米津玄師|「チェンソーマン」の“痛快”を 直感と衝動のままに叫び描いて

きれいな歌い方をきちんと習ったうえで、それを台無しにする

──曲の後半で突如クラシカルな展開になるところも非常に印象的です。ここはアニメで使われる89秒の尺とは別の部分でもありますし、監督に言われた「ジェットコースターみたいな曲を作ってほしい」というオーダーとは直接は関係ないと思うんですが、ここのパートにはどんな意図やアイデアがあったんでしょうか?

米津玄師

藤本タツキさんのマンガには非常にスリリングなところがあると思うんで、その空気感を音楽で表現するとなると、やっぱりこういうものが必要だなという感じでした。「チェンソーマン」も、読む側の予想を裏切って裏切って、怒涛の展開で進んでいく。破綻するかしないかギリギリのところをデンジというバカが綱渡りのように通ってくれるから、それが翻って全部ギャグになっていく。そういうところがあると思うんです。だから、最初はもっとやりたかったんですよね。このあとに続く「ハッピー ラッキー こんにちはベイビー」というフレーズも、実は「こんにちは赤ちゃん」がやりたかったんです。というのも、「県警対組織暴力」(深作欣二監督 / 1975年)という映画のワンシーンですごく印象的なシーンがあって。アパートの一室で血みどろの殺し合いが起こるんですけれど、その横でテレビからずっと「こんにちは赤ちゃん」が流れている。そのシーンがものすごく好きで、本当はそれもこの曲でやりたかった。さすがに散らかりすぎるんで止めたんですけど、その空気感はなんとなく残っていますね。

──なるほど。話していて感じたんですが、このインタビューの中で「東京物語」や「県警対組織暴力」の話が出てくるというのも、いろんな映画へのオマージュを表現してきた藤本タツキさんの作家性に対する米津さんなりの誠実なアンサーになっているような気がします。

必然的にそうなった感じがします。

──ボーカルスタイルについての話も聞かせてください。以前のインタビューでも歌い方を変えたいとおっしゃっていましたが、「KICK BACK」はかなり荒々しい、喉を潰すような歌声になっています。これはどのように会得したんでしょうか?

自分の声ってどんどん飽きてくるんで、ガラッと変えたいと思っていたんです。なので、今回はかなり真面目にガナりました。ちゃんとボイトレに行って、きれいな声を出すために体の軸を通して背筋を伸ばして顎を引く歌い方をきちんと習ったうえで、それを全部ぐちゃぐちゃにするという。ガナり散らして台無しにするという、真面目にグレる、そんな感じでやりました。

大希が入って不良感がブーストされた

──この曲には共同アレンジに常田大希さんを迎えています。以前からお二人の親交は深いと思いますが、この曲を一緒に制作することになったきっかけや由来はどんな感じだったんでしょうか?

前から大希と飲んでるときに「『チェンソーマン』ヤバいよね、面白いよね」みたいな話はしていて。また大希と飲む機会があったので、「そういえば『チェンソーマン』やることになったんだけど、一緒にやんない?」って話をして。ライトな感じで始まりました。

──常田さんと一緒に制作したことで曲に加わったエッセンスはどんなものがありましたか?

やっぱりすごいなという感じでしたね。自分のデモはストイックなドラムンベースのニュアンスで作っていたんですけれど、そこにヤンキー感とか不良感のようなものがブーストされた。「チェンソーマン」という作品にも似つかわしかったし、自分にはできなかっただろうという感じで、常田大希様様って感じでした。

誰も予想できない美しさ

──ミュージックビデオもかなりインパクトがありましたが、まず、なぜこういうMVにしようと思ったんでしょうか?

MVは、ギャグに振り切っていこうと思って。誰も予想しない形になっていると思います。「チェンソーマン」は「そっちに行く!?」という予想できない面白さがあって、藤本タツキさんの作品の美しさの1つはそこにあると思うんです。だからMVは完全に遊ぼう、とにかく遊んで、どれだけウケるかみたいな方向性に突っ走っていったら、こうなりました。

──常田さんと筋トレ対決をするというアイデアは?

奥山由之さんが監督してくれたんですけど、まずこちらから「こういうことをやりたい」というイメージを伝えたら、とんでもない案が返ってきたんです。俺が筋トレしていたら大希が出てきて、俺を悠々と越えていって、それで俺がさらに筋トレする……みたいな。その話を聞いて「は?」となって(笑)。でも企画書も面白くて「よし、それで行こう!」とこうなりました。

──撮影を振り返って印象的だったことや、記憶に残っているエピソードは?

撮影が4回飛んでいるんですよね。肉離れを起こして撮影を飛ばしたのが1回と、雨天中止が3回も続いて。歌詞にある「『止まない雨はない』より先に その傘をくれよ」という心情をまさに体感するような撮影でした。

──でも、手応えとしては、思った以上のものができた。

めちゃめちゃ気に入ってます。体も鍛えられ、今は筋肉が付き始めているという。


2022年11月23日更新