アニメ「ユーレイデコ」パソコン音楽クラブ×佐藤純之介(音楽プロデューサー)|“アニメーション×電子音楽”の可能性を語り合う (2/2)

電子音楽には“正解”がない

西山 電子音楽って“正解”が決まっていないというか、センスに委ねられる部分が大きい気がするんですよ。例えば僕は打ち込みのギターの音がすごく好きなんですけど、それって要は偽物なんですよね、言っちゃえば。バンドの世界では「本物のギターのほうがいい音でしょ」という価値観が普通だと思うんですけど、これが電子音楽になると「偽物の音でもカッコよければOK」となる自由さがあるっていうか。リッチな音のよさだけを認めるんじゃなくて、チープな音のよさも認めようとする姿勢は電子音楽ならではのいいところかなと僕は思っていて。「何がいい感じなのか」を自主的に決めていくことができるのが面白いなと。

佐藤 おっしゃる通りですね。結局、デトロイトテクノでTR-909だのTR-707だのが再注目されたのもそういうことですから。もともとチープなところから始まったはずのテクノがだんだん高級志向になっていって、僕ら世代とかもう少し上の人たちが20年前くらいに「JUNO-106なんて音がペラペラで使えないよね」って捨てまくっていたような機材を若い人たちが中古屋で見つけて、「これがいいんだよ」と言いながら使っているわけです。それで作られた音楽がまた最新のものとしてテレビやラジオで流れ始めるという……そんなふうに、機材を軸に音楽の歴史がつながっていく感じは電子音楽のすごく面白いところですね。

西山 実際、僕らも中古楽器屋には相当通いましたから。2、3000円もあれば買えるような機材がたくさん置いてあったりするんで、そういうものをいろいろ買って触って、みたいなことをずっとやってました。

佐藤 それで言うと、僕は出身が大阪で小学校が柴田さんと同じなんですけど……。

柴田 はい、そうなんですよね。

佐藤 だから実は、通っていた中古楽器屋さんが同じということが以前判明しまして(笑)。もしかしたら、僕が昔そこに売った機材が巡り巡って今そっちにあるかもしれないという。

柴田 全然ありえますよね(笑)。

佐藤 電子音楽にはそういう機材文化もあるから、それもあってチープな音を「チープだから価値がない」とは認識しない傾向があるんですよ。「安い機材だからダメ」とかじゃなくて、「音が面白ければOK」と受け入れる土壌がある。

──受け手に委ねる度合いが強いというか、ポジティブな意味で「わかる人にわかればいい」精神があるんですね。

佐藤 そうですね。そういう意味では、アニソンの仕事が好きな理由も同じようなところにあって。アニソンのユーザーって、音楽に対する固定観念がないんですよ。いい意味でリテラシーが低いから、どんな音楽でも「これ面白くない?」って提案すると「めっちゃ面白いじゃん」と受け止めてくれる人が必ず出てくる。まあリテラシーが低い分、売れそうな音楽を売れそうな感じに作って売れそうな人に歌わせるとちゃんと売れちゃう、という側面もあるんですけど(笑)。

西山柴田 あははは。

佐藤 ニッチな音楽をやってもちゃんとよさをわかってくれる人が出てくるから、それを1話から12話まで続けていくことで全国のそういう少数派の人たちがどんどんつながって、広がっていくんです。そんなジャンルの音楽なんて、ほかにないですよ。

柴田 何を今さらって話かもしれないですけど……アニメソングにしても電子音楽にしても、すべての録音音楽を許容する懐の深さが本当に素晴らしいなと思います。もちろん最低限担保されるべき社会的なラインとかはあると思うんですけど、完全に自分の趣味趣向だけで作ったものを出しても頭ごなしに否定はされないというのは本当に面白いなと。

佐藤 そういう意味でも、アニソンと電子音楽の相性はいいですよね。

柴田 最高ですよ。

電子音楽をやっても怒られないんですか?

佐藤 今の時代に電子音楽をやっている人たち……もちろんパソコン音楽クラブさんも含めてですけど、僕からするとうらやましくてしょうがないんですよ。本当に嫉妬しかない(笑)。

西山 ホントですか?

