wacci|今こそ描く、光と毒

wacciの新曲「まばたき」と「劇」が、3月2日に配信リリースされた。2020年3月発表の「フレンズ」から約1年ぶりの新曲となるこの2曲は、いずれもバラードでありながら、それぞれ歌詞とサウンドにおいて対照的な雰囲気をまとっている。「まばたき」では温かなサウンドとともに日常生活の幸せが歌われており、「劇」ではシンプルなバンドサウンドに乗せて切ない恋愛と向き合う女性の心情が描かれている。

音楽ナタリーでは、新曲2曲のリリースを記念して橋口洋平(Vo, G)にインタビュー。2020年に開催された東京・日本武道館での無観客配信ライブ「wacci Streaming Live at 日本武道館」で感じたことや、自身のソングライティングの根底にあるもの、「まばたき」「劇」に込めた思いなどについて語ってもらった。

取材・文 / 天野史彬

みんながここを目指すのもわかるな

──2020年を振り返ると、wacciは3月にシングル「フレンズ」を発表したり、10月に東京・日本武道館で無観客配信ライブ「wacci Streaming Live at 日本武道館」を行ったりと、コロナ禍の中でも精力的に活動されていました。「wacci Streaming Live at 日本武道館」は、バンドにとって初の武道館公演でしたが、どんな思い入れがありましたか?

これまで音楽をやってきて、武道館でワンマンライブをしたいということを何度も口にしてきたんですが、正直、心のどこかでは「武道館でやりたいって言わなきゃいけないのかな?」と思っていたというか(笑)。もちろんあの場所の特別感はわかっているつもりで、武道館公演を経験した先輩から話を聞くこともあるし、僕自身もあそこで玉置浩二さんのパフォーマンスを観て感動したこともあるし、事務所の社長から「君たちが武道館に立つ日を夢見てるよ」と言われたこともありました。

──wacciにとっては周囲から期待されていたステージだったと。

はい。以前は、「日本で音楽をやっている以上、武道館ワンマンという夢を持たなきゃいけない」という空気に、あまり深く考えずに乗っかっていた部分もあったんですが……それでも、wacciを見つけてくれた人や音楽でつながった人から“武道館”という言葉を何度も聞くうちに、「僕もその景色を見てみたい、みんなに恩返しがしたい」と思うようになったんです。

──なるほど。

で、公演を終えてみて、武道館はやっぱりすごい場所だと感じました。「みんながここを目指すのもわかるな」って。無観客ライブだったのに、ものすごい高揚感があって、ここで実際にお客さんの歓声を浴びながら演奏したら、もっと素晴らしいだろうなと。自分の中で武道館という場所の存在が大きくなりましたし、新たに「絶対にここで有観客ライブをやりたい」という夢もできました。

──以前は「ミュージシャンは夢を持たなければいけない」という流れに身を任せていたということですが、wacciとして10年以上活動を続けてきた中で、橋口さんなりの目標や野心は別にあったんでしょうか?

そうですね。僕らはずっと、事務所の先輩であるいきものがかりさんのような、まっすぐで老若男女みんなに愛される音楽に憧れていて。聴く人の日常のすぐそばにあって、それぞれが生きていくうえでのテーマソングになるような音楽を作りたいという願いがありました。でも、そこにたどり着くまでの通過点の1つが、武道館やアリーナでのライブだったりするのかなと……あのステージに立ったあとだからこそ思いますね。

誰かの人生と重なる音楽

──橋口さんの書かれる曲の多くには、初期の頃から一貫して、他者の存在が感じられるというか。個人的な心情を吐露するだけではなく、聴き手に寄り添うというスタンスが貫かれているように思います。

その理由は、僕自身の中で「誰かに共感してもらいたい」という気持ちが大きいからかもしれないです。そもそも僕の音楽活動は、高校1年生の頃に始めた弾き語りの路上ライブからスタートしているんですが、そのとき自分の歌で見知らぬ人が立ち止まったり、感想を伝えてくれたりすることがあって。自分の曲がその人の人生と重なっていると感じられて、うれしかったんです。だから僕は、歌を通して「生きていると、こういうことがあるよね」と誰かと共感できたらいいなと思うし、音楽を始めた理由も続けている理由も、そこにあると思います。

──ご自身がリスナーという立場から音楽に触れるときも、共感性を重要視していますか?

そうだと思います。曲を聴きながら景色が見えたり、どこかで「そうだよな」と思える部分があったりすると、いい歌だなと感じますね。

──具体的には、どんな人たちの歌にそういった感情を得てきましたか?

ユーミンさん(松任谷由実)や槇原敬之さんですね。日常の中にある些細な気付きの切り取り方が本当に素敵で、大好きです。あとは永積崇さん(ハナレグミ)や玉置浩二さんも、歌そのもののすごさを教えてもらった方々で、歌い手としてとても憧れています。どんな歌詞でも、あの方々が歌うと言葉以上の説得力が生まれたり、まったく違う景色を見せてくれたりする。それと、僕に音楽の楽しさを教えてくれたのは、ゆずでした。僕が初めて路上ライブをしたときも、ゆずのコピーを歌っていました。

──なるほど。作詞面では、ユーミンさんや槇原さんの影響が大きいですか?

