人の歌により敏感になる吹替作業
──吹替版の台詞演出については「SING/シング」でもタッグを組まれた三間雅文さんが入られていますが、いかがでしたか?
大信頼している方ですし、三間さんにも僕のことを比較的信頼していただいている印象なので作業はスムーズで、キャストの声の調子や音色の“つながり”に気を配りました。
──収録において何か特徴的だったことはありますか?
収録で本国と同じマイクを使ったことでしょうか。あと本国では通常、俳優の歌声をガンマイクで録ってるんですよ。
──ガンマイクは野外での撮影やトークの収録などで基本離れた場所から使うもので、あまり歌の収録に使うものではないですよね?
基本的にはガンマイクと埋め込んだヘットセットのようなマイクのみらしいです。そうなると、もとの音質がそこまでクリアではない。なので、吹替版も英語版と比べて音質に差が出ないようにガンマイクを使いつつ、保険としてコンデンサーマイク(NEUMANN U 87)を1本立てておくようにして、ミックスで音を調整していきました。
──そんな細かい調整が……。初歩的な質問で恐縮ですが、歌の吹替もアニメのアフレコのように、映像を観ながらするんでしょうか?
はい。目の前に大きなモニターを設置して、その前にマイクを立て、譜面に歌詞カードを置いて歌っていただいてます。モニターにはフレームレートが出ているので、「ここからここで息を吸って、ここで吐きましょう」みたいなディレクションをしますね。
──歌だけでなく、いろいろなところに神経を張り巡らす必要がありそうですね。
だからこそより歌に敏感になるんです。「こういう表情だと、こういう声が出せるんだ」「この骨格だと、こんな声が出るんだ」とか、吹替版の仕事を始めてからよりわかるようになりましたね。ポップスのレコーディングをするときにも当然その経験が生きています。
──普段のプロデュース作業、ディレクション作業に一番フィードバックされたものはなんですか?
歌の“表情”の付け方ですかね。
──表情ですか?
例えば「愛してる」という歌詞があるとして、その前後にどんな流れやストーリーがあるかで、同じ「愛してる」でも発音が変わってくる。そのほかにも音程をはじめいろんな要素が絡んでくるんですが、ディレクションをするうえでの引き出しが多くなりましたね。例えば「この歌詞を伝えるために、下からエッジボイスで入って、息多めにして、メゾピアノぐらいからちょっと強くしていこう」とより具体的に伝えることが多くなった。もちろん感情表現の方法を伝えるほうがいい場合もありますし、相手によってどうディレクションするのがいいのか、そのへんの判断が早くなりました。
山寺宏一の異次元のすごさ
──蔦谷さんの作業は本当に多岐にわたりますね。ちなみに、初めて映画の吹替版音楽プロデューサーとしてお仕事をされたのが2017年公開の「SING/シング」でしたが、ご自身として慣れたところ、面白く感じていることは?
作業自体には慣れてきたところはあります。そして、普段のレコーディングや作曲とはまったく違うことが求められるので刺激がある。僕がレコーディングで携わっているのはポップスの人が多いし、スタジオでレコーディング作品を作って、ライブをする人がほとんど。ミュージカルに出ている人や役者さん、声優さんのレコーディングはそれほど経験がないわけです。そういう方々の声の使い方だったり、表現力の幅の広さに触れられるのはすごく貴重ですね。
──中でも特に刺激を受けた方はいますか?
