“個”を捨てて作品に溶け込みたい
──ちょっと大づかみな話になっちゃうんですけども、“映像のための音楽”と“音楽のための音楽”って、作るときの向き合い方がけっこう違うと思うんですね。そのあたりは実際どんな感覚ですか?
ミト 僕の場合、完全に分けていますね。クラムボンは本当に自分の好きなものだけを作る場所として置いているんですけども、それ以外に作るものに関しては、「受けたオーダーを100%で返したい」がすべてになるんです。「なんでそれを俺に振るの?」みたいな無茶振り案件もあえて受けたりするんですけど、それを乗り越えることによって不得手なものがどんどん減っていく、その過程が自分の中ではものすごいカタルシスなんですよ。それをやるときに自分の“個”は必要ないというか、むしろ溶けてなくしてしまいたい。最終的にできあがったものを客観的な目線で見られるくらい、自分の作った音楽がコンテンツに溶け込んでいる状態が理想ですね。ある意味すごくアンディ・ウォーホル的な発想なんですけど。
──クラムボンのときと作家のときで、人格が違うみたいなイメージですかね?
ミト どうでしょうね? まあ、やり取り上の人格は全然違うと思いますよ。クラムボンをやっているときはエゴを貫き通す覚悟が必要だったりするんですけど、依頼されて提供する場合は全部を私が背負っていいケースなんてほとんどないですから。そこは不思議なもので、そうなったときは自然と“個”を捨てるモードになっていくというか。
──ただ、「ユーレイデコ」の場合はオープニングテーマをクラムボンとして担当しているじゃないですか。
ミト ふふふ、そうなんですよね(笑)。
──そこにはどういうミトさんがいる感覚なんですか?
ミト これ、本当にすごく難しいところで……以前、「異世界居酒屋~古都アイテーリアの居酒屋のぶ~」という作品で一度そういうことをやっているんですよ。「Prosit!」という主題歌をクラムボンで担当して、劇伴は僕という座組で。そのときはちょっと混乱しましたね。
SAITO へえー!
ミト 「曖昧になってはいないだろうか?」というところで。まあその劇伴はスピード勝負だったから、いい意味で考えずに作れたことでたまたま溶け込んでくれましたけど、「これは二度とできないな」と思いました。だから、今回純さまから「オープニングテーマもお願いすることになりました」と言われたとき、意外と……嫌だなと思って(笑)。
一同 あはははは!
佐藤 そ、そうなの!?(笑)
Yebisu303 「作品に溶け込み切りたい」というミトさんと、クラムボンで“個”を表現したいミトさんが競合してしまうということですよね。
ミト そう。そこがにじんでしまうと、完全にパニックに陥るというか。だから今回は、そのコンフリクトを回避するためにオープニングテーマの編曲をデデくんに投げたんです。私ってすごくロジカルな人間で、整合性の取れないことをめちゃめちゃ嫌う人間なんですよ。
SAITO おっしゃっていること、とってもわかります。僕の場合で言うと、ミトさんがおっしゃるのと同じように作家仕事では自分を出そうという気持ちはなくて、いろんな音楽性を要求される中で「どのチャンネルを選択しようか?」ということを常に考えているんです。でも、逆に自分名義でKOTARO SAITOとしての作品を作るとなったときに「どのチャンネルがKOTARO SAITOなんだろう?」と悩むことがよくあるんですよ。
ミト なるほどー。
SAITO そういう意味でも今回の仕事はすごく面白くて。自分自身で「これがKOTARO SAITOだ」みたいに感じていたチャンネルと佐藤さんから要求されたチャンネルがわりと一致していたので、ナチュラルに取り組めました。
──お話を伺っていると、SAITOさんのチャンネル切り替え機能はかなり高性能なんですね。
SAITO 「フルオケをやれ」と言われたら、すぐさまシンセのことは忘れられますよ(笑)。
ミト すごいな。そういうインターフェースを、私はまだ1個も作れていない(笑)。これだけ長いこと音楽をやってきているにもかかわらず。
SAITO それはミトさんがアーティスト出身だからだと思いますよ。僕は作家出身なので、逆にミトさんで言うところのクラムボンのような“帰る場所”に悩むこともあります。だからこそ、そういう場所があることの尊さをすごく感じますし、素敵だなと思いますね。
Yebisu303 私も作家出身というわけではないので、そういうチャンネルに関してはめちゃくちゃ少ないんですよ。なんなら1個しかないみたいな感じなんですけど、だからこそ逆に迷わないで済むというところはある気がしますね。
SAITO でも、今回の劇伴の「学校」は別チャンネルなんじゃないですか? 僕、あれがYebisuさんの曲だと知ってびっくりしたんですよ。正直ミトさんだとばかり思ってたんで。
Yebisu303 確かに、自分の中ではあれと「デスクワーク」がよくも悪くも自分らしくない気がしています(笑)。ある意味職人的に作れたというか、今までの自分が確立してきた制作プロセスを忘れて作ったらああなったというか。
ミト あの曲、すごく画にハマっていますよね。収まりがいいというか。
SAITO まさに映像音楽だなと思いました。僕、純粋にあの曲好きです。
Yebisu303 ありがとうございます(笑)。
作品が完成してそれで終わりじゃない
ミト ちょっと私からもお二人に聞きたいんですけど、今回劇伴をやってみて、どういう部分が楽しかったですか? アニメの劇伴仕事にどんな魅力を感じました?
