音じゃなくて心で演じるんだ
──上田さんは声優であることの影響が歌にも強く出ていると思いますが、その影響ないしは効果について、もう少し具体的に伺ってもよいですか?
私のお芝居のスタイルは、2016年を境に180°変わったんですよ。それ以前は音で演じるタイプというか、キャラクターによって声色を変えていたんですけど、2016年からは音を丸無視して、軸を変えるようになったんです。
──軸ですか。
例えば、あるキャラクターがあるコミュニケーションの仕方を選択したとして、その背景にはどんな家庭環境だったり生き方だったり思い出だったりが影響していて、そこに至るまでどんな感情の積み重ねがあったのかとか、いろんなことを考えるようになって。その結果「たとえ音が汚くなっても構わない。音じゃなくて心で演じるんだ」みたいな感じに変わっていったんですね。そのあたりからアーティスト活動も始まったので、そうやって心で当たってみるやり方を音楽でもしていて。でも私は、自分が聴くぶんには声にブレがなくてピッチも正確な歌が好きなんです。だから、自分の歌は聴けないんですよ。
──えー、もったいない。
いや、やっぱり好みの問題で、自分の歌を聴くと「うわあ……」と思ってしまって(笑)。
──その2016年の変化は、なんらかのキャラクターを演じたことに起因するわけですよね?
はい。もう、何回ディレクションしてもらっても何回リテイクしてもうまくいかなくて、ずっと居残りしていた現場があって。それが、「クロムクロ」という作品で……。
──あ、僕「クロムクロ」観てました。
わ、ありがとうございます。あのときソフィー(・ノエル)ちゃんの演じ方が本当にわからなくて。2クールあったんですけど、2クール目の最終回間際で「ああ、なるほど!」と、ようやく監督さんに言われていたことが理解できたんです。要は、彼女は台本に書いてあるセリフだけ読むと意地悪な子に見えることもあるけど、それは悪意を持って言っているわけじゃなくて、こういう芯がある子だからそういう言葉と行動になって表れるんだと。それに気付いたことで、ソフィーちゃんがどんなにいい子なのかも理解できて、「意地悪な子だと思ってごめんね……」と深く反省すると同時に、台本の読み方から何から変化していきましたね。
──キャラクターに合わせて声を作るのではなく、軸をキャラクターに移した結果、出てきた声で演じると。
そっちのほうが労力がかかることもあると思うんですけど、一度やり始めると止まらなくなっちゃうんですよね。
──それが上田さんの声優としての個性になっているのでは?
だとしたらうれしいです。
──「リテラチュア」に関してもう1つお聞きしたくて。この曲は「魔女旅」の主題歌として広く聴かれることになりますが、タイアップ曲という点で、歌唱面でアルバム曲との違いはありますか?
テレビで流れる1番だけ、ピッチを直しました。普段はそういうことはしないんですが、おっしゃる通り「リテラチュア」は「魔女旅」を介して無条件にいろんな層の方々に届くので、より耳になじみやすいほうがいいのかなと。そこはけっこう悩んだんですけど、結果的に1番のボーカルはイレイナの優等生感にかっちりハマる感じになったので、むしろよかったかもしれません。でも、2番以降は「フルで聴きたい」と思ってくださった方が聴くと思うので、気にせずいつものように。
──先の質問とセットで「主題歌であると同時に、上田麗奈の楽曲として成立させる必要もありますよね?」みたいなことを聞こうと思っていたのですが……。
今言ったことがほぼ答えになりますね。結果オーライといえばそうなんですけど、1曲を通してちゃんと自分の個性も出せたと思います。
会いたくても会えない人に
──カップリング1曲目の「花の雨」は上田さん作詞、Chimaさん作曲の穏やかなカントリーポップです。先ほどおっしゃったように「リテラチュア」とのバランスを考えて作られたわけですよね?
