ビッケブランカ|魔法使いビッケ、多様性を歌に乗せて

もう「こぼれちゃうー!」みたいな感じ

──ここからは収録曲について話を聞いていきますね。2曲目がリード曲の「Winter Beat」。この曲が突出して素晴らしいと感じました。イントロからつかまれるし、疾走するメロディのよさ、大胆な曲展開の面白さ、ピアノプレイのよさ、ファルセットのよさと、ビッケの魅力が全部詰まった1曲で。

はい。この曲は自分でも大好きです。

──どのようにしてこの曲が生まれたんですか?

まず、これまで僕の曲にはなかった「♪I don’t want your freedom~」(Wham!「Freedom」)とか、あと「♪Get yer rocks off, get yer rocks off, honey」(Primal Scream「Rocks」)とか、「♪S・A・TUR・DAY, Night!」(Bay City Rollers「Saturday Night」)みたいなリズムのものをやりたくて、このリズムの曲を作ろうってところから始まったんです。で、メロディを作る中でサビを工夫したり、英語で書いた歌詞を日本語にしたりといろいろやりながら作っていったんですけど、うまく着地しましたね。

──これは見事な着地でしょう。

勢いに乗ってしまえば、こういう曲は作ってて楽しくてしょうがないし、途中でテンポが変わるところとか、コーラスの乗せ方とか、アイデアがトントン出てきて。まさに水を得た魚のように。

──そうやって楽しんで作ったんだろうなというのが曲から伝わってきます。アイデア満載でよく練られた曲なんだけど、机の前でうーんって唸って作ってる感じがまったくしない。

うん。もう「こぼれちゃうー!」みたいな感じでした(笑)。

──歌詞がまたよくて。「人は移り気だけど 僕はそうじゃない」なんてところはグッときます。

「移り気」って言葉を入れたかったんですよ。で、それを言ったあと「僕はそうじゃない」と続けることで、そいつの人間性がわかるじゃないですか。世の中はこうだけど……って、どっかで絶望してるところもありながら、でも「僕はそうじゃない」って言い切ることの思いの強さと言うか。

──そして「愛だけをギフトにして」あなたの家に行くというところで、主人公の衝動が具体化される。

そうなんです。で、1つギミックがあるとしたら、ここには相手の出方が1個も描かれてないってことなんですよ。

──最後まで自分の気持ちだけを歌っている。

ビッケブランカ

そう。全部自分1人のこと。「君は微笑んで」とか、そういう描写は1個もない。だから相手がどう思っているのか、こいつの片思いなのか両思いなのかも最後までわからない。僕、Superflyの「愛をこめて花束を」を初めて聴いたときに、「大袈裟だけど愛をこめて花束を渡さなきゃいけないシチュエーションって何?」って思って。それで、この歌の中では相手が何も行動を起こしてないことに気付いたんです。だけど、主人公の行動から相手を深く思う気持ちが感じ取れる。「Winter Beat」もそういう曲にしたくて。

──相手に対する自分の思いの強さだけをとことん歌った曲であると。

そう。

──ビッケの歌はそういうものがわりと多くて、例えば「まっしろ」にしても自問自答と決意の歌であって、相手の気持ちを歌うことはしてないですよね。

そうですね。確かに相手の描写をしてる曲はほとんどないかもしれない。なんか、どんどんそうなってきてますね。

──ただ、「Winter Beat」は始まりの2行で自分の衝動を歌い切っていて、それでどれだけ相手のことを思っているかがわかる仕組みになっている。「愛をありったけ詰めれば間に合う気がして」南へ走る、っていう。

あのド頭のコード感と歌い出しの感じは僕も大好きですね。始まりはマイナー調だけどリズムがそこに華やかさを足しているから、暗くならない。ABBAとか昔のヨーロッパのポップスによくあった雰囲気があるんです。で、Bメロで変則的なことをして、サビに向かって駆け上がっていって、ドーン!っていう……すっげえ好きっす、この曲(笑)。

ピカソが完璧な風景画を描いて、そこからまたハイヒール1つを描くようになったような

──で、そこから一転してしっとりしたバラード「まっしろ」に移る。ドラマ「獣になれない私たち」の挿入歌ですが、制作サイドから「バラードをお願いします」と発注されたんですか?

