米津玄師|「チェンソーマン」の“痛快”を 直感と衝動のままに叫び描いて

自分の生きていく指針は、そのバランスにあると思った

──カップリングの「恥ずかしくってしょうがねえ」も素晴らしかったです。すごくざらついた、率直な言葉が歌われている印象ですが、この曲はどんな思いがあって作っていったんでしょうか。

俺は「自分さえよければいい」という考え方が非常に苦手なんですよね。しかも、その欲望の上に「これは他人のためだ」とか「世のため人のためなんだ」という耳触りのいい、きれいな言葉を被せて自分の欲求を押し通そうとする所作が本当に嫌いなんです。そういう気持ちがずっとあって、それが出てきた感じですね。

──ある種の嫌悪感のようなものが発想の由来になった。

自分がどういうふうに生きていきたいかを言語化するならどういうことだろうと、改めて考え直してみたことがあったんです。いわゆる倫理というものがありますよね。社会というものは、その国や地域ごとの倫理に則って共同生活を送っていくというのが基本的な営みだと思うんですけど。じゃあ、その倫理というものをなるべく知っておきたい。とにかく誰よりも知っておきたいと思うんです。とは言っても、完璧に倫理的に生きていきたいかと言われると、まったくそうは思わない。自分の生きていく指針は、そのバランスにあると思ったんです。むやみやたらに人を傷付けたいなんて少しも思わないし、みんながハッピーに、お互いを慈しみ合いながら生きるのが一番いい。だからと言って、その根幹にある倫理を全部守りたいかと言うと、そうとは一切思わない。この曲はそういうニュアンスなんです。理想と現実というものがあるとすれば、やっぱり俺は理想を追い求めて生きていきたい。けれども、どう考えても引き受けなきゃいけない現実がある。もう子供じゃないですし、自分が生きてきた現実を無視して理想だけ追い求めていくことはできない。現実を忘れて理念だけを追い求めて暴走するのは浅ましいと思います。引き受けなければいけないものがある中で右往左往していくというのが、一番重要なんじゃないかという気がします。

──この曲は「サングリアワイン 口にあわねえな」というサビがとても示唆的だと思いました。「サングリアワイン」という名詞が「安酒に酔う」ということの象徴になっている。そして「安酒に酔う」ということがどういうことかについては、聴き手がそれぞれ想像する余地が残されている。そういう曲だと思います。

そうですね。あと、俺は純粋にワインが苦手なんです。ワインを飲むと悪酔いして気持ち悪くなる。そういうものすごく個人的なものでもあります。

米津玄師

視座が高くなって、遠くのほうまで見渡せるようになった

──ツアーについての話も聞かせてください。「米津玄師 2022 TOUR / 変身」は約2年半ぶりのツアーでしたが、ひさしぶりにステージに立った実感はどんなものでしたか?(参照:米津玄師、2年半ぶりツアー「変身」を完走“10万人”と共有した時間に「どれだけ得難いことか」

最初はどうなることやらみたいな感じだったんですけど、やってみたらよく悪くも吹っ切れたというか、2年半前とは自分のライブに対する向き合い方が違うなと思いました。前までは自分がステージに立つことへの違和感があったというか、自分はそんなタマじゃないというような意識がずっとあったんですけど、そう思うことがあまりなくなってきた。ある種の肉体言語のようなものが増えたというか、ツアーを通して体の稼働域みたいなものが広がったような気はしますね。

──ライブを拝見していろいろ感じ入るところがあったんですが、まず最初の挨拶がすごく印象的だったんです。普通のトーンで話すかと思いきや「どうもー! 米津玄師でーっす!」と、ものすごくハイテンションで名乗り上げる。

はははは。

──そこにもエンタテイナー精神のようなものを感じたんですが、どうでしょうか。

昔だったら絶対そんなことはしなかったんですけど、天邪鬼な人間なんで「米津玄師はそんなこと絶対しないだろう」という所に行きたくなっちゃうんですよ。「どうもー!」って漫才の最初みたいな感じで話し始めたらウケるだろうなって。「ウケるかどうか」みたいな回路が自分の中に生まれたのかもしれないです。自分の活動を振り返ってみたときに、自分の商品的価値を毀損したいという意識がずっとあったなと思います。ハチとしてやっていた頃から「この人ってこういう人だよね」って言われると、好意的に言ってくれているのはわかるけれど、それがなんだか非常に居心地が悪い。そういうふうに言われたら反対のほうに行きたくなるし、その反対のほうで「ああ、実はこういう人なんだね」というイメージになったら、今度はまた違うほうに向かったりする。それを緩やかに繰り返してきた感じがあって。そんな中で今一番ホットなのが「いかにちょけられるか」というところなんだなっていう感じはします。

