ナタリー PowerPush - 米津玄師
自由を捨てて外の世界へ 覚悟と決意の「サンタマリア」
米津玄師が1stシングル「サンタマリア」を5月29日にリリースする。表題曲はどっしりとしたリズムにピアノやストリングスの音色が美しく響く、ドラマチックなミドルナンバー。米津は本作をもって、ユニバーサルシグマよりメジャーデビューを果たす。
これまで制作のすべてを1人で行い、他人とのモノ作りを避けてきた米津。初めて本人名義で自身を表現した1stアルバム「diorama」から約1年、彼は多くの人と関わることになるメジャーレーベルというフィールドで活動することを選んだ。ナタリー2度目の登場となる今回、米津はなぜこのような境地に至ったのかについて、ボーカロイドプロデューサー・ハチとしての自分や「diorama」以降の気持ちの変化を顧みつつ語ってくれた。
取材・文 / 伊藤実菜子
すんなり受け入れられた「diorama」
──昨年5月に初めて米津玄師名義でリリースした「diorama」は、オリコンチャート6位を記録したうえに「CDショップ大賞」にもノミネートされ、とても大きな反響があったんじゃないかと思います。その反響は自分に何か影響しましたか?
影響はなくはなかったと思うんですけど、意識的にはボーカロイドで音楽を作ってる頃とあんまり変わんなかったです。地続きというか。実生活も全然変わんなかったんですよ、顔を出してないから道ですれ違って気付かれるわけでもないし。だから周囲が盛り上がってるという認識もなくて。
──そうだったんですね。作品への反応はいかがでした?
最初は賛否両論があったりするのかなあと思ってたんですけど、けっこうすんなり受け入れられた感じが強かったです。なんか……ちょっと肩透かしみたいなところもあったんですけど。
──本当はもっと否定的な声も欲しかったんですか?
そうですね。
──それはなぜ?
ほめられてばっかりのものってうさんくさいじゃないですか。やっぱり反対意見っていうか……いろんな意見がないとバランスが取れなくなって、ものすごくいびつなものになってしまうと思ってるんで。
──疑心暗鬼に陥ってしまう?
そうですねえ……もとよりそういう人間なんで。
──そもそも「diorama」はボーカロイドというフィルターを取っ払って、生身の自分をさらけ出すために出した作品だったと思うのですが。すんなり受け入れられたということはその試みは成功だったと言えるんじゃないでしょうか。
そうですね、成功か失敗かで言われると、いろんな意味で成功だったとは思いますね。ボーカロイドでやってきたことの総決算というか、今までやってきたことを全部踏襲して1枚のアルバムにまとめようっていう意味合いが「diorama」にはあったんですけど。そういう点から見ても、あの時点ではあの形がベストだったなと思います。それは満足していますね。
ボーカロイドプロデューサーでいることの負い目
──「diorama」のリリース後は、どのような活動をしていくか明確なビジョンはあったんですか?
出したあとはほんとなんにもなくて、しばらくは「次どうしようかな」って考える時間でしたね。
──ボーカロイドに回帰しようとは思わなかったですか?
それは思わなかったですね。やっぱり、音楽をこれから先ずっと続けていくにあたって、ひとつ乗り越えなければならない壁みたいなものがあって……それは自分の肉体性の至らなさみたいなもので。自分の作る楽曲が精神だとすれば、それをライブなりなんなりで表現する、それが肉体だと思うんですけど。そういうものをずっと遠ざけてきたんですよね、ボーカロイドというところに居座ることによって。
──肉体性はボーカロイドが担ってくれますもんね。
そうそう。ポップアイコンとして前面に出てきてくれて、そういう部分は彼女らが引き受けてくれたんですけど。でも、そういうのってなんか不健全だなあと思ったんですよ。自分の音楽を作るにあたって、いかんせん自分はバランスを欠いてしまっていると思ったんですよね。精神ばっかりが肥大して、身体がそれに付いていってないっていう。
──そこに違和感を覚えてしまったと。
なんだろうな……自分自身を強く持ちたいっていう思いがあって。やっぱりどうあっても自分はボーカロイドプロデューサーで。名前もハチっていうハンドルネームだし、前に出てるのはアイドルとして一級品のかわいらしい女の子なわけじゃないですか。ボーカロイドプロデューサーっていう形自体は実際ちゃんと成立しているし、それを否定するつもりはまったくないんですけど、僕はそこに弱さを見出してしまったんですね。後ろめたさというか、個人的に「これはよくないんじゃないか」っていう懸念が拭えなくなってきて。
──それはどうしてでしょう?
やっぱりその、ボーカロイドがまず前に立っているということにすごい負い目があって。そこには自分が立っていてもいいのにそうじゃないっていうことは、やっぱり自分に力がないから、至ってないからだと思うんですよね。ボーカロイドを知った当初は、ただ楽しそうだったから「こいつはいいや」と思って楽観的に始めたんですけど。でも無意識下ではそういう自分の至らなさがあったから、ボーカロイドに向き合ってたと思うんですよね。だから抜本的にそういうところを改善しないと、これからいい音楽を作れないんじゃないかっていう不安がありました。……だから、自分に枷を設ける意味合いを込めて、1回ボーカロイドから離れてみようと。
──それが「diorama」だったんですね。
そう。でもやっぱりまだ自分の中で満足できてはいなくて。だからボーカロイドに回帰しなかったっていうのは、自分の中では特に考えるまでもないことでした。
──ではもうボーカロイドとは決別したんですか?
決別……とまでは言わないですけど。やれる機会があれば、全然やろうとも思っているんですよ。けど、いわば目の前に大きな問題が転がってるときに、うつつを抜かすではないですけどボーカロイドのほうに向かっていくことはできないなあと。
──「diorama」を作った意味がなくなってしまうから?
そうですね。
──単純にボーカロイドに興味がなくなったというわけではない?
全然そんなことはなくて。今もすきあらばやろうかなと思うことは多々あるんですけど。まあ今はそれをやっている時間ではないなと。
- 1stシングル「サンタマリア」 / 2013年5月29日発売 / ユニバーサルシグマ
- 初回限定盤
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 1680円 / UMCK-9622
- 通常盤 [CD] / 1260円 / UMCK-5435
CD収録曲
- サンタマリア
- 百鬼夜行
- 笛吹けども踊らず
(※通常盤は弾き語りライブストリーミングが聴けるシリアルナンバー入り)
初回限定盤DVD収録内容
- 「サンタマリア」Music Video
- 「サンタマリア」めくる絵本Music Video
米津玄師(よねづけんし)
男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は600万回を、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の再生回数は300万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットのイラストやビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月29日、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。