ドラマ「べしゃり暮らし」演出・劇団ひとり|芸人っぽく見えるところまで、どうしても上げたかった

芸人っぽく見えるところまで、どうしても上げたかった

劇団ひとり

──演出の仕事をされる中で、ひとりさんならではの心がけやこだわりは?

僕は普段、芸人として出るほうの役なので、台本についてもなるべく「もし自分にこの役が来たら、このセリフはどう言うべきかな」と役者さんの気持ちになって考えます。「このセリフは前後入れ替えたほうがやりやすいんじゃないかな」とか。結局いくら一生懸命準備しても最終的にいいお芝居をしてくれないとドラマって成立しないと思っているので。いいお芝居をしてもらうにはどうしたらいいか、というのは常日頃考えています。

──お笑いを題材としたドラマではありますが、実際に視聴者の方々をどれほど笑わせるか、というような笑いのバランスについては何か意識されていますか?

これは期待して観てくれる方もいると思うんですけど、たぶん笑えないと思います(笑)。というのも、ネタというよりその登場人物の物語だから。たとえば漫才シーンで、その漫才だけ切り取ったらもしかしたら笑ってくれる人はいるかもしれない。でも、たとえば漫才の前にすごくケンカをしているとか、なんらかのバックボーンを観てしまうと、おそらく笑えないんじゃないかな?と僕は思うんですけどね。

──ということは、このドラマで笑わせよう、みたいなことは最初から考えていらっしゃらない?

「べしゃり暮らし」

僕は今回お笑いのシーンをやるうえで「とにかくそれっぽく見える」というところまでは、どうしても上げたかったんです。それさえできたらいいと思いました。ネタのクオリティは当然必要なんですけど、それよりも、ステレオタイプな芸人ではなくて、「もしかしたらこういう芸人がどこかのライブハウスに出ているのかもな」ぐらいに思っていただけたら。もちろんコンビごとに力量の違いはあるので、全員が全員そのクオリティに行ったとは思えないです。それこそ、お笑いナタリーの記事を読んでいるような人間が納得してくれるとは、とても思えない(笑)。

──いい読者の皆さんだと思いますが……。

厳しいでしょうからね。一番厄介な視聴者かもしれない(笑)。申し訳ないけど、お笑い好きが納得するレベルはさすがに作れないですよ。だから、お笑いナタリーを読むような人には観てほしくないです(笑)。でも年に1回賞レースを観るか観ないかくらいの、そんなにお笑いを観ていないような一般の視聴者だったら「立派にちゃんと漫才師になってるよ。全然違和感なかったよ」というふうには思ってくれるんじゃないかなと。芸人としてのたたずまいというか。ドラマ部分はちゃんとできても、漫才師っていう設定を背負った瞬間、舞台で固くなる役者さんが多いんですよね。

──芸人と役者さん、違う部分はどんなところでしょうか?

役者さんは、どうしても“役者さんがやってる漫才”になっちゃう。お笑いのシーンなので、エキストラ的に太田プロの2、3年目の若手の子にもネタをやってもらったりしたんです。それでも芸人としてのたたずまいが、すでにあるんですよね。それはおそらく自分たちで一生懸命ネタ作って、「絶対笑わせてやるんだ」っていう思いがあるからなんですけど。特に「笑わせようとしているか、していないか」というのが僕はすごく重要なところだと思います。笑わせようとしている奴の笑いを欲する熱量! 絶対に笑いが欲しい。お笑い芸人は、それしか価値観がない奴です。金よりも笑いが欲しい連中ですから。でも役者さんはいいお芝居をしたい人たちなので、そこを求めるのは酷なのかも。一番苦労した点かもしれないです。

──もしよろしければ、そんな役者さんのキャストの中でもっとも芸人に向いている方を教えていただけますか?

