吉井和哉ベストアルバム「20」ロングレビュー|自らを見つめさらなる高みを目指す、ソロ活動20年の歩み (2/2)

天野史彬 レビュー

確固とした芯を持ちながらも変容し続けた20年

まだ10代の頃。初めてラジオ越しに出会った吉井和哉は「内省と音」の人だった。それは2003年のことで、ラジオからはよく、彼のYOSHII LOVINSON名義でのソロデビュー曲「TALI」が流れていた。「寝そべったり からかったり 嘘言ったり またがったり」……押韻がもたらす心地よさと裏腹に、胸に突っかかるようにして残る、ざらついて不穏な生活感情のようなもの。曲が後半に差し掛かると表れる、神々しくもあり、やけっぱちでもあるようなダイナミズム。深く深く己を、人間を、掘り下げた果てにつかみ取る言葉と、音楽にその身を託し続けてきた人間がゆえに宿す肉体性。それらが出会い、噛み砕かれ、咀嚼され、歌になる。伝わってくる陰影と笑い、そして、祈り。今にして思えば、この時点で吉井和哉が1人の日本語の「歌うたい」としてたどり着いていた領域はとんでもない高みなのだが(そしてそれは、本人にとってはブラックホールのような深淵でもあったのだろうが)、少年だった当時の私は純粋に「不思議な歌だ」と思い、そして、その不思議さにずぶずぶと惹き込まれた。それはあまりにも、聴いたことがない音楽だったのだ。

吉井和哉

あれから20年の月日が経ち、ここに届けられた吉井和哉のベストアルバム「20」の1曲目を飾る「みらいのうた」には、かつての「TALI」にあった、あのどこまでも「固」を刻み込んだような感触や不穏さはない。もっと普遍的で、柔らかいものがある。ちらつく痛みと孤独はあるが、それ以上に繊細で美しい光を見せてくれる、雨上がりの葉から零れ落ちる雫のように美しい曲だ。この「みらいのうた」がリリースされたのは2021年。コロナ禍の混乱の最中、そして、THE YELLOW MONKEYの再集結というエポックメイキングな季節を経て、吉井和哉が私たちに届けたのは、こんなにもさりげなく、優しく、勇敢な歌だった。「みらいのうた」のリリースに際し、吉井はこんなコメントを残している。「シンプルな言葉とシンプルなメロディで、誰にでも口ずさんでもらえるような歌を完成させてみたいと思いました。大人から子どもまで、誰もが簡単に口ずさめるような歌を」。「みらいのうた」はメッセージを持った歌だが、高圧的ではなく、「誰しもが、隣にいる人を勇気づけることができる」──そんなことを伝えるような温かさに満ちている。先に書いたように、20年前の「TALI」の時点で当時30代後半だった吉井和哉は1人の歌うたいとして確かな高みにたどり着いていたのだが、彼にとってそれはゴールではなく始まりで、その後長い年月をかけて、彼はさまざまな変容を遂げながら、この美しく普遍的な歌にたどりついた。その事実が、「TALI」をリリースした頃の吉井と同じくらいの年齢になった私を、とても遥かな気持ちに、そして力強い気持ちにさせる。

思い入れのある曲なのでいきなり「TALI」の話から始めてしまったけれど、ベストアルバム「20」に「TALI」は収録されていない。本作の楽曲のセレクトは、ベストアルバムとしては前作となる「18」がリリースされた2013年よりあとの時期の楽曲を中心になされている。とはいえ、それ以前の時期の楽曲も収録されてはいるので、本作のことを「吉井和哉ソロ名義のオールタイムベスト」と言ってしまってもいいのかもしれないが、それだと言葉足らずな感じがするのは、「20」の選曲が「18」と被らないことを念頭になされているからである。「18」に収録されていた「TALI」は「20」には収録されていないが、「20」には、「18」に収録されなかった同時期のシングル曲「SWEET CANDY RAIN」(YOSHII LOVINSON名義の1stアルバム「at the BLACK HOLE」収録)が収録されていたりする。同じアーティストの、同じ曲が収録されているベストアルバムを何種類も持っている……という人はきっと多いと思うけれど(出たら買っちゃう、というあの感覚は、それはそれで愛おしいものではあるけれど)、こと吉井和哉のベストアルバム「18」と「20」に関してはそれがない。明確に「この2作を並べて聴いてほしい」という意思を感じるし、あるいは今がサブスク時代であるという面を念頭に置いた部分もあるのだろう。「18」と「20」は、まるで兄弟のような関係性で成り立っているベストアルバムである。