SAITO 自由度の高さですかね。CMの場合だと、例えば「ロックで始まっていきなりフルオーケストラになり、最後はジャズで締める曲を15秒で」というオーダーだってありえます。それに応えるのがCM音楽制作の醍醐味でもある反面、今回の仕事は「だいたい2分から2分半くらいの尺で、こんなテーマで、ちょっと展開があって」みたいなオーダーが多かったから、僕にしてみればかなり解釈の幅があるというか。しかも、そうやって作ったものがサントラとしてリリースされたり、アニメ放送の中で名前がクレジットされたりもするわけじゃないですか。CM音楽の仕事との比較では決してない前提で言うと、クリエイターとしての満足度はかなり高いですね。
Yebisu303 言いたいこと、全部言われた(笑)。
SAITO ごめんなさい(笑)。
Yebisu303 (笑)。もう1つ挙げるとするなら、自分の可能性が広がっていく感覚を得られたことですかね。完成した映像を観たときに「もうちょっとこうしていたら、違う結果もあり得たのかな」みたいな考えが自分の中にどんどん湧いてきたんですよ。それによって「次にまたこういう仕事ができるとしたら、それまでの間にどういうインプットをしておくべきなのか」という考え方が生まれましたし、作品が完成してそれで終わりじゃないというか。自分がどこへ向かって歩いていくべきなのかという指針を与えてもらえた感覚があります。
SAITO 僕もまったく同じです。
ミト 劇伴仕事の喜びをすごく素直に受け取ってもらえている感じがしますね。僕が思っていることも付け足すとするならば、劇伴、特にアニメの劇伴って“間仕切り”がないんですよ。それを決めるのは音響監督であって、作家ではないんです。劇伴作家は「このときこの瞬間にこの音が鳴る」というふうに緻密にデザインされたものを作るのではなくて、どれだけ“モアレ”を入れられるかという作り方をしているんです。そこにはちょっとした匠の技がある。
SAITO なるほど! それは面白い視点ですね。曲全体に一定の雰囲気をモアレ状にまぶしておいて、「あとは自由に使ってください」みたいな作り方というか。
Yebisu303 どこを切り取っても伝わる構造、ということですよね。フラクタル構造みたいな。実際、作っていて「曲全体が使われても、途中の2秒だけが使われても違和感のないものにしなければ」という意識はありましたね。
ミト それがこの仕事のすごく独特なところなんです。あとは“ステム”という概念もありまして……例えばその曲のリズムだけとか、弦のフレーズだけとかを抜き出して使われるようなケースもあるんですよ。それも想定するとなると、リズムのフォルムひとつ取っても「それだけで成立するものを」というところまで追い込まないといけない。一般的な楽曲であれば、単体では使えなくても全体で鳴らしたときに成立していれば全然いいんですけど。
Yebisu303 場合によっては、意図しない使われ方をするケースもありますもんね。
ミト あるでしょ? そういうところのこだわり方、楽しみ方もすごくある世界なんですよね。
記憶の再生装置としてのサントラ
SAITO 今の「どんな使われ方をしても」というお話を聞いて連想ゲーム的に思ったことなんですけど、アニメファンの方って熱量が高いですよね。作品自体はもちろん、音楽もすごく大事にしてくださる方が多い気がしていて、だからこそこちらも不安を感じることなくお出しできるというか。どんな球を投げても受け止めてくれる信頼感をすごく感じています。
Yebisu303 自分もアニメが昔からすごく好きで、記憶の再生装置としてサントラをよく聴くんですよ。なので、今回アニメ劇伴に携われるとなったときは、そんなふうにちゃんとアニメの情景が浮かんでくる劇伴を作れたらいいなと考えていましたね。
ミト 何か好きなアニメのサントラとか、あります?
