ナタリー PowerPush - 鬱P

ボカロ×ラウドの先駆者が語る、それぞれのシーンの今

2010年あたりの曲っぽく作った

──というわけで、ようやくアルバムの話なんですが。まず、初の全国流通盤ということで、どういうコンセプトで1枚を作ろうと考えました?

鬱P

まず初めて全国流通で出すんで、既存曲を何曲か入れることになるだろうなっていうのはあって。なので、既存曲と新曲を一緒にしても違和感のない、全体的にまとまりのあるようなものにしようと思いました。ベストアルバム的なバラバラのものじゃなくて。最近は自分の中で以前とちょっと違う感じの曲を作ってたんですけど、むしろ新曲は昔の感じに合わせて作ったんです。

──あえてラウド系、ハードコアとかスクリーモ的なところにサウンドの方向性を絞った。

そうですね。なるべく2010年あたりの曲っぽく作ろうという感じでした。

──鬱Pさんのボカロに対するアプローチは独特ですよね。そもそもメロディを歌わせるために作られたソフトでシャウトとかスクリームさせるわけで。そういう探求をずっとしてきたわけですよね。

まあ、やっぱりこのジャンルやるからにはああいうのが欲しいなっていうのがありまして、1年に1回ぐらいは変えたくなる時期がくるんですけど、そのたびに「こうしたらいいんじゃないのか」っていうアイデアが足されて今の声になっていった感じです。

──アルバムの収録曲の中で、自分的に一番手応えがあるのは?

やっぱりタイトルトラックの「看板娘の悪巫山戯」とかですね。後は、「Ghost under the Umbrella」。この曲もまさに2010年あたりに作ってた曲をもう一度やってみようって感じで作った曲です。

自分の好きなものを全部合わせて、やりたい放題やりました

──鬱Pさんはすごく正確にボカロシーンとラウドシーンのここ数年の変遷を分析してるクリエイターだと思うんですけれど、例えば「看板娘の悪巫山戯」は、それをもとに聴き手のニーズを計算したようなところはありました?

いや、この曲はそれの真逆っていう感じですね。そのへんの計算も全然ないし。

──何が望まれてるかとかまったく関係なく、自分のやりたいようにやり切った?

そうですね。完全にシカトで通してます(笑)。

──ははははは(笑)。そういう話を聞いてると、かなり現状認識は正確なのに、サービス精神よりもそこにあえて乗らないパンク精神がある。

鬱P

その2つがうまく組み合わさるといいんですけどね。いつもバランスがおかしくて……。

──バランスがおかしいっていうのは?

僕の曲は、いつもそのへんのバランスが「ちょっと聴き手の好みに寄せすぎたなあ」になったり、「ちょっとふざけすぎたなあ」になったり。

──アルバムのタイトルも「悪巫山戯」ですけど、この言葉も自分のそういうところを象徴していたりします?

これを言ってしまうと元も子もないんですけど、ケータイの変換で普通にこの言葉が出てきたんですよ。まず、名前が「鬱P」なんで、漢字がいいなと思っていて。無骨な漢字を並べて、しかもこのアルバムのテーマに合っているようなものを探してまして。それで、「悪ふざけ」って打ち込んだらこの漢字が出てきた。これを言えば、自分の好きなものを全部合わせた感じも、聴く側を全部無視してやりたい放題やりましたって感じも出るかなって。で、単純に「あ、この文字の並びがカッコいいな」って思って、そこから決めた感じです。

──無骨な漢字というのがポイントだったんだ。

そうですね。字面で決めました。何もかも形から入るタイプなんで。

──そうすると、ジャケットのイラストも重要な要素になってきますよね。ONE OK ROCKやFACTのジャケットを手がけた並木譲さんにお願いしたのはどういうところから?

最初は、TOOLみたいな幾何学的でエグい世界で、あえて初音ミク自体を前面に出したものを作りたいというイメージを固めてました。最近のボーカロイドのCDだと、わりとキャラが前面に出ていないものが増えてるんですよね。オリジナルのキャラだったり、全然関係ない人の絵だったりする。だったら、自分の場合は初音ミクがドンッと出てて、なおかつ自分っぽくそれが描かれてるイラストがいいんじゃないかと思って。そしたら、このCDがレコード店のアニメコーナーに置いてあったとしても、ラウドとかパンクのコーナーに置いてあったとしても、どっちにしても目立つなと思って。それで、「こういうキャラで、しかもエグい感じのイラストが描けそうな方はいますか?」って聞いて決めた感じです。

──レコード店の棚のことまで考えてたんだ(笑)。

まあ、形から入るのが好きですからね。で、実際に上がってきて、うまいことミスマッチ感が出たと思います。初音ミクのキャラとエグい部分の両方を出したいという難しい注文に100%応えてくれたようなイラストだったという。

バンドを組んで、ボカロではさらにふざけた方向に

──最後にこの先の話も聞ければと思います。ボーカロイドPとして、それから1人のミュージシャンとして、どんなところを目指していきたいと思っていますか?

まずボカロを5年やってて思ったのは、根本的な話ですけど、ライブができないってことなんです。声のキー的な問題もあるし、歌う人の問題もある。でも、曲を聴いてくれてる人はライブを望んでいる人が多くて。望まれてるのにずっとできないのは申し訳ないなと思うんです。だから、理想としては、バンドを組んで、ライブ向けの曲はバンドでガンガン出して、ボカロではそれとは違うさらにふざけた方向に行きたい。より人間にはできない方向でやっていきたい。そういう2つの方向に行けたらいいなとは思ってます。

──2つの要素がそれぞれ進化していくというか。この方向性のときにボカロならでは、人間とは違う打ち込みで歌わせることならではの表現ができるかもしれないという。

ボカロはライブ向けにすることを一切考えない。その枷が外れると、より面白い方向にも進めるんじゃないかと思ってますね。で、バンドはバンドで、ライブのことしか考えてないくらいの感じのやつをやりたい。両方やりたいと思ってます。

鬱P
ニューアルバム「悪巫山戯」 / 2013年8月7日発売 / 2300円 / Due. RECORDS / DGSA-10077
ニューアルバム「悪巫山戯」
収録曲
  1. ニャン黙の了解
  2. 馬鹿はアノマリーに憧れる
  3. 害虫
  4. Ghost under the Umbrella
  5. コロナ
  6. オトナのオモチャ
  7. B-CLASS HEROES
  8. 看板娘の悪巫山戯
  9. 骸Attack!!
  10. 風邪
  11. THE DYING MESSAGE
鬱P(うつぴー)

ラウドロックによるボーカロイド曲“VOCALOUD(ボーカラウド)”の第一人者として知られるボカロP。2009年に初の音源「DOLL」を投稿したのを皮切りに、ヘビーなサウンドのオリジナル曲を動画サイトで発表し続けている。スクリームやグロウルといった、いわゆるデスボイスをボーカロイドで表現するのが特徴。またベースの演奏力にも定評があり、「演奏してみた」動画の投稿やほかの奏者とのライブ活動もしている。2013年8月に初の全国流通アルバム「悪巫山戯」(わるふざけ)をリリースする。