“正解”があるうえで歌うこと
──カバーにもアレンジの仕方はいろいろとありますが、このアルバムは全体的に原曲をリスペクトしたアレンジになっていますよね。1曲目の「風をあつめて」で、イントロから原曲キーそのままのフレーズが出てきたときはドキっとしました。
今回女性ボーカルの曲がそんなになくて。もちろん歌えないと元も子もないので、キーに関しては自分に合わせた曲もあるんですけどね。
──細野さんの歌はキーが低いから、そのままオクターブ上でいけたわけですね。
そうなんです。ここがルーツだからそうしたかったというのもあるし、1曲目で「スタンダードなアルバムなんです」と打ち出す意味でも原曲キーでいきました。例えばボサノバ調にするとか、テンポや楽器を変えて色を出していくとか、“超絶アレンジ”のカバーアルバムにするのも形としてはありだと思うんですよ。でも私は音と歌詞と先輩方のボーカルがあって楽曲のメッセージになっていると思うので、どうしてもそこが切り離せなくて。「私が好きな『風をあつめて』はこれなんです」みたいな。だから、できるだけ原曲リスペクトのアレンジで、当時先輩方が歌に込めた思いを自分なりに伝えるアルバムにしたいと、まず打ち合わせで話しました。そしたらミュージシャンの皆さんとディレクターさんがいろんな文献を調べたり、ラジオを聴いたり、すごくがんばってくださって。「当時はこの弦を使っていると書いてあった」「アンプはあれを使っているけど、そのアンプはもうあのスタジオにしかない。どうしよう」とか。私はそこまで細かいことがわからなかったので、さらっと「原曲リスペクトで、原音に近付けていくアルバムにしたい」と発言したけど、すごいことを言っちゃったんだなって……当時とはスタジオも作品へのお金のかけ方も違うし、楽器もないし、再現なんてできないから。
──でも、プレイヤーの皆さんはやりがいがあったでしょうね。
「なんだかんだ楽器録りが一番楽しかったよ」と言われました(笑)。
──思い入れのある細野さんの楽曲を歌ってみてどうでした?
全曲に言えることなんですけど、特に「風をあつめて」は自分が一番鼻歌を歌っている曲なはずなのに、レコーディングで歌うと変に緊張しちゃいましたね。あと、やっぱり自分の中に「この曲はこうだ」という正解があるうえで歌うというのは……もちろん細野さんのボーカル力は超えられないわけじゃないですか。でも自分なりにポイントを押さえて、私の声で歌うことを模索しながらやりました。そういったプレッシャーはありつつも、「風をあつめて」は好きな曲というのが大前提にあったので、気持ちよく歌えました。
13年前に歌った曲
──2曲目、荒井由実さんの「卒業写真」はこのアルバムでは数少ない女性ボーカル曲の1つです。
私、ミュージックレインのオーディションで「卒業写真」を歌って合格したんです。13年前にカラオケで一生懸命歌っていた曲をCDにできるというのは、自分的に熱かったですね。「卒業写真」は過去を振り返っている歌だけど、でも絶対「寂しい」という感情を出しちゃいけない曲だと思うんですよ。ユーミンさんがどうしてこの曲をこういう歌い方で歌ったのか、どうしてここはこういう言葉をチョイスしたのか、自分の中のいろんな疑問を1つずつ潰していって。自分にはユーミンさんの声は出せないけど、ユーミンさんの歌い方をリスペクトして、ここは絶対外しちゃいけないとか、ポイントをちゃんと押さえることを意識して録っていきました。
──3曲目、大滝詠一さんの「君は天然色」は元のアレンジが非常に凝っているので、大変だったのでは?
