吉乃インタビュー|気鋭の作家と作り上げた10曲、1stアルバム「笑止千万」徹底解説 (2/2)

これこれ! 尺が長い曲

──それで言うと、ラストナンバーの「ババロア」はちょっと異質ですよね。決して聴きやすくないわけではないんですけど、聴くときに少し覚悟がいる1曲というか。腰を据えて向き合わなければ、と思わせられる曲ではあって。

確かに。私自身、この曲を聴くときはいつも顔がキュッてなります(笑)。「ババロア」を作ってくださったカンザキイオリさんが私のライブを観に来てくださったとき、その場で「曲のイメージが湧きました」とおっしゃっていたらしくて。実際にそのライブでのMCの内容も歌詞に盛り込まれていたりするんです。私の軸となるような思いも含まれている曲なので、最初に聴いた瞬間から「この曲は絶対にアルバムの最後!」と思いました。

──アルバム唯一のスローナンバーで、歌詞では切実な独白がずっと続くという点も含めて、どこかシンガーソングライターが歌う曲のようでもあるなと。

確かにそうですね。あんまり“ボーカロイドっぽさ”はないかもしれないです。

──しかも昨今の音楽シーンの楽曲と比較すると尺もかなり長くて。5分半くらいあるんですよね?

そうなんですよ! 「これこれ!」って思いました(笑)。最近の曲って、もちろんいいものもあるんですけど、どれもこれも短い!と個人的には思っていて。

──あ、その感覚はあるんですね。

ありますね。あと、流行の移り変わりがどんどん早まっている気もするんですよ。私が歌い手を始めた頃は、何か1曲がすごく流行ったら数カ月間は周囲がその曲一色になって、みんなが旨味をじっくり味わい尽くしていた感じがあったんですけど、最近はもう1カ月もすれば全部塗り変わっている感じで。それはそれで現代的で素敵だなとも思うんですけど、心のどこかでは「本当にこうあるべきなのかな」という思いもあって。

──なるほど。

流行り廃りには関係ないものを私は作っていきたいので……だから作家さんに要望を出すときに、「キャッチー」という言葉の使い方には気を付けました。わかりやすさや楽しさ、フックという意味でのキャッチーさは欲しいんですけど、バズる目的のキャッチーさを要求しているわけではない、というのは誤解なく伝えたかったので。

──“ウケるもの”ではなく、あくまで“いいもの”を作ろうと。

例えばライブで……すぐライブの話になっちゃって申し訳ないですけど(笑)、曲を知らない人でもすぐにみんなで歌えちゃうようなノリやすさは欲しいなと思うんです。

──ポップスの黎明期にも、今と同じような“3分至上主義”みたいなものはあったんですよ。7インチアナログレコードの収録可能時間という物理的な制約があったり、尺が短いほうがラジオでかかりやすいという事情もあったりしたので。それがCDの時代になってだんだん長くなっていったんですけど。

へえー、そうなんですね。

──現代の3分信仰は「サブスクで回るように」が主な理由ですよね。そうやって時代の要請に従って形を変えていくのもポップミュージックの美しいあり方のひとつではあると思うんですが、アルバム曲まで全部が全部そうである必要はまったくないと思います。

うんうん。いい曲かどうかに分数なんて本来は関係ないはずだし、「ババロア」にしても尺に関してこちらからは何も伝えていなくて。結果的に長尺の曲になりましたが、この曲に必要だからこそこの尺になっているというだけだと思うんです。

──この曲に対して「尺が長いから短くしてください」と言うのはあまりにもナンセンスですよね。

今回、「BAD MAD」と「エンドレス」が特にそうなんですけど、「自分が歌わなさそうな感じだけど、こういう曲も歌いたいし、歌えます」というのを見せたくて。「ババロア」も含めて、そういった楽曲を収録できたのがうれしかったです。これはアルバムならではだなと思いますね。

吉乃「笑止千万」初回限定盤ジャケット

吉乃「笑止千万」初回限定盤ジャケット

生きてるだけで傷つく時期ってある

──「サンドペーパー・ムーン」はかなり異彩を放っていますね。J-POPド真ん中!みたいな曲で。

本当にいい曲ですよね! これ、実はレコーディングしたのがすごく前なんですよ。事務所に所属してからわりと初期の頃に録っていて。ずっと未公開だったものをアルバムに入れさせてもらった形になります。

──あ、そうなんですね。とてもそうは聞こえなかったです。

ホントですか? 私からするともう「幼い!」って感じなんですけど(笑)。とはいえ、これはこれでよさがあるかなと思ったので収録することにしました。こういう曲は今まであまり歌ったこともなかったですし。「踊れ 舞台はサンドペーパー」ってフレーズにすごく共感したんですよ。生きてるだけで傷付く時期ってあるじゃないですか。「私が何したよ?」ってくらい、不意打ちでいろんな不幸に見舞われるタイミングは人生のどこかで絶対あると思うんです。

──それをめちゃめちゃおしゃれな言い回しで表現していて、実にポップスとして美しいなと感じました。

2サビ前の「ざけんな 運命」とか、私も歌いながら「わかるー!」って(笑)。私には、自分の中になんとなく存在する「本来の自分はこうであるべき」みたいな思い込みを振り払う歌詞に聴こえたので、殻を破りたいときによく自分で聴いています。