劇団ひとり

ここで誰か1人だけ名前を挙げると、ほかの役者さんのやっかみがすごいので挙げづらいんですけど(笑)。いろんなコンビがネタをやった中で言うと、駿河太郎さんと尾上寛之さんがやった「デジタルきんぎょ」というコンビのスキルが高かったなと思います。それは物語上の役柄的にも圭右や辻本に大きな影響を与えるコンビだったので、すごく助かりました。あの2人が一番できなかったときのことを考えると恐ろしいですからね!(笑) だからよかったです。

現場でのカット割りを初めて経験した

──このドラマの演出をされるにあたって、ほかに参考にされた作品はありますか?

特にはないんですけど、役者さんが決まってから、その人のことを知るために過去に出演していた作品を観ることはありました。

──では、キャリアが長く映画監督も務められた劇団ひとりさんがこの仕事の中で初めて経験したことは?

劇団ひとり

細かい話ですけど、現場でのカット割りです。これまで映画をやったときはこだわるだけこだわってもよくて、全部絵コンテを描いてやってきたんです。でもドラマの場合はそんなに時間もないし随時いろいろ変わっていくので、現場で役者さんにお芝居してもらってから、どういう絵を撮ろうかという作業になって、それが初めて。時間との勝負なんです。どれくらい欲張るか、どれくらい捨てていくか、というのはこだわろうと思ったら無限に時間がかかちゃう。「次の撮影もあるし、明日も朝6時起きだし」とか考えると、取捨選択を迫られる。スタッフの睡眠時間に気を使ったのも初めてかもしれません。

──そこまで考えられるんですね。

だって僕が粘れば粘るほど、スタッフの睡眠時間が削られていくんですよ。現場に30人くらいいるとして、僕が10分押すことによって、300分ぶんの睡眠時間を削らなきゃいけない。そのあたりは気を使いました。

──では最後に、先ほども少し話に出ましたが、お笑いナタリーの読者にドラマ「べしゃり暮らし」の見どころをオススメしていただけるでしょうか。

とにかくお笑いナタリーの読者には観てほしくない!(笑) できればネタの部分だけ飛ばして、ストーリーを観てほしいです。そうすれば、お笑いナタリーの読者も納得してくれるだろうから。お笑いの部分をカットした、お笑いナタリー版の「べしゃり暮らし」を作りたいくらいです。ただ役者さんは努力しているので、お笑い好きの方は「この役者がんばってるなあ」とか「なかなかいいじゃないか」っていうふうに楽しんでもらえたら、それで結構です。かなり上から目線でいいので(笑)。

劇団ひとり
土曜ナイトドラマ「べしゃり暮らし」
テレビ朝日系 2019年7月27日(土)放送スタート
毎週土曜 23:15~24:05
ストーリー

幼い頃から人を笑わせることが大好きで、笑いのためならなんでもする学園の爆笑王・上妻圭右。ある日、彼が通う高校に関西出身の辻本潤が転校してくる。圭右は昼の校内放送に辻本を引き込み、絶妙なかけ合いで学校中に大爆笑を沸き起こすのだった。時にぶつかり合うも、やがて漫才コンビ・きそばAT(オートマティック)を結成し、厳しいお笑いの道へと踏み出すことになる2人。しかし、お笑い嫌いである圭右の父・潔や、辻本が過去にコンビを組んでいた鳥谷静代の存在が彼らの行く先に立ちはだかる。

スタッフ / キャスト

原作:森田まさのり 「べしゃり暮らし」(集英社)

脚本:徳永富彦

演出:劇団ひとり

出演:間宮祥太朗、渡辺大知、矢本悠馬、小芝風花、堀田真由、駿河太郎、尾上寛之、徳永えり、寺島進ほか

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劇団ひとり(ゲキダンヒトリ)
劇団ひとり
1977年2月2日生まれ。千葉県出身。太田プロダクション所属。 コンビとして1993年にキャリアをスタートし、2000年のコンビ解散後にピン芸人となった。2006年に「陰日向に咲く」で小説家デビュー。自身の小説を原作とした初監督映画「青天の霹靂」が2014年に公開された。2019年、「べしゃり暮らし」で連続ドラマの演出を初めて務める。

2019年7月29日更新