「横浜音祭り2022」インタビュー最終回で山中竹春横浜市長×反田恭平が考える“音楽の街”横浜の未来 (2/2)

回転寿司のような街

──ちょうど教育のお話が出たので伺いたいんですけども、反田さんはたびたび「いつか学校を作りたい」という発言をされていますよね。現状の音楽教育には足りないものがあると感じているわけですか?

反田 いえ、足りないものは別にないんですけど……アプローチの仕方が違うというか。ソリストとして生きていくための1つの条件として、演奏している空間を支配する力が必要になってくるんですが、その力を持っている日本人が少ない。非常に少ない。パッと見た瞬間に「こいつは違う!」みたいなオーラの持ち主がいないんです。

山中 なるほど。本当の意味で仕切れる人、場を支配できる人というのはとても貴重な存在ですよね。

反田 もちろん個々人の性格や素質によるところもあると思いますが、そういう資質を伸ばして育めるような環境はあってもいいんじゃないかなと。それから、音楽の世界の人たちって、音楽しか知らないんです。例えば音大生の子たちは自分が数年後に個人事業主になることすら知らないと思うし、演奏活動をしていく中でどういうふうにお金をいただいて、それをどう次の仕事につなげていくのかとか、自分できちんと税金を収めなきゃいけないこととかがけっこうわかってない。学校では一切そういうことを教わらないから。

山中 なるほど。そうなんですね。

反田 最近はそういう授業を始めている学校も少しずつ出てきてはいるんですが、肝心の学生側がまだその必要性にピンと来ていない。もちろん、「自分は音楽しかできません! それ以外のことは考えたくないです!」という人はマネージャーが付くような事務所に入ればいい話なので、それはそれでもいいのですが。

──音楽そのものを学ぶだけでなく、音楽家として生きていくためのノウハウを総合的に学べる場がもっとあっていいんじゃないかと。

反田 そうですね。

山中 行政の立場から言うと、音楽教育を充実させることによって、アーティストだけでなく、受け手としての上質な感性を持った人たちを増やしていくことが肝要かなと思いますね。広く若い世代にそうした感性を持ってもらうことで、より音楽が楽しまれるようになり、どんどん周囲にも「なんだかよくわからないけど楽しいぞ」という空気感が広がっていく。それによって、本当の意味で“音楽の街”になっていくんじゃないかな。

山中竹春

山中竹春

反田 その結果、横浜が回転寿司みたいな街になるといいですよね。

山中 ほう、回転寿司。

反田 いろんなものが回っていて……高いお皿もあれば安いお皿もあって、好きなものを選べるという。そこに行けばタダでお茶を飲めたり、ガリも食べられたり。しかも、それらが渾然となってグルグル回っているから、見ているだけでも楽しい、みたいな。

山中 なるほど、それは言い得て妙ですね。なぜあれだけ回転寿司が広がったかというと、「一流の職人が握った上質な寿司と、その価値をわかるお客さん」という関係性だけではなく、「ファンを増やす」という視点がそこにあったからですよね。まさに「なんだかよくわからないけど楽しそう」を確立したビジネスだと思います。

反田 回転寿司の一番いいところって、子供が主体になるところだと思っていて。「親が子供を連れて行く」というよりは「子供が親を連れて行く」場所なんですよ。子供はお皿が回っているところを見たいから率先して行きたがるし、親は親でリーズナブルに楽しめるから、双方にとってメリットがある。我々もそうした企画を提示していかなければいけないですよね。ハイレベルな音楽を楽しみたい人を満足させることはもちろんですが、それ一辺倒になるのではなく、「楽しそうだから行ってみたい」と無邪気に思ってもらえる場を作っていく必要がある。もちろん、それはクラシックの敷居を下げるという意味ではないですけど。敷居を低くしたいとは僕はまったく思わないので。

山中 金色のお皿は、あくまで金色でなければいけない。

反田 そうですね(笑)。そこへのアプローチの仕方、種類は増やせるんじゃないかという話です。

反田恭平の野望

山中 回転寿司もそうですけど、コンビニなんかもどんどん独特の進化をしていますよね。ああいうのは日本人ならではの特性だなあと思うんです。0を1にするのは苦手でも、1を10にも100にもするクリエイティビティが日本人にはある。

反田 今や回転寿司店にもタブレット端末が入っていますからね。それで言うと、僕は音楽ホールにもタブレットを導入するべきだと思っているんですよ。

山中 ホールにタブレットですか。それをどのように使うんですか?