──「渇き」はかなりオルタナ色が強い。これはもうライブハウス仕様の1曲ですね。

ですし、Dメロから落ちサビのところにはちょっと椎名林檎さんっぽさも感じました。少し高いところから景色を見渡しているような、風が吹いているようなイメージが湧いて。そういった意味では、これもJ-POP的な感覚で歌える曲でした。

──とはいえコード感と歌メロの関係性がけっこう独特ですよね。聴いていて、よく音程を取れるなと思いました。

確かに「ここでそう行く?」みたいなメロディラインは独特ですよね。とくにラストのサビは急に音程が上がって、「また上がる?」みたいな気持ちはあったんですけど(笑)、やっぱりストレートで人間味のある曲なので、等身大の自分で挑めたというか。ボカロPさんたちが作る曲とはまた異なり人間らしいメロディラインではあるので、自然に歌えた感じでしたね。

──そういう意味では、「KAMASE!!」なんかはゴリゴリのギターサウンドかつボカロ色も強い楽曲で、吉乃さんはもう水を得た魚のように……。

本当にそうなんです(笑)。レコーディングの順番が「KAMASE!!」「BAD MAD」「渇き」という流れで。この3曲はわりと等身大で歌えて、自分の感覚的にも、まさに水を得た魚のようでした。そんなに取りつくろう必要がなかったので。

──メッセージ的には「サンドペーパー・ムーン」と「KAMASE!!」は近いテーマを歌っているように思うんですけど、表現の仕方がまるで違うので、この2曲が並んでいるのも面白いなと思いました。

曲順はすごく悩みました。後半は特に。でもまあ、こうかなって。

──曲順はお見事だと思いました。前半の「ODD NUMBER」から「なに笑ろとんねん」までで「これが吉乃です」をわかりやすく提示しておいて、いったん変化球コーナーが繰り広げられたあとに「KAMASE!!」で我に返って、ラストの大曲につながるという。

我に返ってますね、確かに(笑)。毛色の違う「渇き」と「サンドペーパー・ムーン」をどこに置くかはかなり悩んだんですけど、やっぱり前半に置いちゃうと軸がブレている印象になりやすいかもしれないと思って。

自信を持って「聴けー!」って思える

──そうしてできあがった1stアルバム「笑止千万」ですが、ご自身としてはかなりの手応えを感じているんじゃないでしょうか。

本当にいいアルバムすぎて、早くも次が心配です(笑)。それくらい、完成したときは心に来るものがありました。最初はすごく不安で。こんな、まだ何者でもない私みたいなぺーぺーが錚々たる方々に楽曲制作を依頼して。お願いする立場でこんなことを言うのもおこがましいですけど、果たして本気で制作していただけるのか? そもそも依頼を受けてもらえるのか?って。

──“お仕事”でやられちゃったらどうしよう、という不安ですね。

そんな心配をしていたこと自体が失礼だったなって思うくらい、皆さんが最高の楽曲を書いてくださったので。もうなんかホント、宝物というか。

──皆さん根っからのクリエイターなんでしょうね。もちろん吉乃さんの歌の力に感化された部分も大いにあるだろうと思います。

アルバムジャケットを描いてくださった獅冬ろうさんも含めてですけど、1人ひとりが本当にすごすぎるものを作りあげてくださって。「本当にありがたい」のひと言に尽きます……!

──まだオリジナルの持ち曲がなかった段階でZeppツアーまで実現させた吉乃さんですが、ついにオリジナルアルバムが完成した今、「こんな活動をしていきたい」と考えていることは何かありますか?

私、まだフェスに出たことがないんですよ。周りのアーティストが「このフェスに出ます!」みたいな告知をしているのを見ると、やっぱり「いいなあ」とは思いますね。

──フェスのような場だと、ワンマンと違って吉乃さん目当てじゃないお客さんもたくさん来ますからね。そういう人たちに「どうだ!」と見せつけてほしい気持ちは個人的にもあります。

しかも、「どうだ!」ってできる楽曲が10曲もそろいましたから。自信を持って「聴けー!」って思える素晴らしい楽曲たちなので、どこかで夏フェスやカウントダウンフェスに出られたらすっごく楽しいんじゃないかなと思ってます。

──そこですべてをかっさらう吉乃さんの姿をぜひ見たいです。

やりたいですね!「がっつりロックサウンドのカッコいい曲をやっているソロシンガーがここにいますよ!」ってことを、そういう場で見せていけたらなって思っています。

プロフィール

吉乃(ヨシノ)

歌い手。2019年2月に「歌ってみた」の投稿を開始。活動当初から公開してきたカバー動画の数々が好評を博し、YouTubeのチャンネル登録者数は現在15万人を超える。2024年7月から8月にかけて、初のライブツアー「吉乃 COVER LIVE TOUR 2024 “爪痕”」を愛知、福岡、大阪、東京のZepp会場にて開催し、10月にTVアニメ「ひとりぼっちの異世界攻略」と「来世は他人がいい」の主題歌を担当し、ポニーキャニオンからメジャーデビュー。2025年1月22日、メジャー1stアルバム「笑止千万」をリリースした。