音楽ナタリー PowerPush - 悠木碧
4匹の怪獣とともに いざ“スキマ”を巡る冒険に
自分の世界のモノの大きさと、別の世界のモノの大きさ
──ただ、このアルバムのヒロインは「お気に入りの靴下 片方」なくしちゃうし(「SWEET HOME」)、「おうち帰れな」くなっちゃってもいる(「アールデコラージュ ラミラージュ」)し。さらには「SWEET HOME」で「時々 甘いもの わざと落として」くれていたおばあちゃまはなぜかおうち「帰ろうとしない」し(「ロッキングチェアー揺れて」)。
しかも「SWEET HOME」の最後には突然音が止まって「そうだよ ぼくもずっとそばにいるから」って知らない誰かが話しかけてくるし(笑)。
──はい(笑)。だから全編通してダークメルヘンチック。どこか「スキマ」という名の不穏な空気が漂っている印象を受けました。でも恐怖ばかりを歌ったわけではない?
そうですね。今回のアルバムのテーマ、私が今「かわいいな」「面白いな」と思っていることっていうのは「知らないとすごく怖いことであっても、実はその対象のことをちゃんと知ると怖くなくなるのかもしれない」「そういうことっていっぱいあるよな」っていうことなんです。
──「ちゃんと知ると怖くない」?
例えばもしオバケや怪獣が実際にいたら、きっと私たちは恐怖を覚えますよね。でもその一方でオバケや怪獣にだって、人が恐怖を覚えてしまうような存在になってしまった理由、そういうデザインになってしまった理由は必ずあるはずで。それを知ることができたらオバケや怪獣のことがチャーミングに見えるようになるかもしれないじゃないですか。私が今感じていることや、目の当たりにしているモノの大きさや尺度や時間って本当に合ってるのかな? 別の見方をしてみたり、別の価値観の世界に行ってみたりしたら全然違う感じ方をするんじゃないかな? それこそ私にとっては恐怖の対象であるスキマの向こうには、実は愉快な世界が広がっているんじゃないかな?っていうことを考えるのって、私にとってすごく面白いことなので歌ってみたかったんです。
女の子に声をかけ、キラキラに夢中で、なんかうるさい怪獣たち
──だから「SWEET HOME」では「パパの結婚指輪もね コロコロ転がって 真っ暗のスキマ」と歌っておきながら「その中 でもね…」と、悠木さんにとって恐怖の対象であろうスキマの向こう側に何かがあることを予感させた?
そうですそうです。そしてそのスキマの中にいたのが「そうだよ ぼくもずっとそばにいるから」って突然話しかけてきた“スキマ怪獣”なんです(笑)。「イシュメル」の中には人の住む世界と怪獣の住む世界っていう2つの世界があるんですけど、その怪獣の住む世界があるのがスキマの中なんです。
──「迷宮舞踏会(ラビリンスボール)」にも「パーティーモンスター」が、「ダスティー!ダスティーストマック」にも「かいじゅう」が登場しますよね。
それもスキマ怪獣ですね(笑)。で、このアルバムのヒロインである人間の女の子は「SWEET HOME」を歌い始める前から、スキマの向こうに何かがあって誰かがいることを知っていて……。
──それこそスキマに怯える悠木さんのように(笑)。
しかもスキマのことには女の子の家族も気付いているんだけど、みんな「不気味だな」って思いながらも見て見ぬふりをしている。口にしたら、自分たちがこれまで信じてきた価値観とか尺度が壊れてしまうかもしれないから。だから家族の暗黙の了解になっているんです。でも「SWEET HOME」で、パパの結婚指輪がスキマの中に入っちゃったり、スキマ怪獣に話しかけられたりしたことをきっかけに女の子がそのスキマを覗いてみたら、そこには「アールデコラージュ ラミラージュ」のビデオクリップにも出てくる、引き出しみたいなドアがたくさんあるターミナルのような部屋があって。そのドアを1つひとつ開けてみたら、女の子がいた世界とは文化や時間の流れ、それから質量の基準みたいなものが全然違う世界……大きいものは大きくないかもしれないし、女の子は男の子かもしれない、モノがとても自由な形を持っている、いろんな世界が広がっていたっていうのが「イシュメル」の世界観であり、基本的なストーリーなんです。
──そういうモノのありようが転倒した世界だからスキマ怪獣も暮らしている、と。
そうですね。しかもスキマ怪獣はいわゆる怪獣とは違っていて。そんなに怖くはない存在。むしろちょっと愉快な存在なんです(笑)。アルバムの中には4匹の怪獣、「ダスティー!ダスティーストマック」の詞にある「Baggy」「Stinky」「Frosty」「Wooly」の4匹が出てくるんですけど、「SWEET HOME」の最後にいきなり女の子に話しかけたのはBaggyで。で、なんでそんなことをしたかっていったら、女の子にちょっかいをかけたかったからですし。
──確かにそいつはあんまり怖くはない(笑)。
「迷宮舞踏会」も、FrostyはStinkyのことが大好きなんだけど、当のStinkyは「キラキラ指輪」や「ラインストーン集め」や「シャンデリア」に夢中でその思いに気付いてくれない。だからFrostyは一生懸命Stinkyに話を合わせてるっていう歌ですし。「ソラミミPiZZiCATO」も、他人にあんまり興味がないWoolyがいつものように1人で自由奔放に遊んでたら、その音が人間世界にラップ音のように漏れてしまったっていう曲。人間にしてみれば「なんかうるさい」っていうことを歌った曲ですから(笑)。
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- 1stフルアルバム「イシュメル」2015年2月11日発売 / FlyingDog
- 初回限定盤 [CD+DVD+小冊子] 3996円 / VTZL-92
- 通常盤 [CD] 3240円 / VTCL-60383
CD収録曲
- SWEET HOME
- アールデコラージュ ラミラージュ
- ビジュメニア
- twinkAtrick
- たゆたうかなた
- 迷宮舞踏会
- ロッキングチェアー揺れて
- ソラミミPiZZiCATO
- ダスティー!ダスティーストマック
- クピドゥレビュー
- Angelique Sky
初回限定盤DVD収録内容
- 「アールデコラージュ ラミラージュ」MV
- 「アールデコラージュ ラミラージュ」メイキング映像
悠木碧(ユウキアオイ)
3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。そして同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。