元カシオペアの熊谷徳明(Dr)、元T-SQUAREの須藤満(B)といった日本フュージョン界のスターを中心に、佐々木秀尚(G)、スペシャルサポートメンバーの宇都圭輝(Dr)を加えた4人編成で活動しているバンド・TRIX。彼らにとって初となるカバーアルバム「CoverX」がリリースされた。
「CoverX」は前任のキーボーディスト・AYAKIの卒業を受け、HoneyWorksやアニメ「あんさんぶるスターズ!」に参加する宇都を迎えた新体制での初のフルアルバム。新旧のアニソンをTRIX流にアレンジすることで、原曲にフュージョンバンドならではの超絶技巧を生かした新たな魅力を添えた作品となっている。
音楽ナタリーでは、新体制での初の制作過程や楽曲ごとの工夫、そして日本を代表する超絶技巧のミュージシャンたちがアニソンと向き合って感じた魅力について話を聞いた。
取材・文 / 杉山仁
アニソンにTRIX節を
──まずカバーアルバムの企画はどのように立ち上がったんですか?
熊谷徳明 カバー企画の話は前々からあったんですよ。レコード会社から「そろそろカバーをやるのはどうですか?」という話をもらっていたのだけど、メンバー全員が曲を作れるので「とりあえず今はオリジナルで」となっていて。で、気付いたら18年経っていたんです(笑)。でも、それだけの時が経ってオリジナルアルバムもたくさん出したからこそ、カバーをやろうという気持ちになって、今回はアニソンをみんなで調理してみようかなと。もともとは一昨年くらいに出す予定だったんですけど、コロナ禍になって制作が少し伸びてしまいまして。
──HoneyWorksでのお仕事なども知られる宇都さんの加入タイミングなので、そうした出会いも関係があるのかと想像していたのですが、随分前から計画されていたんですね。
熊谷 いろんなタイミングがちょうど合ったんだと思います。AYAKIくんが卒業するタイミングで佐々木さんに「グレートなミュージシャンはいないか?」と相談したら、「いい人がいますよ」と提案してくれたのが宇都さんだったんです。どんな人なんだろうと調べてみたらRolandの公式デモンストレーターもやっていて僕らに近い人間だということがわかって。それで一度セッションに誘ってみたらすごく楽しかったんですよ。須藤さんも一緒でしたよね。
須藤満 そうそう。
──宇都さんは、そのセッションの感想をブログにアップしていましたよね?
宇都圭輝 自分のブログは5年ほど放置していたんですけど、そのときはひさしぶりに更新しました。というのも、僕が専門学校に入って、TSUTAYAで借りて初めて聴いたフュージョン作品が、熊谷さんがドラムを叩いていた頃のカシオペアの作品だったんです。それで「運命だなあ」と。もちろん、須藤さんが在籍していた時期のT-SQUAREも聴いていたので、TRIXのお話をいただいたときは、まさにドンピシャという感じでした。
──アニソンをテーマにしたのには何か理由があったんですか?
熊谷 アニメは世界のマーケットの中でも日本を代表する文化になっていますよね。今回はそこにTRIX節を入れてみたい、という気持ちがありました。世の中の流れを考えたときに自然と出てきたアイデアで、選曲はレコード会社の方とも相談して2、30曲ぐらいの候補から幅広く選びました。私は自分の世代の曲をアレンジすることが多かったです。須藤さんは違ったかな?
須藤 僕は全然違いましたね。アレンジした2曲のうち1曲はなんとなく知っていたんですけど、もう1曲は今回初めて聴いた曲でした。
佐々木秀尚 僕は完全に「ドラゴンボール」世代なので、アルバムに「ドラゴンボール」シリーズから2曲入っているのは僕が提案した部分が大きかったのかな(笑)。もちろん、いろんな候補の中から「料理したら面白そうだな」と思えるような曲を選んだ結果なんですけどね。
ギターソロで最後まで歌いきった「ルパン三世のテーマ'78」
──では、1曲ずつ制作時の話を聞かせてください。熊谷さんは1曲目「ルパン三世のテーマ'78」(アニメ「ルパン三世」オープニングテーマ)を、YouTubeでもカバーされていましたね。
熊谷 そうです。もともとYouTubeのカバー企画でアレンジしたもので、それを今回TRIX版にしてみました。この曲は昭和歌謡的な要素が魅力の1つで、デジタルチックな要素を入れて今風にアレンジしてしまうと、そのよさが消えてしまうんですよ。そこで、その2つをブレンドしてピコピコサウンドと生の演奏が混ざるようにしました。「ルパン三世」の匂いは残しつつ、そのうえで20~30%ぐらい新しい要素を入れてみようと。
佐々木 僕の場合、この曲はギターソロで「最後まで歌いきる」ことを意識していました。
熊谷 須藤さんのベースラインも相当キテるよね。リズミックで。
須藤 TRIXフュージョンのパターンという感じですね。がんばりました。
──ちなみに、レコーディングは全員でそろって音を出すような形ではなく、熊谷さんのスタジオに1人ずつ入って録音したんですか?