佐藤 僕が20代の頃なんて、自分の音楽を世に広めようと思ったら「メジャーデビューする」という方法以外の選択肢がまったくなかったわけです。

西山 ああー、なるほど。

佐藤 もちろん「インディーズで100万枚売れました」みたいな事例も90年代後半には出始めてはいたんですけど、僕自身が20歳くらいのときは、本当にディレクターから言われた通りのものを作らないと世に出せなかったですから。「売れないものはダメなもの」という価値観が業界を支配していて、自分の好きなものを好きに作ったところで「そんなマニアックな音楽は売れないよ」と一蹴されてしまうわけです。だから本当に自分の作りたいものを作ろうと思ったら、もう自力で150万円とかする巨大な32chミキサーを買ったりして、自宅に制作環境を作らないといけなかった。

西山 そういう意味では、本当に今は恵まれてますね。完全にパソコンの進化のおかげです。そうとしか言いようがない(笑)。

佐藤 だって、今は20万、30万で最低限のものはそろっちゃうじゃないですか。

西山 そうなんですよねえ……。

佐藤 しかも、インターネットやM3、コミケといった、個人で作ったものを個人で広めていくフィールドも整備されている。僕らの頃はMDで納品して、それを受け取ってくれた数少ない人がやっとラジオでかけてくれたりイベントで使ってくれたりするみたいな、すごく限られた狭い範囲でしか世に出せなかったんです。まあ、そういうやり取りの中でディレクターやプロデューサーという仕事の面白さに気付いたことが今の仕事につながっていくんですけど、やっぱり今の「パソコン1台で全部できる」という機動力には憧れますね。嫉妬です、本当に(笑)。

西山 (笑)。とはいえ、僕らからするとやっぱり純之介さんのような人に見い出してもらえるかどうかというのもすごく大きなことだと思いますね。おっしゃる通り、自分たちの好きなものを手軽に作って広められる時代になっていることは間違いないんですけど、それが仕事になったときに「これまでやってきた感じの音楽をそのまま作ってください」と言ってくれるクライアントさんはなかなかいないので(笑)。

佐藤 僕自身、アニメの仕事をやり始めた時期に似たようなことを思いましたよ。「え、何を作ってもいいんですか?」「電子音楽をやっても怒られないんですか?」みたいな(笑)。

西山柴田 あははは。

佐藤 それ以前はずっとJ-POPのお仕事をしていたんですけど、特に規模の大きな案件になってくると、音楽のことを何もわかってないドラマ監督とかが「ここを直せ、あそこも直せ、サイズを変えろ」とかずっと言ってくるわけですよ。僕は音楽が好きで、音楽を作るのが楽しいからこの業界に入ってきたのに、「この世界、何が楽しいんだ?」と思ってましたから(笑)。それと比べると、本当にアニメの世界は自由ですよ。かなり好きにやらせてもらってますね。

柴田 純之介さんが切り開いてきた部分もありそうな感じがしますけどね。なんかそういう人というイメージがあります。“ミスター・オルタナティブ”みたいな(笑)。

西山 確かに。

佐藤 実際、意外とハートはパンキッシュではあるんですよ。反体制派なんです(笑)。基本的にメジャーなフィールドで戦いたいんだけど、そこに迎合するのではなくオリジナルなものをやりたい気持ちは常に持っているので、そういう意味では確かにオルタナティブではあると思いますね。

西山 プロデューサーという立場に「何かを変えたい」という挑戦心を持っている方がいてくれるというのは、めっちゃありがたいことだなと思います。だから、純之介さんの誘ってくださる仕事は絶対に楽しいだろうなという確信があるんですよ。今後ともぜひ、何かの際には使っていただけると(笑)。

佐藤 もちろんですよ(笑)。

プロフィール

パソコン音楽クラブ(パソコンオンガククラブ)

柴田と西山によって2015年に関西で結成されたユニット。Roland・SCシリーズやヤマハ・MUシリーズなどの1990年代のハードウェア音源モジュールを用いたサウンドを特徴とし、2017年にMaltine Recordsから無料配信したミニアルバム「PARK CITY」で話題を集める。2018年6月に初の全国流通盤となるフルアルバム「DREAM WALK」、2019年9月に2ndアルバム「Night Flow」をリリース。2021年10月には3rdアルバム「See-Voice」を発表した。2022年7月にシングル「KICK&GO(feat. 林青空)」、11月にシングル「SIGN(feat. 藤井隆)」を配信。2022年1月にデジタルEP「DEPOT vol.1」をリリースした。2023年5月にアルバム「FINE LINE」を発表し、6、7月にリリースパーティを大阪・心斎橋SUNHALLと東京・WWW Xで開催する。外部アーティストへの楽曲提供やリミックスでも個性を発揮している。

佐藤純之介(サトウジュンノスケ)

大阪府出身の音楽プロデューサー、ディレクター。Yellow Magic OrchestraとTM NETWORKに憧れ、1990年代後期よりテレビや演劇の音楽制作の仕事を始める。2006年にランティスに入社。ディレクター兼A&Rとして多数のアーティストを発掘し、最盛期には年間400曲以上の楽曲を制作した。2019年9月に同社から独立。近年サウンドプロデューサー、ディレクターとして携わっている主なアニメ作品に「ラブライブ!」「おそ松さん」「アイドリッシュセブン」「ガールズ&パンツァー」など。ビンテージシンセサイザーを収集し、貴重なコレクションを自宅にそろえている。