そうです。それで台本をいただいて読んだら自然にできたって感じでしたね。

──アニメーション映画「詩季織々」の主題歌「WALK」、そしてこの「まっしろ」と、ここにきてようやくビッケのバラードの魅力が世間に浸透し始めたように思います。

そこをフィーチャーしてもらえたのは僕もうれしかったですね。それに「まっしろ」はドラマの主人公である深海晶(新垣結衣)というキャラクターがイメージしやすかったので、難しく考えず、なりきって書くことができたのもよかったんだと思う。

──これまでも「tara」とか「サヨナラに来ました」とか、ビッケには切なくも美しいバラードがいくつかあったけど、例えば「サヨナラに来ました」なんかはもう10年近く前に書かれた曲で。昔は素直なメロディのバラードをよく書いていたと前に話してましたが、その頃のものと最近書いたバラードとでタッチや構成の違いはありますか?

まだ音楽的に自分を見つめきれてない、ただのポップス好きだった僕が書くバラードは、すごくシンプルでした。シンプルだからこそ、サビの中に何かグッとつかまれるようなものがあった。で、そこからだんだんといろんな種類の音楽を知るようになって、自分を見つめるようにもなったときに、書くバラードが少し複雑になったりもしたんです。

──それは時期で言うと?

インディーズの頃ですね。あの頃のバラードはけっこうメロディの展開が複雑だったりします。ギミックのあるバラード。で、それが「幸せのアーチ」(2017年)くらいで抜けてきて、今はもっと抜けた気がする。だからまたシンプルに戻ってますね。20代前半で「サヨナラに来ました」を書いていた頃のタッチや作り方と、今また似てきてるんです。

──一度テクニカルに作るようになった時期を経て、もう一度シンプルな構成に回帰した。

そう。ピカソが完璧な風景画を描いて、そこからまたハイヒール1つを描くようになったような。「まっしろ」はそんな感じがあるかもしれない。

──歌詞は「WALK」と呼応してる部分もありますね。「さあ歩こう」と「WALK」で歌い、「まっしろ」では「ただあるいていこう」と歌っている。

あ、確かに。バラードというものを書く中で、前に進むことがいかに必要か、いかに大変かってところが浮き上がってきて、自然とリンクしたのかもしれないですね。

ホントに好きに作っていいんですか?

──4曲目は「Lights Out」。ビッケの打ち込みとボーカル、沖山優司さんのベース、設楽博臣さんのギターだけで成り立っている曲です。

力を抜いて、ビートでいかに気持ちよくいけるか、っていうところを気にして作った曲ですね。

──この曲に限らず今作は自分で打ち込みをしている曲がたくさんありますよね。今までこんなにガッツリやってたっけ?と思ったのと同時に、打ち込みに関しての腕も上げてきているなと感じたんですが。

ホントですか? まあ長くやってますからね。前のアルバムでも「Want you Back」とか、いくつか自分でやった曲がありましたし。でもそうですね、腕は上がってるかも。

──プログラミングに関して、勉強とかしてるんですか?

いや全然。毎日いじってるから、だんだんできるようになってくるんですよ。がんばってやってるわけじゃなくて、起きてすぐ遊びの感覚でいじってるところがあるので。

──なるほど。そして「ウララ」「Black Rover」と続いて、7曲目にはBeastie Boysみたいなローファイロックの「Buntline Special」が来ます。

ビッケブランカ

ビースティの「(You Gotta) Fight For Your Right (To Party)」をディレクターと一緒に聴いてて、「こんなアホみたいな曲、作りたくない?」って言われたところから始まって。僕も一時期The Offspringとかを聴いていてその界隈の音楽のこともわかってたから、自分なりにやったらどうなるかみたいなところで作ってみました。これ、6時間くらいで全部できました。短い時間で作ると複雑になりようがなくて、キャッチーなものができるんですよ。

──前回のツアーでは「Black Rover」のときにビッケ自身がギターを弾いてましたよね。あれが気持ちよかったから、またギターで暴れられる曲を作りたくなったのかと思いました。

それも確かにあったけど、できあがってから「これ、ギター入れたら楽しいだろうな」と思ったんです。この曲は「DOUBLE DECKER! ダグ&キリル」というアニメのエンディングテーマになってるんですけど、制作の担当の方からは「自由に作ってください」と言われて。どうやらその方は「Slave of Love」とか「ウララ」のビッケブランカをイメージして、そういう曲ができるだろうと思ってたっぽいんですけど、「ホントに好きに作っていいんですか?」って聞いたら「いい」って言うからこれを作って渡したら、「これはちょっと……作り直してもらうことはできませんか?」って(笑)。で「いや、好きなように作っていいって言ったじゃないですか」って強気でこれを推したら、がんばってこの曲に合わせたエンディングの映像を作ってくださって「初めはビックリしましたけど、逆によかったと思います。すごく面白いものになりました」と言ってもらえた。自由にやってよかったです(笑)。