「リテラチュア」が出会いと別れをテーマにしていたので、カップリングでもそれを引き継いでみようと。ちょうど「Empathy」までご一緒していたマネージャーさんが寿退社されて、都外にお引っ越しもされて、全然会えなくなってしまったんですよ。そんな会いたくても会えない人に思いを届けるような曲にしたくて。そう考えたとき、Chimaさんは曲にしても歌詞にしても、本当に優しくて根が明るい感じのものを書く方なので、きっとRIRIKOさんとも合うんじゃないかと思ったんです。それプラス、私がカントリーをやってみたかったので、そのこともお伝えしました。
──歌詞に出てくる「君」はマネージャーさんだったんですね。
そうなんですよ。だから「『Empathy』がリリースされたとき、マネージャーさんと一緒に見た桜はきれいだったな」「マネージャーさんのいない夏は寂しいけど、がんばる」という気持ちを歌詞にして。あと寿退社だったので、「病めるときも健やかなるときも」という、結婚式で牧師さんからかけられる誓いの言葉を私なりに言い換えたりして、密かに「結婚おめでとう」というメッセージも込めました。
──この「花の雨」も、明確に他者を意識しているという点で「Empathy」との連続性を感じます。
本当にそうだと思います。「Empathy」の制作があったから、そのマネージャーさんに対してそういう思いを抱くようになったし、逆に言えば「Empathy」がなかったら生まれなかった曲ですよね。そういう意味でも、自分の中で「Empathy」の存在はすごく大きくて。思いを向ける対象も、今回はたまたまマネージャーさんだったわけですけど、仮にマネージャーさんじゃなくても身近な誰かにちゃんと届けられる歌というのを書いてみたかったし、その歌にまた別の誰かが共感できたらよりいいなと思っていたんです。
こんなに趣味を前面に出したのは初めて
──「花の雨」のボーカルもとても肩の力が抜けていて、優しいですね。
レコーディングのときに、2人の写真を見ながら歌ったんですよ。
──マネージャーさんとそのパートナーの?
そうですそうです。実はそのパートナーも別のマネージャーさんで、要は社内恋愛からのご結婚だったので、私は2人共知っているんです。その2人を見ながら、なおかつ心の中でウエディングドレスとタキシード姿の2人を思い浮かべて歌ったので、より素直な気持ちになれていたというか、すごく幸せでしたね。そのせいか歌声もかわいい感じになっていて、あとで聴いてびっくりしました。「気持ちの変化でこんなに声って変わるんだ!?」って。
──先ほど「カントリーをやってみたかった」とおっしゃいましたが、それは上田さんがいろいろな音楽を聴いていく中で、カントリーを気に入ったということですか?
はい。勉強も兼ねてなんですけど、普段から自分の周りの人におすすめの曲を紹介してもらったりするのが好きで。そういうのをひたすら聴いて、知識として蓄えていますね。それから海外ドラマのエンディングテーマとかも、どれもカッコいいので、あとで検索したりして。だから洋楽もよく聴くようになりました。
──そうやって音楽的な引き出しを増やしていくことは、今後の活動にも生きていくでしょうね。
うんうん。生きると思いますし、生かしたいです。ちなみにカントリーをやりたいと思ったのは、toi toy toiさんの「Chant」という曲を聴いたのがきっかけで。この曲はコーラスワークもすごく素敵で、打ち合わせのときに「カントリーもかわいいですね」というお話をしつつ「ああいうコーラスもやりたいです」ともお伝えしていたんです。そうしたら、カントリーは「花の雨」で、コーラスは「リテラチュア」でそれぞれ実現できたんですよ。
──確かに「リテラチュア」はコーラスも凝っていますね。
今まではコンセプト優先だったので、楽曲面で具体的な要望を伝えることはあまりなかったんですけど、今回は趣味的な要素も多分に含まれているというか。こんなに趣味を前面に出したのは初めてかなって思いますね。
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老舗の喫茶店で流れているBGMのような
2020年10月30日更新