Yebisu303 私は「たまこまーけっと」と「たまこラブストーリー」のサントラがすごく好きなんです。サントラとしてはけっこう異色というか、モンド感が強くて。すごく変な曲もあればかわいい曲もあり、ピアノが1音だけピーンと鳴るようなアンビエントに近いものまで、振れ幅がめちゃくちゃあるんだけど、各シーンとの結びつきが本当に強い。まさに音を聴くだけでアニメの情景が思い起こされるんです。
ミト 手がけられたのは、instant cytronの片岡知子さんですよね。
Yebisu303 そうですね。残念ながら2年前に亡くなってしまわれましたけど。
ミト チェレスタの音がすごく独特なイメージがありますね。たぶん生チェレだと思うんだけど、めっちゃ生々しいのに柔らかい。愛があるというか。
Yebisu303 なんであんな音にできるんでしょう? 録りに秘密があるんですかね。
ミト いやあ、謎。気になってしょうがない。もしかしたら、めっちゃ安っぽい楽器を使ってるのかもしれないですね。鉄琴とかも、意外と安いやつのほうがいい音で録れたりするんですよ。
Yebisu303 パーカッションとかもですけど、あえてエアーを若干含ませることで風合いを出しているんですよね。もしかしたら使われるシーンの部屋の大きさとかに合わせてエアー感を調節していたりもするのかな?とか、聴いているといろいろ考えちゃいます。
SAITO マニアックな話になりましたね(笑)。ちなみに僕は、ものすごくミーハーなことを言いますけど「ONE PIECE」のサントラがすごく好きで。
ミト (田中)公平先生かあ。
SAITO 生録りのフルオーケストラなんですよね。そういう意味では映画音楽的でもあるんですけど、アニメならではのワクワク感が田中公平さんのオーケストレーションには詰まっている感じがして。
ミト それに加えて、本っ当にメロがすごいですよね。公平先生のメロの積み方はマジで素晴らしい。あれは、やろうと思ってできるものじゃないですよ。
SAITO アカデミックに構築された音楽としての説得力がありながら、最終的にはトップラインが強いっていう。ある意味、それが究極ですよね。
ミト いつだか雑誌で作曲技法かなんかの特集を読んだとき、公平先生が「僕の制作環境はこれです」って譜面と鉛筆だけが置いてある写真を載せていて。
SAITO カッコよすぎますね……。
ミト そんなん、勝てるわけないやんっていう(笑)。
──せっかくなので、ミトさんのお好きなアニメサントラもぜひ教えてください。
ミト 私はもう、川井憲次先生の「機動警察パトレイバー」劇場版ですね。今、世の中に出回っているものはサウンドリニューアル版で、生演奏に差し替えられたものなんですけど、おそらく川井先生が死ぬ気で打ち込んだであろうシンセのオリジナル音源にすごく思い入れがあるんですよ。差し替え版と比べるともちろん音色はチープなんだけど、すごく画的な音楽として仕上げられているんです。
SAITO オリジナルならではのよさってありますもんね。
ミト それと、朝川朋之さんの「ファイブスター物語」。この2枚がもう、自分の中では基本中の基本というか。そこから離れる気もないし、新しいものを加えていこうという気もまったくないんです。あそこに完成されたものが全部あると思っちゃってるんで。
Yebisu303 こういうサントラ語りを、実際にその作品を聴きながらしてみたいですね。
SAITO 確かに。面白そう。
プロフィール
ミト
スリーピースバンド・クラムボンのベーシスト。1999年にシングル「はなればなれ」でメジャーデビューを果たし、自由で浮遊感のあるサウンドとポップでありながら実験的な側面も強い楽曲、強力なライブパフォーマンスで人気を集め、コアな音楽ファンを中心に厚い支持を得る。ソロでの活動も楽曲提供、プレイヤー、プロデューサー、ミックスエンジニアなど多岐にわたり、「<物語>」シリーズや「心が叫びたがってるんだ。」「スペース☆ダンディ」「ワンダーエッグ・プライオリティ」「ユーレイデコ」など多くのアニメ作品でテーマソングや劇伴を手がけている。
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Kotaro Saito(コウタロウサイトウ)
作曲家 / サウンドプロデューサー / ピアニスト。思春期をインドで過ごし、独学で作曲とピアノを取得。ピアノと弦楽器、ビンテージのシンセサイザーやリズムマシンを基調に、繊細さや優雅さ、骨太さを共存させた音楽を得意とし、これまでに4枚のアルバムをリリースした。アーティスト活動と並行してファッション、ビューティ、ジュエリーを中心としたCM音楽も数多く手がけている。また、ホテル「アロフト東京銀座」の館内ライブイベントをプロデュース。文筆家として音楽メディアなどへの寄稿も行っている。2022年6月より、作曲活動と並行してシンガーソングライターleift(レフト)としての活動を開始。
leift I KOTARO SAITO (@kotaro_saito) | Instagram
Yebisu303(エビスサンマルサン)
トラックメイカー。アシッドハウス、デトロイトテクノ、エレクトロに強い感銘を受け、20代後半よりトラック制作を開始。無類のハードウェア機材愛好家でもあり、日々マシンライブやデモンストレーション動画の制作を行っている。近年ではKORGのアナログシンセサイザー「monologue」や、SONICWAREのデジタルシンセサイザー「ELZ_1」「LIVEN 8bit warps」「LIVEN XFM」のプリセットサウンドシーケンス作成を担当するなど、その活動は多岐に渡っている。