先にも書いたように、「20」は「みらいのうた」で始まる。そして次には、同じく2021年にリリースされた、アレンジャーにトオミヨウを迎えた「〇か×」が続く。自身のレーベル「UTANOVA MUSiC」より発表された現時点での最新楽曲たちで幕を開け、その後に20年間の吉井の足跡が続いていくのだが、ここから先の曲順は時系列に並べられているわけではない。その曲順が素晴らしい。綿密に「アルバム作品」としての作品性を考えて並べられた曲順のように感じる。例えば、吉井が自らのルーツとなる昭和歌謡やポップスをカバーしたアルバム「ヨシー・ファンクJr. ~此レガ原点!!~」から収録されたピンク・レディーのカバー「ウォンテッド(指名手配)」に続いて、吉井がドラム以外の楽器をほぼ1人で演奏して制作されたプリミティブな傑作ロックアルバム「The Apples」の楽曲「MUSIC」と「VS」が続いていく流れ。この流れを聴くにつけて、吉井のソロ活動とは、深い人間探求や鋭利な批評性を研ぎ澄ませてきただけでなく、「回帰」の季節でもあったのだと改めて気付かされる。「自分は何者で、どこからやってきたのか?」──それを見つめる作業。吉井のソロ活動において「新しくなること」は「原点を見つめること」と同義なのではないか。彼の進化には、常に無邪気なミュージックラバーとしての横顔があった、とも言える。彼の内側に深く根付いたロックや歌謡曲、ポップス──きっとそれらは、どれだけ時間が経とうと吉井にとって宝石のような輝きを放ち続けていて、だからこそ、彼が昇華し、奏でるそれは私たちにとっても常に輝いて見える。

「ヘヴンリー」に「JUST A LITTLE DAY」に「雨雲」、そして「Island」。「20」にはシングル曲ではないが素晴らしい存在感を持った楽曲たちも数多収録されていて、初心者だけでなくコアなファンにも聴き応えのあるベストアルバムとなっているが、初回限定盤、そしてFC限定盤には、さらに深い沼に引き込むような魅力的なアイテムが付いている。初回限定盤に付属するBlu-rayに収録されるのは、2021年12月28日に開催された「THE SILENT VISION TOUR 2021」の日本武道館公演の模様。タイトルが示しているように、観客の声出しが禁止された中で開催された、当時6年ぶりとなった武道館でのライブである。その模様が全編にわたって収録される。そしてFC限定盤に付属するDISC 3は、ダチョウ倶楽部とのユニット「masa-yume」名義の「仲なおりの歌」や(「マサユメ」のGuide Vocal ver.も収録)、布袋寅泰とのコラボレーション曲「Dangerous feat. 吉井和哉」、さらに生々しい質感を捉えたYOSHII LOVINSON時代のデモ音源など、さまざまな形の体温と愛に満ちた貴重な音源を収録したCDとなっている。

吉井和哉のソロの歩み。その20年間はとても孤独で、孤高で、しかし、それでもやっぱり華やかで、パワフルであることを、このベストアルバム「20」を聴きながら改めて感じている。己の内側を見つめ、世界を見つめ、確固とした芯を持ちながらも変容し続けた彼のミュージシャンとしての生き様それ自体が、あまりに特別だ。それはこの国の音楽文化における大きな財産であり、大きな影響力であり続けるだろう。

イベント情報

吉井和哉展「二◎」

  • 2023年9月30日(土)東京都 東京ガーデンシアター
  • 2023年10月1日(日)東京都 東京ガーデンシアター

プロフィール

吉井和哉(ヨシイカズヤ)

1966年生まれ。THE YELLOW MONKEYのボーカリストとして1992年にメジャーデビュー。以後、2004年の解散まで数々のヒットを生み出す。2003年10月にはYOSHII LOVINSON名義でシングル「TALI」をリリースし、ソロ活動を開始。2006年より現在の吉井和哉名義で活動している。2016年に再集結したTHE YELLOW MONKEYの活動と並行して、ソロとしても多数の作品をリリース。2021年8月には自身の新レーベル「UTANOVA MUSiC」を設立し、第1弾シングル「みらいのうた」を配信リリースした。2023年9月にソロデビュー20周年を記念したベストアルバム「20」をリリース。9月30日と10月1日にはアニバーサリーイベント「吉井和哉展『二◎』」が東京・東京ガーデンシアターで行われる。