──花道のベルトコンベアを使った演出も、見たことのないようなものでした。

ベルトコンベアは「POP SONG」のMVでコントローラーに引っ張られて進んでいくというところから来てるんですけど、やっぱり急に花道でスーッと滑っていったらオモロいかなって。それもウケるかウケないかみたいな判断で取り入れたっていうのはありますね。

──「STRAY SHEEP」の収録曲やそのあとに発表した楽曲をライブのステージでたくさんの人と共有するというのは、ここ数年歩んできた道程を見つめ直すような体験でもあったと思います。それを経て、改めて気付いたことはありましたか?

積み上げてきたものが多くなってきた感じはしましたね。外と関わって何かをやっていくということに対しても、昔は非常にナイーブだったけれど、今は細かいことは気にしなくなってきましたね。10年前とかは目の前に落ちている小石みたいなものがとにかく気になってしょうがなくて、この小石につまずいて、なんなら頭を打って死んじゃうんじゃないかみたいなことばかり思ってたんですけど。でも、結局それは小石でしかないと思うようになった。これがいいのか悪いのかはわからないですけど、そういう偏執的なところに美しさが宿ったりもするんで。でも、ひとつ自由になったとも言えるし、目の前がクリアになった気はします。高い山を登っていって、どんどん視座が高くなって、遠くのほうまで見渡せるようになったというのはありますね。遠くのほうまで見えるようになると、遠くのものがクリアに見えてきて、それはそれでまた別の恐ろしさみたいなものが立ち現れてくる。そういうことを最近は実感しています。ライブでも、最近はコンタクトレンズを付けるようになって、お客さんの顔がめちゃめちゃよく見えるようになったんです。今までは見えていなかったから、見えない視界というものに守られていたような感覚があった。それがなくなって、顔がよく見えるようになって、非常にコミュニケーションがしやすくなったけれども、今度はそのお客さんの姿の奥までよく見えるようになったというか。抽象的な話ですけど、その奥には、より大きな暗闇が広がっているような感覚を覚えるようになってきたかもしれないですね。

ツアー情報

米津玄師 2023 TOUR / 空想
  • 2023年4月22日(土)兵庫県 ワールド記念ホール
  • 2023年4月23日(日)兵庫県 ワールド記念ホール
  • 2023年4月26日(水)大阪府 大阪城ホール
  • 2023年4月27日(木)大阪府 大阪城ホール
  • 2023年5月2日(火)熊本県 グランメッセ熊本
  • 2023年5月3日(水・祝)熊本県 グランメッセ熊本
  • 2023年5月7日(日)愛知県 日本ガイシホール
  • 2023年5月8日(月)愛知県 日本ガイシホール
  • 2023年5月13日(土)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
  • 2023年5月14日(日)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
  • 2023年5月20日(土)北海道 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
  • 2023年5月21日(日)北海道 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
  • 2023年5月27日(土)福井県 サンドーム福井
  • 2023年5月28日(日)福井県 サンドーム福井
  • 2023年6月3日(土)徳島県 アスティとくしま
  • 2023年6月4日(日)徳島県 アスティとくしま
  • 2023年6月10日(土)広島県 広島グリーンアリーナ
  • 2023年6月11日(日)広島県 広島グリーンアリーナ
  • 2023年6月14日(水)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
  • 2023年6月15日(木)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
  • 2023年6月28日(水)神奈川県 横浜アリーナ
  • 2023年6月29日(木)神奈川県 横浜アリーナ
  • 2023年7月1日(土)神奈川県 横浜アリーナ
  • 2023年7月2日(日)神奈川県 横浜アリーナ
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。9月より2年半ぶりとなる全国ツアー「米津玄師 2022 TOUR / 変身」を開催した。11月に、テレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」をリリース。

※記事初出時、ツアー名表記に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。


2022年11月23日更新