変態紳士クラブのVIGORMANの新章が幕を開けた。
そう言っても過言ではないだろう。前作シングル「Faded」までは変態紳士クラブも所属するトイズファクトリーからソロ作品を発表していたVIGORMANだが、メジャーレーベルを離れ、自らの名前を冠した自主レーベルから2ndアルバム「FULL COURSE」をリリースしたからだ。アルバムにはAwich、WILYWNKA(変態紳士クラブ)、Dexus Ogawa、Mion、HAEINというフィーチャリングゲストに加え、Bobby Konders from Massive B、SUNNY BOY、GeG(変態紳士クラブ)、JIGG、DAIDAI from Paledusk、906 Nine-O-Sixといった国内外のプロデューサー陣が集結。レゲエというアイデンティティを軸に、自身のやりたいことをふんだんに詰め込んだ意欲作となっている。
変態紳士クラブとしてメジャーシーンで活動してきた経験値と、自主レーベルであることの自由さを手に入れたVIGORMAN。本人にアルバム制作の背景について話を聞くと、やはり相当な手応えをつかんでいるようだった。
取材・文 / 高木“JET”晋一郎撮影 / 山崎玲士
フルアルバムを出してこそアーティスト
──変態紳士クラブとしての活動に加えて、ソロとしてもEP「Chemical Reaction」やシングル「Faded」のリリースなど、コンスタントな作品の発表がありましたが、今作「FULL COURSE」は2019年リリースの「SOLIPSISM」以来、3年半ぶりのソロでのフルアルバムになりますね。
そうですね。ただ「FULL COURSE」の収録曲の中には、「SOLIPSISM」のリリース直後にほぼ完成していた曲もあれば、本当にアルバムの締切ギリギリに作った曲もあるし、制作のタイミングはけっこうバラバラで。
──「SOLIPSISM」以降のリリース作品と並行して作られていた曲もあるんですね。
僕の制作スタイルとして、何に入れるか、どうリリースするかを考えずに日常生活の中で味わったリアルな感情を、ひとまず歌詞に昇華させることが多いんですよね。とにかく作って、できた段階でそのあとの動かし方を考えるというか。だからすでに完成していてもこの3年間で出した2枚のEPに入れずに、今回のアルバムに入れた曲もあるし、逆に「Faded」のような既発曲でもアルバムのコンセプトに合わなくて外れた曲もあって。「闇雲」や「On & On」は2、3年前にはほとんど形になっていたし、「FULL COURSE」や「Sence Flexin'」「Hey Taxi」なんかは、アルバムのコンセプトやイメージができ始めてから着手した曲で。
──「アルバム」というパッケージだからこその構成を考えての選曲だったんですね。
アルバムというパッケージでの制作は、自分でも時代に逆行してるとは思うし、古い考え方かもしれないですけど、自分の中ではフルアルバムを出してこそアーティストという思いがあるんですよね。だからアルバムという単位で今回の作品の流れは考えたし、そこに通底させるものは“レゲエ”だったんですよね。
──“レゲエ”というアティチュードが、作品のトーンとして一貫していますね。
もちろん、俺自身いろんなジャンルの曲を聴くし、好きなものが多いから、「全部レゲエのアルバム」というのは自分のスタイルではないと思ってて。実際「Keep on Dancing」みたいな四つ打ちや、「Hey Taxi」みたいな現行のビート、「Wonder Land」のようなブルースを感じさせる曲など、さまざまなジャンルが入ってるんですけど、それは世界的な傾向やジャマイカのシーンを見てもそうじゃないですか。それをどううまく1つの「FULL COURSE」にまとめるかが、今回の一番の課題でした。
──一方で「あとどれくらい」のようなオーセンティックなレゲエや、「Hooligans Feat. WILYWNKA」のようなタフなリディムもあり、これまで以上にレゲエへの意思を強く感じました。同時に「闇雲」のようなジャジーなビートの楽曲など、「FULL COURSE」というタイトルに相応しいバラエティがありますね。
