wacci|今こそ描く、光と毒

物語をその瞬間に集約させて

──今回デジタルシングルとして「まばたき」と「劇」を発表されましたが、2021年最初のリリースとしてこの2曲を選んだ理由を教えてください。

曲自体はたくさん書いていたんですが、その中から「別の人の彼女になったよ」(2018年8月発表)や「足りない」(2019年12月発表)のような、女性目線のちょっと曲がった恋愛ソングが自分たちの柱になっていることを伝えられる曲と、wacciがバンドを組んだ当初から大切にしてきた温かさや優しさが伝わる曲を出せたらいいなと思って。こんなご時世だからこそ、人の寂しさや悲しさに温かく寄り添える曲を、胸を張って届けたかったんです。いざ蓋を開けてみたら、今回の2曲は“陰”と“陽”の関係で成り立っているなと感じていて。さっき話した毒の部分と、それらをすべて包み込む光のような部分。今のwacciにとって、その両方を表現した曲をリリースできることは、とても意味のあることだと思っています。

──今のお話だと、「まばたき」は“陽”の曲ですね。

はい。「まばたき」は、純粋に温かい曲にしたいと思って作りました。今はたくさんの人が不安や悲しさを抱えている状況じゃないですか。外出自粛生活によって家で塞ぎ込んでしまう方がいたり、医療現場の最前線で闘ってくださっている方もそうですが、恐怖感を抱きながらも必死に働いてくれる方がいたり。不安の種類は違っても、同じウイルスによって苦しんでいるという点ではみんな同じだと思うんです。だからこそ、自分の苦しみをなかなか人に打ち明けることができなくて、みんな1人で感情を背負い込みながら、一生懸命笑って過ごさなければいけない状況になってしまっている。

──確かに今は「しんどい」となかなか人に言いづらい状況かもしれません。みんなが苦しんでいるから、自分も我慢しなければと思ってしまうというか。

だから歌では、そういう胸の内に隠されている不安や苦しみに気付ける主人公を描きたかったというか。音楽ですべてが解決できるかと言われると、それは難しいとは思うんですけど……「まばたき」を聴いてくれた人に「自分は1人じゃないんだ」ということが、じんわりとでも伝わるといいなと思って。

──「音楽で解決するのは難しい」とおっしゃいましたが、橋口さんはある種の無力さのようなものを感じられているんですか?

そうですね……「たかが音楽」だとは思っていて。「ここにいる」(2019年12月発表)の中にも、「なくても生きていけるけど あるから生きてこれた」という歌詞があるんですが、まさに歌のことだと思うんですよね。きっと多くの人が音楽に支えられてきたことがあると思うんですけど、それでもやっぱり、本当に大変なときに必要になってくるものは、衣食住やインフラのほうで。震災やコロナ禍のことを考えると、改めて音楽の無力さを感じます。でも、wacciはずっと応援歌を作ってきたバンドでもあって。「自分なんて『がんばれ』とか『大丈夫』なんて言えるような人間じゃないけれど」というところから、曲を書き始めてきた。そういう意味では、常に葛藤しているかもしれませんね。

──なるほど。

でも「まばたき」は、そんな日常の中にポンッと置いておける歌なんですよね。自分に嘘を吐いていないし、誰かを無理やり励まそうともしていない。桜の花が咲いているように、ただの歌としてそこにあるというか。そのスタンスは今の僕らに合っているし、wacciが今の時代に向けて胸を張って発表できる希望の曲だと思っています。

──歌詞の内容に対してタイトルを「まばたき」としたところが、すごく美しいなと。歌詞で描かれているのはとても細やかで、日常生活の中にある些細な出来事だと思うんですけど、そこに瞬間的な美しさを見出しているからこそのタイトルなんですね。

wacci「まばたき」配信ジャケット

そうですね。wacci史上、曲の中で捉えた時間が一番短い曲だと思います。歌詞の内容は言ってしまえば、寝て起きるだけの描写ですから(笑)。昼寝して起きたら相手はまだ寝ているという、本当に5分10分くらいの話で。でもその瞬間に物語を集約させた曲だったので、美しいと言ってもらえてうれしいです。

──「まばたき」は編曲に因幡始(Key)さんがクレジットされていますが、サウンド面で考えられていたことはありますか?

