ナタリー PowerPush - やけのはら
キーワードは「ドリーミーミュージック」
ラッパーなんだという自意識もないんです
──世の中の混乱を歌った曲としては、「JUSTICE against JUSTICE」もそうですよね。アルバムの中でも、もっともラッパーらしい意思表示が刻まれた曲だと思います。
去年の12月の選挙のときに作った曲ですね。直接的なことで言ってしまえば、尖閣諸島問題に対する石原(慎太郎)のリアクション、「やられるならやったれ」みたいな態度に感じた違和感であったり、アメリカのことであったりを考えながらできた曲です。全体を通して僕が言いたかったのは、「すべての争いに正当性はない」ということですね。「どっちもどっちだよね」と言うのはちょっと違って、そういう石原みたいな論調に巻き込まれるのは絶対ごめんだという気持ちです。どんな戦争にも大義名分はないと思うんで。
──言葉はすごく強いけど、怒りの語気ではないから、このアルバムの流れでも違和感なく聴けるものになってますね。
この曲で急に怒りをあらわにしたら、アルバム全体が変わってしまうと思うし、ぜんぜんドリーミーミュージックじゃなくなりますよね(笑)。確かにこの曲はほかの曲よりラップ然とした曲ですけど、もともと言葉だけで伝えようと思ってないですし、そういう意味では(自分は)ラッパーなんだという自意識もないんですよね。
──ヒップホップをやっているという自意識に関してはどうですか?
それも薄いと思います。できたトラックに「ラッパーやけのはら」を乗せていくというよりは、もっと離れたところから1曲1曲を作曲している感じなので。あくまで曲の一部分として自分の声があるという構図ですね。大切なのは空気感や全体像で、決して自分ではないんですよ。例えば「RELAXIN'」だったら、「リラックスしたいっすね」という気持ちをどれだけ明快に伝えるかというところにこだわりたいし、だから……広義のポップスをやってる感覚なのかな。韻を踏むというのも、別にヒップホップだけじゃなくて、ジャズボーカルとかオールディーズの世界にも脈々とあったものじゃないですか。
──もちろん日本のポップスにも。
ですよね。だから、自分もその文脈にいれたらいいな、と思うんです。……でも、実際にはぜんぜんできていない(笑)。僕はギターがうまいわけでも歌が達者なわけでもないので、そのマイナス面を、ものすごい執念と工夫と、あとはゲストへのお願いで、なんとかカタチにしていってるわけで。
──手法的には王道をいくものだと思いますけどね。ポップスというのは、プレイヤー発信でなく、プロデューサー発信の音楽だと思いますし。
もちろん自分の言ってるポップスというのは「大衆音楽」という意味合いで、例えば(大滝詠一の)「A LONG VACATION」まで磨きに磨いたものではないですよ? というか、ああいうものを自分がやるのは絶対に無理だと思うので(笑)。
「編集者的」というのは腑に落ちる
──「A LONG VACATION」的なポップスを目指すにしては、やけのはらさんのラップはあまりにも耳に入ってきすぎると思うんですよね。
どういうことですか?
──例えばBUDDHA BRANDのDEV LARGEなんかに顕著だと思うんですけど、ものすごくリズムの精度が高くてパーカッシブなラップってありますよね。メッセージ云々というよりは、あまりにも楽器的なので、自分からリリックを追おうとしない限りは、耳に入ってこないようなラップ。
なるほど。そのスムースさがポップス的であり、「A LONG VACATION」的だと。
──そうです。でもその一方で、例えばECDのラップというのは、タイム感にしても声色にしても、すごくゴツゴツしていて、聴き流すのがとても難しいものだと思うんですよ。で、どちらかといえばやけのはらさんのラップというのは……。
完全にECDさん側ですね。リリックの内容にしてもスタイルにしても影響を受けているのは、ECDさん。あとはキミドリです。もちろんBUDDHA BRANDも大好きですけど、それはやっぱりサウンド全体ということで、ラップの面では直接的には影響を受けてないですね。……だって、「A LONG VACATION」とかBUDDHA BRANDみたいにやりたい人の作品が今回のアルバムだったら、それは完璧に狂ってますよ(笑)。
──「言ってくれる友達が1人もいないままアルバムができちゃったんだなあ……」みたいな(笑)。
完全な空回りで(笑)。
──ただそれは、やけのはらさんが「やりたいこと」と「やれること」というのを、すごく冷静な目で仕分けした結果でもあると思うんですよ。
……それはそうですね。
──とても編集者的な視点で。
この話の流れで「編集者的」というのはすごく腑に落ちますね。僕も豪快な人間に生まれたかったと思いますよ。
──自信がない?