その意味では、メインディッシュがレゲエなんですよね。ど真ん中に位置するメインディッシュをしっかり期待させる前菜や食前酒、魚料理が前半部で、後半はスープやデザート、そしてラストの「Wonder Land」は強めの食後酒というイメージになりました。おいしいコース料理って、最初からうまいじゃないですか。そしてお互いに引き立て合ったり、全体を通してのバランスで1つのコースが完成する。だから、トラックリストは何度も入れ替えたし、最初は15曲を予定してたんですけど、制作の最終段階で2曲を省いて、13曲で完成になりました。このアルバムのコンセプトに忠実に自分の音楽を捧げるなら、その2曲は省いたほうがちゃんと形になるんじゃないか、ってGeGと話し合って。
──なるほど。
最初はやっぱり「いや、この2曲があってこそのフルコースちゃうの?」と思ったんですけど、それを抜いたバージョンを聴いたら、「あ、これやな」とすごくしっくり来たんですよね。なんと言うか、腹八分目で終わらせるフルコースのほうがまた行きたくなるよな、みたいな(笑)。逆に言えば満腹にさせすぎない分、何回も聴いてもらえるアルバムになったんじゃないかなと思いますね。もちろん、その2曲にも自信はあるので、ボツじゃなくて、今後の作品に向けて寝かしておこうという感じです。
俺の土俵に乗ってほしかった
──コース料理の例えで言えば、1曲目の「FULL COURSE」はメニュー表という感じですね。
曲のメッセージもコースの中で重さを変えていて。だから、いい意味で前半にはそこまで意味を持たせてないんですよね。「Hey Taxi」なんて、ただタクシーで移動してるだけの曲で、もしタクシーに乗る機会の少ない高校生がこれを聴いても、あんまり共感はできないと思うし、TikTokで流行る確率ゼロみたいな曲なんですけど(笑)。
──ハハハ。アルバムの中で濃度のバランスを取ってるということですね。トータルで考えるようになったというか。
前のアルバムの、2019年時点の俺が無知すぎたんでしょうね。ここでやっと人並みにたどり着いたのかもしれないです(笑)。でも、この3年で経験したいろんなことを通して、自分の中でも意識が変わった部分があるし、それが作品全体に影響を与えているのは間違いないですね。「SOLIPSISM」は自分でも大好きなアルバムなんですけど、こだわりきれてなかったなと思う箇所が今の自分からすると目立つ。それらを全部洗い出して、足りてなかった部分やもっとできた部分をブラッシュアップしたのが、今回のアルバムなんですよね。
──それはどんな部分ですか?
いろいろあるんですが、例えば歌詞で言ったら「歌を作るために出た歌詞」をできるだけ減らしたいな、と。それが嘘をついてるとは思わないんですけど、「歌詞として組み立てるために生まれた言葉」は、どうしても自分で気になるし、自分にリアルであるためには、そういう言葉をできるだけ減らして、もっと「しゃべってるときの言葉」をそのまま歌にしたいと思ったんですよね。でも全部がそうだと逆に曲として面白くない。だからそれ以外の言葉や使う韻にもこだわりました。
──文語と口語の違いというか。
やっぱり“等身大の歌”を作りたいんですよ。それが自分の音楽だと思うし。あと、音響面もそうですね。今回はいろんなトラックメーカーにお願いしてるんですが、ミックスのエンジニアも曲で変わってるんですよ。多くは「YOKAZE」も手がけてもらった渡辺紀明さんなんですが、「Sence Flexin'」はJIGGくんがトラックもミックスもやってくれて、「FULL COURSE」はトラックはSUNNY BOYさんだけどミックスはD.O.I.さん、「MMM Feat. Mion & HAEIN」はトラックがCOALA BEATSで、ミックスはBL(BACHLOGIC)さん、「明け方の迷子」のミックスは今回のアルバムのボイスのレコーディングも担当してくれたG.B.'s STUDIOのYuto Muraiだったり。
──ボーカル、サウンド、音響といった総合的な部分に意識がいくようになった。
ヒップホップやレゲエというジャンルを超えて、音楽が好きな人の体を揺らせる作品になったんじゃないかなと思いますね。今は1曲ごとに切り分けて聴かれることが多いとは思うんですが、今回はアルバムだから、曲終わりのブランクの時間も0.5秒単位でそれぞれ変えてて、前の曲があるからこそ、次の曲が引き立つような構成にもしてるんですよ。だから1回だけでも最初から最後まで通して聴いてほしいですね。
