音楽ナタリー Power Push - 米倉利紀
21枚目で迎えた“分岐点”
言葉とメロディのバランスや緊張関係
──ただ、米倉さんのように本格的なR&Bサウンドに日本語を乗せる場合には、どうしても歌詞の意味より“音”とか“響き”を優先せざるをえない局面も少なくないでしょう?
難しいですよね、確かに。技術論でいうと、日本語は言葉が喉の奥から出てくるイメージなんですよ。音素も少ないし、口蓋の前の方で発音する英語とは根本的に違う。海外ミュージカルの日本版に参加させてもらうと、そのギャップの大きさを日々突き付けられます。でも、だからやりがいがあるとも思うんです。幸い僕は歌詞もメロディも自分で作っているので。言いたいことがちゃんと伝わり、しかもR&B的なメロディとの親和性もいい日本語を、ワンフレーズごと考えながら作っていく感じですね。
──日本語の歌詞をR&Bやブラックミュージック的なサウンドと調和させる曲作りは、今回「switch」でも重要課題でした?
はい、とても大事なテーマでした。アレンジャーの柿崎さんもその認識は同じで。コードを決める際も、歌詞の内容を一番よく生かしてくれる和音をすごく細かく考えてくれたんです。楽曲によってはAメロ、Bメロ、サビそれぞれについて微妙に違う候補を20パターン以上も送ってくれたりして。その響きを1つずつ精査しつつ、コードの組み合わせを決めていきました。
──うわあ、それはすごい作業量ですね。
ちなみに言葉とメロディのバランスや緊張関係ということでは、先ほど話題に出た「うたびと」も勉強になりました。あのアルバムでカバーした10曲は、どれも日本語の響きと歌メロが完璧に支え合ってる。坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」にしても、ちあきなおみさんの「喝采」にしてもそう。作詞と作曲を別の人が手掛けてもこんな美しい二人三脚が成立すること自体が、僕にはまず驚きだったし。そこに編曲、歌手を加えた4つのセクションが噛み合って、初めて名曲が生まれる仕組みも理解できた。考えてみると、僕は4つのうち編曲以外の3パートを手掛けているので。その気になれば足並みをそろえられないはずはないんですよね(笑)。だから今回の収録曲は、自分にそう言い聞かせながら書きました。そんな意味で「switch」は、言葉をいかに聴き手に届けるかにこだわったアルバムだとも言えるんじゃないかなと思います。
真夜中にふっと浮かんできた
──曲作りの面で、特に記憶に残ったナンバーというと?
8曲目に入れた「words」かな。「どんな言葉が救うのだろう、どんな愛で包むのだろう」という、まさに本作のテーマを歌い上げた力強いバラードで。一体どうすれば誰かのために強く、優しくなれるのかって試行錯誤している人の歌。前向きなんだけど、根底の部分には深い孤独感もあるんですね。実はこれ、珍しく真夜中に降りてきたんですよ。
──それって米倉さん的にはレアなんですね(笑)。
ほとんど書かないですね。夜はどうしても暗くなりがちなんで(笑)。でもこのときは電気を消してベッドに入ったら、Bメロ導入部の「自問自答」や「自業自得」というキーワードがふっと浮かんできました。自分でもこの言葉を歌詞に使うのはちょっとヘビーだなとは思ったんだけど……でも、孤独に向き合った曲がないと、地に足の着いたポジティブさは表現できないかもしれないって考え直して。ベッドから起き上がって一気に書き上げました。結果、この曲が僕の中では「switch」というアルバムの大事な核になっています。
──自分に言い聞かせるようにして書いた曲が、そのまま聴き手へのメッセージにもなっていく。その意味ではアルバム末尾に収録された「交差点」もテイストが似ていますね。ピアノの音色が美しいスローバラードですが。
これはひさしぶりに、両親や姉に向けて書いた曲。この年齢になるとしみじみ思うんだけど、家族と一緒にいるときの言葉では表現できない温かさってあるじゃないですか。ファンの方々、愛する人、友人、スタッフ……みんなかけがえのない存在だけど、何気ない言葉をちょっと交わしただけで心から安心できるのはやっぱり家族だなって思う。例えば、僕が交差点にいたときに、前後左右どっちに進んでも全肯定してくれると信じられる。それってもしかしたら、自分が赤ちゃんのときに初めて家族に抱きかかえてもらった記憶が、心に残っているからかもしれないなって。そんなイメージで作りました。
──どっちに曲がっても、自分が信じる方向であればそれでいいと。それもまた“選択を楽しもう!”というメッセージにつながっていきますね。
ありがとうございます。
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収録曲
- CHANCE
- HIPSTER
- DANCE UP
- FRIENDS
- LOVE HEALS
- 三日月
- unconditional
- words
- 365 LIFE
- 交差点
- toshinori YONEKURA concert tour 2016
-gotta crush on..... volume. seventeen- "switch" - 2016年3月5日(土)熊本県 熊本B.9 V1
- 2016年3月6日(日)長崎県 DRUM Be-7
- 2016年3月12日(土)神奈川県 Yokohama Bay Hall
- 2016年3月13日(日)神奈川県 Yokohama Bay Hall
- 2016年3月18日(金)愛知県 ElectricLadyLand
- 2016年3月19日(土)石川県 金沢EIGHT HALL
- 2016年3月21日(月・祝)京都府 KYOTO MUSE
- 2016年3月25日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2016年3月26日(土)兵庫県 チキンジョージ
- 2016年4月2日(土)香川県 高松MONSTER
- 2016年4月3日(日)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
- 2016年4月9日(土)新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE
- 2016年4月10日(日)福島県 郡山CLUB #9
- 2016年4月16日(土)青森県 青森Quarter
- 2016年4月17日(日)宮城県 仙台MACANA
- 2016年4月22日(金)宮崎県 MIYAZAKI WEATHERKING
- 2016年4月23日(土)鹿児島県 CAPARVO HALL
- 2016年4月25日(月)福岡県 Zepp Fukuoka
- 2016年4月29日(金・祝)大阪府 なんばHatch
- 2016年5月13日(金)沖縄県 Output(追加公演)
- 2016年5月21日(土)北海道 Zepp Sapporo
- 2016年5月28日(土)東京都 赤坂BLITZ
- 2016年5月29日(日)東京都 赤坂BLITZ
米倉利紀(ヨネクラトシノリ)
1992年4月にシングル「未完のアンドロイド」でデビュー。ブラックミュージックの影響を受けつつも枠にとらわれない幅広い音楽性と確かな歌唱力でファンからの支持を得るシンガーソングライター。ほかのアーティストへの楽曲提供やプロデュースも行っている。毎年春にオリジナルアルバムを引っさげての全国ツアー、夏に“sTYle72 standard”と題した洋楽カバーツアー、秋に“sTYle72 cafe”と題した邦楽カバーツアーを開催。2008年からはミュージカルや舞台にも出演して演劇界からも高く評価されている。2016年2月に21stアルバム「switch」をリリースした。