まったくないですね。特に自分の声に向き合うのがつらいです。
自分は「サンプラーを弾くシンガーソングライター」
──とはいえラップは相当独特ですよ。例えばカラオケでやけのはらさんの曲が回ってきても、まずラップできる人はいないんじゃないかという譜割りで。
そこはもう、これしかできないっていう生理の部分ですからね。例えばライブは僕がわずかなミュージシャンシップを味わえる貴重な時間で、やっててすごく楽しいんですけど、あとで振り返ったら「ヘタだなー、もっとうまく歌えたらなー」と悲しい気持ちとかになることも多いし、レコーディングして声をデータで持って帰って、自分の声を素材として扱うときなんかは、さらに悲しい気持ちになります(笑)。なんとか自分が歌う理由というのを探しつつやってる感じですね。チェット・ベイカーやマイケル・フランクス、あとは加藤和彦さんなんかの、決してうまくはないけど味のあるボーカルというのをイメージしたり、自分を騙しつつ。
──ただ、そうやっていろいろと見えてしまっている「編集者的な人間」ほど、「自分でやらなくてもいいや」となりがちですよね。でも、やけのはらさんの音楽は非常に人間臭いし、「編集者的な人間」が計算づくで落とし込んだものには、決して聞こえないんですよ。今「生理」という言葉が出ましたけど、頭で考えたコンセプトの部分に、きちんと恥をかいた身体の部分というのが重なっているからこそ、これだけの感動が生まれているわけで。
確かに「でも、がんばってやろう」とは常に思っています。わざわざ人を巻き込んでまで自分のエゴイズムを満たしているだけのように感じたりすると、もう作りたくないと思ったりもするし、その反面、それが必要な部分ならば、もっと自分の身を切って、恥をさらして歌ってやろうという気持ちもなるし、最近は、そういうイビツな感じ、屈折した部分というのも、もしかしたら自分の個性なんじゃないかって思えるようにはなってきましたね。
──そういう意味では、ポップスの人でなく、シンガーソングライターなのかもしれない。
ああ、まさにそうですね。ポップスの人ほど器用にできませんしね。ちょっとベタな表現ですけど、やっぱり自分は「サンプラーを弾くシンガーソングライター」なんだと思います。だから「A LONG VACATION」は無理だとしても、その前のナイアガラ(・トライアングル)やはっぴいえんど、あとは僕が学生の頃から好きな(忌野)清志郎がやっていた音楽の「末裔」ではありたいと思ってますね。自分は音楽が好きだから、聴くだけじゃなく作っていたいし、いいライブを観れば、自分だってやってみたいと思うし、やっぱりその音楽には、やけのはらという人間が出てしまうんです。
収録曲
- INTO THE SUNNY PLACE
- HELTER-SKELTER
- RELAXIN'
- I LOVE YOU
- SUNNY NEW DAYS
- IMAGE part2
- TUNING OF IMAGE
- CITY LIGHTS
- JUSTICE against JUSTICE
- AIR CHECK
- BLOW IN THE WIND
- D.A.I.S.Y.
- where have you been all your life?
Erection presents YAKENOHARA 「SUNNY NEW LIFE」 Release Party supported by felicity
2013年5月3日(金・祝)
東京都 代官山UNIT
<出演者>
LIVE:やけのはら
(ゲスト:VIDEOTAPEMUSIC、Dorian、MC.sirafu、LUVRAW、高城晶平、平賀さち枝) / LUVRAW & BTB / THE OTOGIBANASHI'S
DJ:高城晶平 (cero) / shakke
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメイカー。「FUJI ROCK FESTIVAL」「METAMORPHOSE」「KAIKOO」「RAW LIFE」「Sense of Wonder」「ボロフェスタ」などの数々のイベントや、日本中の多数のパーティに出演。数多くのミックスCDを発表している。またラッパーとしては、アルファベッツのメンバーとして2003年にアルバム「なれのはてな」を発表したのをはじめ、曽我部恵一主宰レーベルROSE RECORDSのコンピレーションにも個人名義のラップ曲を提供。マンガ「ピューと吹く!ジャガー」ドラマCDの音楽制作、テレビ番組の楽曲制作、中村一義、メレンゲ、イルリメ、サイプレス上野とロベルト吉野などのリミックス、多数のダンスミュージックコンピへの曲提供など、トラックメイカーとしての活動も活発に行なっている。2009年に七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が話題になり、2010年には初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」を発表。その後Stones Throw15周年記念のオフィシャルミックス「Stones Throw 15 mixed by やけのはら」を手がけ、2012年にはサンプラー&ボーカルを担当している、ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsでアルバム「more than TV」を完成させた。2013年3月、新しいラップアルバム「SUNNY NEW LIFE」をリリース。