──今お話にあったように、1stアルバムのトラックメイカーはGeG、BL、KMというコンパクトな布陣でしたが、今回は非常にバラエティに富んだトラックメイカーが参加していますね。
ソロでもGeGにお願いすることが多かったんですけど、今回GeGのプロデュースは、13曲中「Concussion!!!」と「Neon Feat. Awich」の2曲だけなんですよね。もちろん、GeGのプロデュースには絶大な信頼を置いてるし、それ以上にさまざまな面で今回のアルバムのことを手伝ってくれて、彼の存在がなかったら今作はまだリリースできてなかったかもしれないです。公私ともにほんまに感謝しかないですね。ソロでのTAKA(WILYWNKA)とのコラボ曲も、これまではGeGがプロデュースしていたので、クレジットも“Feat. 変態紳士クラブ”だったんですが、今回の「Hooligans Feat. WILYWNKA」はMassive Bというレーベルのボビー・コンダースというニューヨークの大ベテランにリディムをお願いしました。なので出会ってもう10年になりますが、“VIGORMAN Feat. WILYWNKA”は今作が初になります。
──この曲はルーツ的な感触が強いですね。
今回のゲストには、俺の土俵に乗ってほしかったんです。ルーツロックに乗ったTAKA、激しめのダンスホールに乗ったAwich、現行の軽やかなダンスホールに乗ったDexus Ogawa、みたいな。
これが受け入れられなかったら何が受け入れられんの?
──変態紳士クラブはそれぞれ活発な動きをされ、そこからより個々の方向性の違いが明らかになっていると思います。そしてこの作品も、その流れをより明確にするものになっています。
自分のワガママだったり、コアな部分はソロで出したいし、ソロ活動が変態に似てしまったら、自分は自分として何がしたいのかが、わからなくなると思うんですよね。
──それは変態紳士クラブというプロジェクトの規模が大きくなっているからとも言えますね。
逆に言えば、ソロで自分たちのエゴを出してるからこそ、変態でやりたいことも生まれていると思うんですよね。ソロではより一層、自分自身に対して尖ることで、方向性に整理をつけているし、一方で変態は3人だからこそ求められる、打ち出したいことがある。そして、俺のソロを含めて、ソロから変態に興味を持ったり、変態からソロに興味を持ったりと、相乗効果を起こしたいんですよね。
──土俵という話に戻ると、Awichもダンスホールというレゲエの土俵に乗っていますね。
「Neon」はダンスホールでありつつ、アフロビーツのエッセンスが入ってるのも、GeGならではのぶっ飛んだサウンドになってて最高なんですよね。同時に例えばリアーナが歌ってても自然に聞こえるような、多くの人に受け入れられるキャッチーさもある。だからこそ、そこにAwich姉さんに乗ってほしかった。姉さんはそこらへんのサウンドマンより現行のジャマイカのダンスホールをチェックしてる人なので。それで直接会いに行って、「今までの姉さんの作品にはないようなダンスホールを一緒に作りたいんです」と伝えたら、即答で「それしかないっしょ! ダンスホールやろう!」って(笑)。
──気っ風がよすぎますね(笑)。
最高ですよね。この前も大阪であるイベントにライブ出演されてて、それを観に行ったんですが。
──「SOUND CONNECTION」ですよね? Awichに加えて、SKY-HI、Novel Coreというスリーパーソンでのライブでした。
その日はほとんどが女性のお客さんだったんですけど、そこで「口に出して」を披露して一気にオーディエンスを惹き込んでて、さすがやなと。自らが尖ることでラッパーであることを体現してる存在なので、人間として渋いし、そのスタンスでしっかりマスと勝負してる。その姿に改めて感動しました。そんな姉さんとのコラボであり、誰でも自然に乗れるようなGeGのビートで、誰もが一度は遊んだことがあるであろう夜の街やクラブでのことを歌った内容なので、「Neon」は「これが受け入れられなかったら何が受け入れられんの?」ってぐらいの曲ができたと思ってますね。あんまりクラブやダンスのことをこの3年間は書いてこなかったんで、スラスラ書けたし、その殴り書きな感じも自分でも気に入ってます。
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