スキル的にはこの曲が一番難しかったですね。大滝さんには大滝さんの“節”があって、それはもう曲と融合しているから、その“節”がないとその曲じゃなくなっちゃうと言うか。ボーカルの力をものすごく感じますし、リズムと言葉のはめ方も独特ですごく難しかったんですけど、紐解いていけばいくほど面白い曲でした。
──自分なりに分解してみたからこそ、わかることが多かったと。
はい。「君は天然色」の楽器のレコーディングはすごく楽しかったとアレンジャーさんもおっしゃっていました。できるだけ近いサウンドにしようと楽器をそろえてみても、どうも違うなと思ったら、実は原曲ではピアノを3台使っていたというびっくりするような発見がいっぱいあって。原曲は20人くらい同時に「せーの!」で一斉に録っているそうで、今回そういう録り方までは再現していないんですけど。原曲を目指すと言っても、本当に全部原曲に合わせてリバーブ感とかホール感とかも含めて出していくと、1枚のアルバムとして聞いたときに耳が大変なことになっちゃうから。
──原曲はそれぞれレコーディングされた時代も違いますしね。
ミックスのときにあくまでも1人のボーカルがずっと続くリレーができるようにそろえつつ、なおかつオリジナルに近付けるという。ミックスはそういう意味で迷いどころが多くて、エンジニアさんは大変だったと思います。
──全体的にすごく誠実なアルバムになっていますね。豊崎さんの原曲への愛がまずあって、そこに対して絶対に嘘をつかないという。
原曲に近付けてカバーするというのは、一歩間違えるとカラオケCDになって、自己満足になってしまう可能性も多々秘めていると思うんですよ。そうはしたくなかったし、自分で言っておきながらけっこう難しいことをやり始めちゃったなと途中で気付きましたね(笑)。
日本の音楽の歴史の授業
──4曲目はザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」です。
もともと好きな曲ではあったんですけど、改めて楽曲が生まれたルーツを知るともっと切なくなったり、いっぱいわかることもありました。例えば、加藤和彦さんが「今から曲を作って」と言われて、2時間スタジオにこもって作ったというのは知らなかったです(笑)。日本の音楽史の授業を受けているような感じで、そういったエピソードを調べていくのは面白かったですね。それを知るか知らないかで歌い方のアプローチも、曲への思いも変わってくるんだなと思いました。
──5曲目「なごり雪」はこのアルバムの中でも、もっともポピュラーな歌かもしれません。いろんな方がカバーして歌い継がれている曲でもありますし。
「なごり雪」はかぐや姫さんというよりは、どちらかというとイルカさんに近付けた感じですね。この曲は私の両親も口ずさんでいた曲で、もちろんよく知っているんですけど、改めて紐解いて歌うのは初めてでした。原曲リスペクトと言えども、どうしても自分の思い出というのは重なってしまいますね。私は汽車が通っているような田舎出身で、雪は降らない場所なんですけど、ホームでお別れをする情景には馴染みがあって。「なごり雪」は東京の歌ではあるんですけど、当時のかぐや姫さんのインタビューに「東京の歌ではあるけど、東京の歌というのを限定して作ったとは言い切らない」というのを見つけたんです。確かに私にとっては、この曲はむしろ今から都会に行ってがんばるというイメージがあったので、そういう気持ちを混ぜてみました。
──フォーキーなアレンジが多い中で、6曲目のサディスティック・ミカ・バンド「タイムマシンにおねがい」はサウンド的にガツンとくる感じですね。
以前ROLLYさんと一緒に楽曲を作らせていただいたとき(3rdアルバム「all time Lovin'」収録の「恋するラヴレター」)、イメージしていたのは「タイムマシンにおねがい」の雰囲気だったりするんです。
──原曲に馴染みがない人でも、豊崎さんのこのにぎやかな感じは聞き覚えがあるんじゃないでしょうか。「あの曲のルーツ、これだったんだ」みたいな。
そうかもしれないです(笑)。この感じは私の中にもともとあったものですね。「タイムマシンにおねがい」は自分の中に「やっぱりあのミカさんのボーカルなんだよな」という葛藤がありましたが、キー的にもテンション的にも、ないものから引き出していく感じではなかったので楽しく歌えました。
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私が私として歌えるような気がした