ナタリー PowerPush - 上間綾乃
新境地を開いた魂のアルバム「ニライカナイ」
上間綾乃の2ndアルバム「ニライカナイ」が完成した。ゆったりとした制作期間の中で自身の思いを大切に音へと落とし込んで紡がれたという本作は、沖縄民謡をベースとしながらもさまざまなサウンドにトライした、彼女の新たな側面をたっぷりと堪能できる仕上がりとなっている。「上間綾乃の“今”と“これから”を表現することができた」と大きな手応えを感じている彼女に、本作に込めた思いを語ってもらった。
取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 佐藤類
ばあちゃんの急逝
──上間さんの伝えたい思いが、色彩豊かに楽曲へと落とし込まれているアルバムだと思いました。
今私が歌わないといけないもの。自分の力だけではどうにもできないことが起こる世の中で、私たちが生きていくために大切なものは何か、それを考えながら作っていきました。いろいろな人と出会い、そこで感じることを重ねていくことで、もともとやりたかった以上のことを音で表現できたかなと。
──すべての曲が日常に寄り添っているので、聴き手として共感しやすいです。
曲に込めた思いはそれぞれ違うんですけど、そのすべては私が暮らしの中で感じたことを歌っているので、どれもが非現実ではないんです。誰もが感じるであろうリアルな思いが込められているので、皆さんそれぞれに自分の身に置き換えて聴いてくれたらうれしいです。
──そんなアルバムに、沖縄で伝承されている理想郷を意味する“ニライカナイ”というタイトルを付けたのはどうしてだったんですか?
今回、制作期間はけっこう長めでゆったりしたものだったんですけど、その後半にタイトルを決めるタイミングが来て。しかも大人の事情で「この日までに」っていう期日を設けられたんですよ。急かされるのは好きじゃないんだけどなあと思いながらも(笑)、タイトルを発表する日も決まっていたので一生懸命、悩みながら考えてたんです。そんな中、6月の頭にうちのばあちゃんのお祝いをやったんですよ。88歳のお祝いがありますよね。
──米寿ですね。
そう。うちのばあちゃんは85歳なんだけど、3年後の米寿のときに私が沖縄に帰れるかわからなかったし、ほかの孫たちも県外を飛び回っているので、じゃあ今年お祝いをしようってことになったんです。ばあちゃんは元気な人だったからそんなに急いではなかったんだけどね。で、私も沖縄に帰って、みんなで宴会をしたり、三線を弾いたり、花束を贈ったりして。そうしたらね、誰もが想像してなかったんですけど、お祝いの2日後に急に逝ってしまって。
──そうだったんですか……。
私が歌の道に進む最初のきっかけを作ってくれたのがばあちゃんだったし、私の唄者として歩んできた人生の中で何より重要な存在だったので、私はもう頭がパニックになって何も手につかなくなってしまったんです。でも、最後にちゃんとばあちゃんに会えたのはよかったなと思ったし、何よりもずっと泣いてばかりいたらばあちゃんは喜ばないだろうなと思ったんですよね。で、そのときに改めてばあちゃんに言われたいろいろな言葉を思い出していたら、小さい頃によく聞いてた“ニライカナイ”の話が出てきたんです。そこで自分の中にすごく力が戻ってくるのを感じたので、アルバムのタイトルはもうこれしかないなって思ったんですよね。
伝承の根本にあるのは魂
──アルバムには「ニライカナイ」という曲も収録されていますよね。
はい。その曲を作ったのは、まだばあちゃんが元気だった頃なんですよ。私が今、先人たちから受け継いでいるものというのは、技術とか伝統だけではなく、根本にあるのは魂なんですよね。その「魂」というものにフォーカスしたくて「ニライカナイ」というタイトルで歌詞を書いたんですけど、ばあちゃんが逝ってしまったことでこの「ニライカナイ」という言葉がまた違った意味を帯びてきたんです。
──“ニライカナイ”は魂が帰っていく場所なんですよね。
そうなんです。沖縄の遠い遠い海の向こうにあるとされてて、神様もみんなそこに住んでいるし、五穀豊穣や子孫繁栄といった幸せも全部そこからやってくる。で、命が終わればまたそこに帰るとされているんです。だから、ばあちゃんは“ニライカナイ”に帰っただけなんだなって思ったし、いつか自分の命が終わったときにはそこでまた会えるんだなと思ったら、すべてがつながった気がしたんですよ。
──アルバムタイトルとして運命的な必然を感じます。
ほんとに。シングルになった「ソランジュ」も、このアルバムに入っている「ニライカナイ」という曲も、どちらも命のサイクルを歌っているものだし、人と命のつながりを感じながらのアルバム制作だったので、すべてが偶然だとは思えなかったですね。自分でもビックリするくらい。
──上間さんにとってものすごく意味のある作品になりましたね。
うん。このアルバムをリリースしたあとには28歳になるんですけど、その人生の中での大きな転機になったなって思いますね。
収録曲
- Overture-命(いぬち)、生(ん)まりとてぃ-
- ソランジュ
- 里(さとぅ)よ
- ゆらりゆらら
- Interlude-躍動-
- ヒヤミカチ節(民謡)
- 新川(あらかわ)大漁節(民謡)
- やんどー沖縄(うちなー)
- 明日ハ晴レカナ、曇リカナ
- ニライカナイ
- あなたのもとへ
- あいうた
上間綾乃(うえまあやの)
1985年生まれ、沖縄県うるま市出身の女性シンガー。小学校2年生から三線を習い始め、19歳で琉球國民謡協会教師免許に合格する。インディーズでCDを発表し積極的なライブ活動を行う中、2012年5月にアルバム「唄者」で日本コロムビアよりメジャーデビュー。2013年6月には1stシングル「ソランジュ」を発売し、「FUJI ROCK FESTIVAL '13」へ初出演を果たした。同年9月4日、メジャー2作目のフルアルバム「ニライカナイ」をリリース。