素晴らしい人たちといろんな音楽をやる醍醐味

──その一方で、新しいアレンジャーさんを迎えた曲も多く入っていますよね。そのことにより、矢井田さんの先を見据えた思いも感じることができました。

デビュー当時の私は、意固地なまでに「このチームで成功したいんだ」みたいな思いがあったんですよ。

──確かに当初は決まったメンツで楽曲制作をしていた印象がありました。

そうそう。わりと新しい出会いに対して臆病だったりする気質もあるので、ずっとそうやってきていたんです。でもあるとき、今回も参加してくださっている久保田光太郎さんに雑談の中で「ミュージシャンが生涯残せるアルバムなんて限られているんだから、この世にいるいろんなミュージシャンと一緒にやるのが音楽の醍醐味でもあるよね」って言われたんです。その言葉がすごく自然に納得できたんですよね。「ほんとそうだわ！」って。それから、いろんな人と音楽をやることに開放的になれたし、今回のアルバムでは新しいアレンジャーさんと新しい化学反応を起こせた気がしています。

──宮井英俊さんがアレンジを手がけた「WAVE」は、アルバムの中で最初に作られた曲だそうですね。

はい。宮井さんとの初めての作業でもあったので、この曲はワンコーラス分のスケッチを私が持っていき、そこから一緒にリズムパターンを打ち込むところからやりましたね。「四つ打ちかな、いや違うな」とか話し合いながら。すごく楽しい作業でした。

──「MOON」などを手掛けたakkinさんも初めての顔合わせですよね。

akkinさんはね、お互いの周りにいるミュージシャンが重なっていたので、なんとなく初めてお会いした気はしなかったんです。「MOON」はひさしぶりに自分の感情を吐き出すように書いた曲なんですよ。そういうタイプの曲って翌日、冷静になって聴き直すと恥ずかしくなって出すのを止めることもあるんですけど、今回はakkinさんとの作業にすごくいい予感がしていたので思い切って投げてみました。私が求めていたものをちゃんと汲み取ってくれて、力強くて素晴らしいアレンジにしてくださいましたね。

──新しい方々との作業は刺激にもなったんじゃないですか？

すごく刺激になりました。レコーディングでは、アレンジャーさんが信頼しているプレイヤーの方を呼んでくださることが多くて。そこでも「はじめまして」がたくさんあったんですけど、私の中でいつかご一緒したかったっていう方もいらっしゃいましたから。

──さまざまなアレンジャーが参加しているだけあって、サウンド的にはかなりカラフルな印象を持ったアルバムになりましたよね。

私は小さい頃から何かのジャンルに特化して音楽を聴いてきたわけではないので、ジャンル的なこだわりは一切なく、今回もバラエティに富んだ曲が集まったと思います。

──ただ、「It’s Time」という曲は、矢井田さんがデビュー当時から継続して歌ってきているアイリッシュテイストのサウンドになっています。そこは1つの大事なカラーなんだなと改めて思ったんですけど。

アイリッシュテイストのサウンドがずっと好きなんですよ。なおかつ、HEATWAVEの（山口）洋さんと一緒に作っていく楽しさもありますし。なので今回のアルバムでも絶対にやりたいなっていう意思は最初からあったんです。

勇気を出して “変態性”をさらけ出す

──今回の取材用資料にご自身によるライナーノーツがあったんですけど、そこには“変態性”という気になるワードが何度か出てきていて。そこについても詳しく伺おうかなと思うんですけど。

あははは（笑）。「東京タワーと蟻」と「世界と私の間」のライナーノーツでその言葉を使いました。さっきもちょうどメイクさんとそういう話をしていたんですよ。「ヤイコはすごく変だけど自分ではそれに気付いてないし、表にもあんまり出ていないからどんどん出していったほうがいいんじゃない？」って言われたんで、「でも、私はこういうところが変なんですよって自分で説明するのは難しくない？」みたいな（笑）。

──でも、今回の2曲に関しては自覚してるわけですよね。

具体的にどういった部分が“変態”なのかを言葉で説明するのは難しいんですけど、例えば私は整ったきれいなものよりもアシンメトリーであるものが好きだったりするんですよ。ほかの人の曲を聴いていても、傍から見るとから「え!?」と思うところに引っかかることが多いみたいなので。

──「東京タワーと蟻」に関してはサウンド的なところでそういう部分が出ている気がしました。変拍子だし、構成も一筋縄ではいかない感じがあって。

この曲が変拍子なのは、狙ってそうしたわけではなくて曲を書いたときの呼吸がそういう拍だったからなんです。それをキレイに直すこともできたけど、そのまま収録することに意味があると感じたんです。歌詞に関しては、拍が変だからちょっと不思議な世界観にしようとは思って書きました。

──曲によってはキレイに整える場合もあるんですか？

昔は「そこが変だね」と言われると「直さなきゃ！」って思ってた時期もありましけど、今は「どっちでもいいかな」って感じているくらいなんです（笑）。「私、変でしょ？ これがいいのよ！」っていう感じもないんです。要は、曲としての仕上がりがカッコよければどっちでもいい。魂にグッと響くのはどっちかなって考えるんです。

──一方、「世界と私の間」では矢井田さんの感情的な部分の“変態性”がにじんでいる気がしましたが。

私、小さい頃から“自分はここにいるけどここにいない”っていう感情があったんですよ。具体的に言うと、思い出が2つずつセットであるんです。自分が見てる景色の思い出と自分を含めた景色の思い出の2つ。

──主観的視点と俯瞰している視点の両方があると。

そうそう。小学校までは、みんなそうだと思っていたんですけどね。遠足に行ったときのことを作文にしましょうって宿題が出たときに「どっち目線で書けばいいですか？」って先生に聞いてちょっと不思議そうな顔をされたこともありますし（笑）。自分では普通だと思っていることでも、ほかの人からしたら普通じゃないことって、実は皆さんにもあると思うんです。なので、「世界と私の間」では自分の感じている違和感とか、自分の中にある闇を掘り下げることで、リスナーも含めた外の世界とつながれるんじゃないかなと。勇気を出して自分の中の“変態性”をさらけ出してみました（笑）。