サウンドに関しては、wacciが初期から持っていた温かい音を素直に表現しようと思っていました。因幡が中心となってアレンジしたんですが、特にイントロのピアノは、温かさの中にも夜が明けていくような力強さが感じられるといいなと。そういう音が、歌詞の内容にもいい感じでマッチすると思ったんです。

報われない自分を抱きしめられたら

──その一方で、「劇」は“陰”の曲というお話でした。

三角関係の歌ですからね(笑)。この曲は女性目線のラブソングなんですが、主人公は好きな人の前で、好きじゃないフリをしてしまうんです。自分が与えられた役を一生懸命、自分と相手のために演じていく。でも、これってみんなが当たり前のように経験していることなんじゃないかと思うんです。例えば、先生の前で優等生ぶってしまったり、上司の前でいい部下を装ってしまったり、友達の前では強がってしまったり……そんな中で、1人になったときに、報われない自分を自分で抱きしめてあげられたら、ちゃんと前を向けるんじゃないかなと思ってこの曲を書きました。

──ラブソングって実は恋愛というモチーフだけでなく、人間関係や社会の在り様にも応用できるアートフォームですよね。橋口さんがおっしゃるように、「劇」の歌詞は、社会のさまざまなシチュエーションにも当てはまると思いました。

それに、恋愛は人間関係やコミュニケーション能力を成長させてくれるものだって聞きますしね。恋愛を通して、他人との関係性やコミュニケーションの取り方を学ぶこともあるし、それによって人として成長できたりする。自分の書くラブソングが、恋愛から派生していろいろな人間関係を応援できるものになったらうれしいです。

──10代で「別の人の彼女になったよ」や「足りない」といったwacciの音楽に出会った人たちが、この先、人生のいろんなタイミングでその曲を思い出したりするかもしれないですね。

wacci「劇」配信ジャケット

確かに。だから、wacciの曲が映画やドラマと同じ存在になれたらいいですね。僕自身、「今の自分には、子供の頃に観たあの映画の主人公の気持ちがわかるな」と感じることだってありますし、そういった経験は心の中に残っていくので、僕らの歌がそうなっていったらすごくワクワクしますね。

──「劇」は、村中慧慈(G)さんが編曲を担当しています。サウンド面はどのようなイメージで?

この曲は「まばたき」とは真逆で、今までのwacciにはない音になるよう意識しました。温かさよりも冷たさ、ヒリヒリする感じを出したいと思って。

──なるほど。多彩で自由なサウンドもwacciの強みの1つだと思うんですが、曲によってアレンジの中心になるメンバーが変わるというのも大きなポイントですよね。

そうですね。wacciは僕以外の4人がしっかり楽器を弾くことができるし、それぞれがアレンジャーになれるバンドなんです。一時期は全員でアレンジを考えていたんですが、ポップスバンドの強みって、どんなジャンルの曲にも挑戦できることだなと最近は改めて思っているので、そういう意味でアレンジャーを交代している部分もあります。それに、どんなジャンルのサウンドであっても、ちゃんと言葉を紡いで歌っていればwacciの曲になる。音楽的な振り幅はこれからも強みにしていきたいし、もっと多くの人にwacciのサウンドの面白味に気付いてもらえたらいいなと。

ドラえもんは幼馴染

──世の中的にはまだまだ大変なこともありますけど、2021年はどんな年にしたいですか?

去年1年を通して、応援してくれる方々のありがたみをすごく感じたので、そういう人たちにいい音楽やいいライブを届けて恩返しをしていきたいし、「曲は知っているけど、wacciのことは知らない」という人との距離を埋めていきたですね。あと、もう1回武道館を目指したい。冒頭でも少し話しましたが、去年のライブは無観客だったので、今度は絶対に有観客であのステージに立ちたいと思っています。3月からは47都道府県ツアーも始まるので、公演1本1本と大事に向き合って、バンドとして大きくなりたいなと。

──なるほど。ちなみにバンドにとっての夢の話もありましたが、今の橋口さん個人としての夢はありますか?

ありますよ。僕、映画「ドラえもん」の主題歌を書きたくて。それが胸を張って言える個人的な夢です(笑)。周囲から“ドラえもん博士”と呼ばれるくらい「ドラえもん」に関する知識もあるし、とにかく大好きで……。それにwacciの曲は「ドラえもん」の世界観にも合うと思うんですよね。

──「ドラえもん」のどんなところがお好きなんですか?

初めて聞かれたな(笑)。うーん……(熟考して)、僕は1人っ子なんですけど、小さい頃は部屋でずっと1人でマンガ「ドラえもん」を読んでいたんですよ。のび太にとってドラえもんが一番近い存在だったように、僕にとってはマンガ「ドラえもん」がまさにそれだった。兄弟というより、幼馴染のような存在ですかね。あとは、ドラえもんがそばにいると安心するじゃないですか(笑)。「ドラえもんがいてくれたら大丈夫」と思わせてくれるというか。まあ、ドラえもんは、おっちょこちょいなところもあるし、ストーリーによってはときどき派手な事件を起こしたりもしますけど(笑)。自分が小さい頃にその安心感に包まれていた記憶が、まだ残っているのかもしれないです。だからいつか「ドラえもん」作品の主題歌を歌うことが、僕にとっての大きな夢ですね。

ツアー情報

wacci 47都道府県ツアー2020-21

各プレイガイドにてチケット一般発売中。