熊谷 そうです。TRIXの場合、どのメンバーが作った曲でも、デモの段階でかなり作り込まれているんですよ。今回はそれを聴いたうえで「じゃあ先に行くわ」と自分が最初にドラムを入れて、すとさん(須藤)がやって、宇都ちゃんがやって、ササキン(佐々木)がやる、という順番で。なので、実はまだみんなでそろっての演奏はしていないんですよ(※インタビューは2021年12月下旬に実施)。
須藤 TRIXはリモートレコーディングが一般的になるずっと前からこのスタイルなんです。そういう意味では時代を先取りしていたのかもしれません。ただ、せーのっ!でみんなで演奏をすれば多少のズレもお互いに補い合えますけど、1人ずつ録音するとそれが許されない面もあって。そういう意味では、ある種厳しい部分もあるし、逆に言えば1つひとつの演奏を突き詰められる、という利点もありますね。
──2曲目の「廻廻奇譚」(アニメ「呪術廻戦」第1クール オープニングテーマ)はいかがでしょう?
佐々木 これはアレンジした熊谷さんが大変そうでした。というのも、原曲のメロディがラップっぽくて、歌詞は変わるけれどもメロディはあまり変わらない。そのままカバーするとメロディとしてはなかなか成立しないんです。でも、原曲を壊すわけにはいかないので、そのバランスが苦労したところだったんじゃないですか?
熊谷 そうそう。すごく凝った作りで一筋縄ではいかない楽曲なんですよ。この曲はコード進行が原曲のままなので、「どこで変化を付けるか」を意識しました。あと今回自分がアレンジした曲は、ボコーダーや歌のようなものを入れています。これはMAYUさんにお願いをしていて、何か引っかかる声の要素も取り入れたインストに仕上げていきました。
宇都 自分はこの曲のメロディを担当したんですけど、毎回ピッチベンドを入れるのが難しかったですね。
熊谷 Aメロの部分だよね。原曲ではずっとしゃべっているようなパートなので、そのままインストにすると聴いていてつまらなくなってしまうんです。それで入れることになったんだよね。
宇都 「2回に1回にしよう」とか、そのバランスについてもいろいろと話し合いました。
かなり振り切った「となりのトトロ」
──続く3曲目の「残酷な天使のテーゼ」(アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」オープニングテーマ)は、冒頭から声ネタがエディットされていますね。
熊谷 この曲はベタベタな感じの魅力があって、メロディに演歌っぽさを感じるんですよ。なので、その雰囲気を残しながら都会的にアレンジすることにしたんです。イントロも含め、原曲とはまったく違う斬新なアレンジでけっこう振り切って作りました。
佐々木 ラテンフュージョンという感じで、ライブでもかなり盛り上がりそうですよね。ラストのコーラスのサビで原曲と同じメロディになるのもすごくいいし。
宇都 この曲はワンコーラスまるまるピアノソロがあるので、僕はそれに衝撃を受けてビビり散らかしています(笑)。「Bメロが終わってもまだソロなんですね」という……。
──ピアノソロを長く取っているのには何か意図があるんでしょうか?
熊谷 宇都ちゃんとセッションをしたときに、とにかく「ツボを突く人だ」と思ったんですよ。起承転結がはっきりしてるし、頭に残る演奏をする人だなと。だから今作でもいっぱいやってもらおうと思って長めに取りました。須藤さんも和泉宏隆さん(元T-SQUARE)のようにメロウ感を出せる人だと言っていて、それはぜひ聴いてみたいなと思ったんです。
宇都 恐れ多すぎます……(笑)。
佐々木 次の「となりのトトロ」は聴いた人の感想が気になるんですけど、どうでした?
──「ものすごい『となりのトトロ』を聴いたなあ」という感想でした。超絶技巧のグルーヴが生まれていて、こんな「トトロ」はちょっと聴いたことがないかもしれません。
佐々木 この曲はそのままやってもTRIXでやる意味がないと思ったので、僕がアレンジを担当して、かなり振り切ってみました。超絶フィルが至るところにあって、ドラムソロもあって……熊谷さんのドラムフィルが冴え渡っていて。コードも玄人受けする進行になっているので、「やってやったぜ」という感覚です。皆さんどこが苦労しました?
須藤 全部(笑)。
佐々木 (笑)。須藤さんのベースもイメージしていたものを200%越えてくれて最高でした。この曲は、ギターソロを最後に取っておく、というのが個人的なエモポイントでした。
宇都 キーボードソロのあとのドラムソロのところがやたらとカッコいいし、アウトロ部分の佐々木さんのギターソロもめちゃくちゃカッコいいですよね。
──「はじめてのチュウ」(アニメ「キテレツ大百科」主題歌)はどうでしょう?
須藤 アルバムの中で一番ホッとできるのはこの曲になるのかなと思って僕がアレンジしました。あまりガツガツとしたアレンジにはしないようにしつつ、Aセクション、Bセクションあたりのドラムやベースのパターンは少し凝ったものにしてみました。
──とても柔らかい雰囲気が残されていて、アルバムのいいアクセントになっていますね。
佐々木 そのうえで、AやBのドラムとベースはTRIXじゃないと出てこないと思うので、そこは僕ららしいのかな。あと、原曲の「やった / やった / やったよ」の部分を、1回目はギターのメロにして、2回目はギターでセリフっぽく演奏したのもポイントです。
須藤 1回目のメロディ部分は、もとの人がアコースティックバージョンでやっているものを参考に考えました。そしたらササキンが「2回目の方はセリフっぽくしていいですか?」と提案してくれて。
宇都 この曲はフュージョンというよりメロウな歌モノという感覚で、バッキングもソロもすごくやりやすかったです。今回はテンポの速い曲が多かったので本当に助かりました。
須藤 宇都ちゃんも本当にいいピアノソロを弾いてくれています。
次のページ »
超うまいミュージシャンが「ウィーアー!」を弾いたら