ディラモンド教授役の山寺宏一さんかな。「SING/シング」「キャッツ」でもご一緒してますが、歌がうまいとかそういう次元の話じゃないんです。例えばフリースタイルラップがうまい人を見ると、「おおっ!」となるじゃないですか。ラップがうまい人は一瞬で言葉を引き出せる準備をいつでもしていると思うんですよ。山寺さんも同じように、「この場合だったらこれ」「こういう場はこの声」と無限にある自分の声のバリエーションを、シチュエーションごとに適切かつすぐに出せる。料理人が出された料理に使われている調味料を一発で当てられるような感じ。……にしても山寺さん、僕が携わる作品では動物しか演じてないな(笑)。
──「SING/シング」ではネズミ、「キャッツ」では猫、そして「ウィキッド ふたりの魔女」ではヤギですからね(笑)。ほかのキャストの方とのエピソードも聞かせてください。清水さん演じるグリンダが恋する相手・フィエロは海宝直人さんが吹き替えを担当されていますね。フィエロは「ダンシング・スルー・ライフ」という曲をメインに歌唱しています。
海宝さんはミュージカルにも出演されているので、当然「ウィキッド」という作品に思い入れもあると思うんですが、これはもう皆さん聴いたらびっくりすると思いますよ。海宝直人ではなく、フィエロの歌にしか聞こえないですから。プリンスそのものなんですよね、海宝さんの歌声は。フィエロの軽薄さが絶妙に表現されているし、色気もあったし、映画のいいスパイスになってました。
──清水さん同様、海宝さんも主戦場はステージですよね。
ええ。だから当然歌はめちゃくちゃ上手ですし、ミュージカルに関してはプロフェッショナルですから、演技や声の出し方については申し分がない。ただ、舞台でお客さんに向かって歌うのと、映画でスクリーンを観ている人に向けて歌うのは表現が異なるんです。映画の場合、ささやくように歌うところと、大きな声で歌うパートのギャップが大きい。とはいえ、彼もひと言伝えたら次の瞬間にはすぐできてしまう。だからレコーディングはものすごくスムーズでした。「ダンシング・スルー・ライフ」は録り終えるまでに1時間もかからなかったと思いますよ。
──「ダンシング・スルー・ライフ」にはフィエロ以外に、ネッサローズ役の田村芽実さん、ボック役の入野自由さんも参加しています。田村さんも数多くのミュージカル作品に参加されていますが、レコーディングはいかがでしたか?
最初からめちゃくちゃうまかったんですが、練習してきてくれただけに、けっこう声が出てしまっていたんですね。彼女が演じるネッサローズは車椅子に乗っていて、自分に自信がなく、猫背で引っ込み思案なところがある。だから1回座って、わざと猫背にして歌ってみましょうと。声をあんまり出すと自信があるように聞こえてしまうから、そうならないようにキャラクターに忠実に録っていきました。
──ネッサの相手役となるボックを演じた入野さんの歌はいかがでしたか?
入野さんもめちゃくちゃよかったですね。入野さんはボックのちょっとずるい感じを表現するのが絶妙で。ネッサに下心を見抜かれているのに、開き直るシーンなんてもう笑っちゃいますよ。そもそも「ダンシング・スルー・ライフ」は、けっこうセリフ寄りの歌なんですよね。声優の入野さんだからこそできる表現がたくさんありました。
感動しすぎてはダメ
──劇中では物語の鍵を握る人物であるオズの魔法使い役の大塚芳忠さん、マダム・モリブル役の塩田朋子さんも歌声を披露されています。
大塚さんに歌っていただいたのは「ア・センチメンタル・マン」。この曲は英語版を最初に観たときに一番ディレクションが難しいかもしれないと感じたんです。
──その理由は?
オズの魔法使い役のジェフ・ゴールドブラムは俳優でありつつ、ジャズアルバムを出すくらい歌がうまいんです。フランク・シナトラのようなオーセンティックな歌い方をしている。「ア・センチメンタル・マン」ではけっこう温かく、丸い感じで歌うんだけど、元の声が低いのでファルセットになるところがけっこう低めという。一般的な男性だったら地声で歌うキーを、ジェフ・ゴールドブラムはファルセットで歌ってる。だから息の多い感じとか、柔らかいジャズシンガーっぽい歌い方とか、これを再現するのはめちゃくちゃ難しいぞと。大塚さんがレコーディングに入るまではけっこう難しそうと感じていたんですけど、さすがはジェフ・ゴールドブラムの吹替俳優ということで。
──いかがでしたか?
大塚さんは声の表現がすごいから、聴いててちょっとエモくなっちゃうんですよ。感動するぐらいよかったけど、プロデューサーが感動したらダメなんですよね。
──ダメなんですか?
もっと冷静に見ないといけなかったところを、本国のスタッフに見抜かれてしまった。本国から言われたのは「これは1人の男の枯れた歌ではなくて、魔法使いの男がエルファバとグリンダに向けて優しく、見守るように歌っている」ということ。僕は感動しちゃうと判断が鈍るんですよ。感動してもいいけど、オリジナルに忠実かどうかを判断する耳を持つこと。それが吹替版を作るうえで大事ですね。
──塩田さんのレコーディングはいかがでしたか?
