません。シーズン2の最後で繰り広げられているバイきんぐ小峠さんとジャングルポケット斉藤さんの死闘なんかは、ボケを何周もやり尽くしてどうしたら笑わせられるかわからなくなった人間が壊れていく様子が面白いわけですよね。つまり「ドキュメンタル」は、もともと持っている面白さの実力が機能しなくなるような場所に置かれた芸人がどうなるかっていうことを確かめる実験なんです。なんかもう、松本さんとAmazonさんはきっと成功に興味がないんでしょうね(笑)。番組として成立させることは二の次で、本当に笑いだけを追求しているんだと思います。
- 上田慎一郎(ウエダシンイチロウ)
- 1984年4月7日生まれ、滋賀県出身。高校卒業後に独学で映画を学び、2010年に映画製作団体PANPOKOPINAを結成。これまでに「ナポリタン」「恋する小説家」「お米とおっぱい。」など8作を手がけ、2015年、オムニバス映画「4/猫-ねこぶんのよん-」のうちの1編「猫まんま」で商業映画デビューした。初の劇場用長編作「カメラを止めるな!」は口コミによる大ヒットを記録し、流行語大賞へノミネートされるなど社会現象に。「第10回TAMA映画賞」「第43回報知映画賞」特別賞、「第31回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞」石原裕次郎賞など国内外映画賞21冠を受賞。同作は「お米とおっぱい。」と共にソフト化され、12月5日に同時発売された。
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2018年12月28日更新