反田 例えばオペラを鑑賞するときに、字幕をずっと見ていると首が疲れるという問題があります。それを手元のタブレットで見られたら少し楽になるだろうし、あとは人物相関図とかも表示できるようになっていれば、より理解も深まります。いろいろなことができると思うんです。最近、タクシーに広告を表示するタブレット端末が付いているじゃないですか。あのアイデアには「やられた!」と思いました。「僕が思い付きたかった!」って(笑)。

山中 そういう柔軟な発想は私も好きですね(笑)。

反田 僕には1つ、絶対にやりたいと思っていることがありまして……それはスマートフォンのアプリを作ることなんです。例えば、地方に住んでいる方がみなとみらいホールへコンサートを観に来ることになった場合、周辺情報を知りたいですよね。託児所はあるのか、周りにおいしいレストランはあるのか、空いた時間に楽しめる美術館などはあるのか……そういった情報を、ホールに紐付けてまとめてチェックできるようなアプリを考えていて。さらにポイントカード機能を付けたりとか、公演に関連する情報、それこそナタリーさんのような情報メディアにも紐付いたり、コンサートにまつわるすべての付帯情報にワンストップでアクセスできるアプリを作りたいなと思っているんです。今はその資金集め段階なんです。

反田恭平

反田恭平

山中 今のお話はまさに音楽業界におけるDX、デジタルトランスフォーメーションですよね。現状を改善してお客様の満足度を高めたいというユーザー目線がすごくいいなあと思います。横浜も将来的にスマートフォン1つでいろいろな手続きができるよう、デジタル化を進めているところなんです。反田さんのような考えを持っている人って音楽業界の中にはあまりいないのでは?

反田 いないです、まったく。いちピアニストに過ぎない僕がなんでそういうことを考えちゃうのかは自分でもまったくわからないんですけども(笑)、小さい頃からずっとそうだったんです。電車の中吊り広告を見ても、車窓からの景色を見ても、いちいち「なんでこうなってるんだろう?」と疑問が湧くタイプの子でした。

山中 音楽にとどまらず、いろいろなことに興味を持たれているんですね。

反田 そうなんです、興味があるんです。(窓外に見える横浜市風力発電所のハマウィングを指差して)あの風力発電の施設とかもすごく好きで、「あれで何かできることはないだろうか」ってすぐ考えてしまいます(笑)。ものを1個見たら、つい何かを思っちゃうんですよ。

──当たり前を当たり前と思わず、疑問を持つから新しいものが生まれるということはありますし。そういう人材にどんどん出てきてもらいたいですよね。

反田 そうですね。クラシック界においては、特にそう思います。

山中 クラシック界にもいろいろな人がいるんでしょうけど、やはり変革していくのは反田さんのような20代、30代の若い力だろうと思います。我々行政にも同じことが言えますね。

反田 何か僕にできることがあれば、横浜には恩返しがしたいなと思っていますので。

山中 うれしい言葉、ありがとうございます。反田さんのお知恵を拝借できれば、我々も心強いです。

左から山中竹春、反田恭平。

左から山中竹春、反田恭平。

プロフィール

山中竹春(ヤマナカタケハル)

1972年9月27日生まれ、埼玉県秩父市出身。早稲田大学政治経済学部および理工学部卒業。博士(理学)。アメリカ国立衛生研究所(NIH / NIEHS)研究員、国立がん研究センター部長、横浜市立大学医学部教授、大学院データサイエンス研究科長などを経て、2021年8月、第33代横浜市長に就任。2022年9月から11月にかけて開催された音楽フェスティバル「横浜音祭り2022」では名誉委員長を務めた。

反田恭平(ソリタキョウヘイ)

1994年9月1日、北海道札幌市生まれのピアニスト、指揮者、実業家。2012年、高校在学中に「第81回日本音楽コンクール」で第1位に入賞し、聴衆賞も受賞。2014年にロシア・チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学後、ポーランド・ショパン国立音楽大学の研究科に在籍する。2019年にはイープラスとの共同事業でレーベル「NOVA Record」を立ち上げ、クラシック音楽の普及に尽力。2021年には「第18回ショパン国際ピアノコンクール」で日本人では半世紀ぶりに第2位を受賞する。2022年11月には3年に一度の音楽フェスティバル「横浜音祭り2022」のクロージングコンサートを行った。