塩田さんに求められていたのは演技寄りの歌だったので、大塚さんとはちょっとディレクションの方法が違いましたね。マダム・モリブルは生徒を優しく包んでるように見えて、威厳で圧をかけるんです。塩田さんはそのシーンを見事な演技力で表現してくれました。
──大塚さんしかり、塩田さんしかり、キャリアのある方々が吹替版を通して新しい扉を次々と開いてる感じがしますね。
だとしたらうれしいですね。「SING/シング:ネクストステージ」でB'zの稲葉(浩志)さんとご一緒したときに、「(初めて吹替をして)自分の声にまだ可能性があることが気付けて、すごく楽しかった」とおっしゃっていたんですね。それを聞いたときにすごく素敵だなと思って。「ウィキッド ふたりの魔女」でもキャストの皆さんはそれぞれ新たな挑戦をしていますし、僕もそうですが皆さん楽しんで参加していただけたんじゃないかと思います。
とにかく歌に圧倒される瞬間がたくさん
──音楽プロデューサーとして吹替作業に携わるうえでの醍醐味はなんですか?
最初のリスナーになれることですね。オリジナルを意識しながらも、日本語での表現を追求するという、ちょっと変わったことをできるのも面白いし。作業は楽しいですが、責任も伴うので、吹替の仕事を始めてから勉強のために、よりいろんな作品に触れるようになりました。
──ちなみに蔦谷さんが個人的に「ウィキッド ふたりの魔女」の中でお好きな曲は?
うーん……悩みますね。まずオリジナル版を手がけたスティーヴン・シュワルツの曲が全部素晴らしいんですよ。冒頭でグリンダが歌う「ノー・ワン・モーンズ・ザ・ウィキッド」のメロディがほかの曲にもちりばめられていて、物語としての統一感をずっと保っていたりする。ポップスのメロディ、16ビートの曲など多彩な技法を駆使してミュージカルを成立させている手腕がすごい。どの曲も好きなんですが、一番は「ディファイング・グラヴィティ」かな。
──なるほど。「ディファイング・グラヴィティ」にも「ノー・ワン・モーンズ・ザ・ウィキッド」の旋律が登場するなど、連動感がありますよね。
そうなんです。「ウィキッド ふたりの魔女」は音楽に限らず、ストーリーや映像の至るところに伏線が張られているので、いろんな視点で楽しんでいただきたい作品ですね。「あのときのセリフはここにつながるのか」とか、「あの色使いにはこんな意味があったのか」とか、いろいろ発見があると思います。
──考察しがいのある作品でもある。
はい。ぜひ、多くの人に字幕版と吹替版の両方で「ウィキッド ふたりの魔女」の世界を楽しんでいただきたいですね。字幕版を観たあとに吹替版を観るとスッと意味が入ってきますし、日本の俳優さん、声優さん、タレントさんにはこんなに才能がある人がいるんだということも知れるはず。小さいお子さんがミュージカル映画やミュージカルに触れるきっかけにもなってくれたらうれしいですね。何よりも、高畑さん演じるエルファバと、清水さんが演じるグリンダの素晴らしさ! とにかく歌に圧倒される瞬間がたくさんある作品になっています。
プロフィール
蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)
agehasprings所属の作曲家、音楽プロデューサー。YUKI、ゆず、エレファントカシマシ、稲葉浩志、米津玄師、JUJU、back number、SEKAI NO OWARI、Official髭男dism、miletなど数多くのアーティストのプロデュースを担当するほか、映画やCM音楽なども幅広く手がけている。また2018年には自身の変名プロジェクトであるKERENMI(ケレンミ)を始動。ドラマの劇伴や主題歌を担当するなど、ビートメイカーとしても活躍している。
蔦谷好位置 - agehasprings Officiel Web Site
蔦谷好位置 Koichi Tsutaya (@KoichiTsutaya) | X
映画「ウィキッド ふたりの魔女」特集
- 名曲の数々、魔法に満ちた世界!悪い魔女・善い魔女の秘話を紡ぐエンタテインメント超大作「ウィキッド ふたりの魔女」
- 高畑充希と清水美依紗が愛たっぷりに語る、映画「ウィキッド ふたりの魔女」で繊細に描かれた魔女たちの“友情”
- 作品へのリスペクトと新しさのバランスが神懸かり!と海宝直人が太鼓判「ウィキッド ふたりの魔女」
※記事初出時、本文の一部に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。