はい。ユーミンさんは自分の中で、曲を聴くと自然と情景が思い浮かぶアーティストとして絶対的な存在ですし、槇原さんの書かれる歌詞には「自分もこんなふうに書けたらな」とずっと憧れてきました。あと音楽を仕事にするようになってから、改めて大江千里さんのすごさにも気付いて。特にラブソングの視点が絶妙だなと感じているんですが、例えば「塩屋」という曲。神戸の塩屋という街を舞台にした歌で、主人公が昔付き合っていた女性に会うんですが、その人にはもう新しい彼氏がいて、自分にも別の彼女がいる。心の中では「新しい彼女のことを幸せにする」と思いながらも、元カノに会って昔を思い出しているという楽曲で。歌詞という情報量が限られた表現の中で、主人公の心情や情景が、絶妙なバランスで描かれていることに強く感銘を受けました。

──「塩屋」の世界観は、「別の人の彼女になったよ」をはじめとする橋口さんの歌詞世界にも通じるものがありますよね。単純な恋愛模様ではなく、登場人物の過去も含めた、より複雑な心の機微や人間関係が描かれるような。

確かに。もちろん、1対1の関係を描いたシンプルな曲も好きなんですけどね。1対1が2対1になったりする、複数人の関係性が重なり合うようなラブソングが、僕は好きなんだと思います。

心の奥底の毒を描くリアル

──歌を通して複雑な関係性を描くことによって、“当たり前”では推し量れない人間の感情が浮き彫りになりますよね。橋口さんの書く曲は、人の“裏の感情”というか、あまり人に言えないような気持ちも肯定してくれるように思います。

そこは自分がずっと目指してきたものでもありますね。曲を作り始めた頃は、どうしても歌詞の中で綺麗事が先行してしまって、説得力のない“ただのいい歌”にしかならないことが多かったんです。そんな中、毒を取り入れることで、自分が思ういい歌が生まれることがあると気付いて。「じゃあ、自分が表現できる“毒”ってどんなものだろう?」と考えてきたんですが、最近になって、その答えが少しずつ見えてきたかもしれない。例えば応援歌を作ろうとすると、サビには使い古された言葉が並んでしまいがちですが、サビに行き着く前のAメロ、Bメロで、自分の悩みや汚い部分、思っているけど口には出せない部分という、心の奥底にあるものを歌詞に織り込んでみる。そうすることで、サビの前向きな言葉にも説得力を持たせられると思うんですよね。

──なるほど。

ラブソングを書くときも、一筋縄ではいかないモヤモヤした気持ちをちゃんと書く。そうすれば、相手のことを思っているという描写が、よりリアルになって深みが出ると思います。ただ、ちょっと最近悩んでいることがあって……僕はラブソングを書くとき、女性目線のほうが心の闇の部分を書きやすいんです。男目線だと、どうしても「いい人に見られたい」という自分の保守的な気持ちが出てきてしまうんですよね(笑)。でも、女性視点の歌詞だと、その感情がフラットになって書きやすいし、客観的にいくらでも自己中心的な心情を描けるという……(笑)。

──はははは(笑)。橋口さんの実体験がそうさせているんでしょうか?

いやいや、実際、そんなに女性に傷付けられた思い出はないんですけどね(笑)。ただ、いくつかの恋愛と別れを経験してたというだけ。でも、「あの人がこう思っていてくれたらいいな」と考えながら失恋を乗り越えてきた気がするし、自分の体験として曲を発表するのは恥ずかしくても、女性目線に変換することで「うりゃあ!」と書けてしまうという(笑)。この気持ちを知られるのは、恥ずかしいんですけどね。

──橋口さんが歌の中に“毒”を盛り込めるようになったのは、なぜでしょう?

歳を重ねるごとに、いい意味でも悪い意味でも、あきらめることが多くなったせいかもしれないですね。これまでの「いい人に見られたい」という思いに対して、「もっとさらけ出してもいいんじゃないか」という自分も出てきたりする。何より大人になると、いい人になりきれない場面も増えてきますし(笑)。でも、そんな自分のことも嫌わずにいてくれる人たちに、「自分にもこういう部分があっていいんだ」と気付かされました。だから、自分の中にある毒を表現することが怖くなくなってきたのかな。

──橋口さん自身が周囲の人から弱さや汚さを許されたことで生まれた曲がまた、聴いた人が抱く弱さや汚さを許していく。この“許し”が循環していくような流れは、とても素敵ですよね。

うん、僕も話しながらそう思いました。この先も自分だから出せる毒の要素を、例えば生死といったような……もっと普遍的なテーマに落とし込んで曲を作ってみたいです。