ナタリー PowerPush - 特撮
大槻ケンヂ「パナギアの恩恵」で明るい希望と新たな心境を歌う!?
明るい明日に向かって歩くべき
──そうやってサウンドが変化するとともに、特撮の中でまさに大槻さんのフィールドである詞も従来とはまた異なる内容になってますよね。
面白いですよね。エディも「今回、詞が面白い」って言ってくれてて、自分でもそう思ってます。
──「GO GO!マリア」や「桜の雨」なんかが顕著なんですけど、詞の登場人物が基本的にしっかり前を向いていて、明日に希望を持っています。
「じゃあな」もそうですよ。これ、門出の歌だもん。
──そして「13歳の刺客 エピソード1」では恋と戦いの始まりを希望をもって歌っている。パブリックイメージとしての「大槻ケンヂの詞の世界」を想像しているリスナーはビックリすると思います。
きっとそういう心境だったんですよ。作詞をするとき、自己分析をする人って多いんだけど、それをやるとよっぽど能天気なラテン系の人以外はネガティブな自己批判を始めちゃうんですよ。僕はまさにそういう人間。「踊るダメ人間」なんかがその代表例だとは思うんだけど、最近は「もうそういうこと以外も語っていこう」とも思っていて。「自己分析して自分の中からネガティブな要素を引っ張り出して、それを詞にして充足感を得るのはもういいかも」「大人なんだから」と。「そんな一面を見せるよりも、そういう面はありつつも、それでも明るい希望、明るい明日に向かって歩くべきなんだ」「それを示さなきゃいかんだろ」っていう気持ちだったんです。
──なぜそういう心境に至ったんですか?
18時19分くらいからの「スーパーJチャンネル」を観ていると、普通にそう思うようになりますよ(笑)。
──へっ!?
観てます? 「スーパーJチャンネル」とか、あの時間帯の特集。
──ええ。18時台って、ヘッドラインニュースをひとしきり伝えたあと、特集コーナーが始まる時間ですよね。
青空駐車場の料金踏み倒しの現場レポートとかね。
──万引きGメンの密着取材とか。
開かずの踏切を渡っちゃう人を追いかけたりとか(笑)。でね、番組スタッフが踏切を渡っちゃう人をとっ捕まえてみると、だいたいが46歳の僕と同年代か年下なんですよ。万引き主婦も年下なんだよね。ああいうのを観てると「ちょっと前向きに行こうぜ。みんな未来見つめようぜ!」って自然と思いますよ。アハハ(笑)。
──いい若いモンが河川敷で無断でゴルフやってんじゃねえぞ、と(笑)。
河川敷のゴルフね! あと立入禁止の防波堤で勝手に釣りをしている場合か! いかがなものか!って(笑)。
ハリウッドスターと自分を比べてみる
──でもそうやって社会の中堅を担うべき世代の一部の底が抜けていることを直接的に批判する詞は書かなかったわけですよね。
「開かずの踏切、いかがなものか!」っていう歌詞はさすがにナシですよ(笑)。確かに僕よりも年長の世代のミュージシャンの中には、まんま世相を斬ってしまう詞を書く人もいるんだけど僕にはそれはできない。そんなに素直じゃない。やっぱり怒りや喜びもファンタジーにくるまないと。
──とはいえ、そういう社会のちょっとしたほころびに着想を得て「前向きに生きよう」というメッセージを発信するには、結構な発想の転回が必要な気もします。どうして「自己処罰的になりがちな私」を乗り越え、しかも世相を斬ったり、他人を罰したりすることなく、ポジティブな言葉を発信できるようになったんでしょう?
うーん、乗り越えてはいないんですよ。例えば孔子っていうのは実は間違っていて。「四十にして惑わず」っていうけど、40歳になると人はもっと迷うんです。ただその迷っている自分を俯瞰できるようにはなる。そうやって引いた視点で眺めてみると、実際の自分が「オレはもうダメだ」「オレより若くて家庭もある主婦が万引きしちゃうのかあ」なんて気分を抱えていたとしても「それでも人っていうのはもっとよりよく生きていくべきだし、表現を仕事にしているならそれを提示してみせるべきだろう」っていう気にはなれるんです。だったらそれを歌にしましょう、っていうことですよね。怪奇SF幻想に包んでね。
──じゃあ、今回の詞の内容には年齢的なものが大きく影響を与えている?
そうなんでしょうね。もうひとつ世代的な話をするなら、今となっては信じられないことだけど、僕が青春期を過ごした80年代のパンクシーンにおいては熱血したり青春したり人生を楽しんだりすることはすべて悪だったんですよ。あと楽器がうまいのも悪!
──あはははは(笑)。ただ筋少ってそのムードにいち早くカウンターを当てたバンドですよね。大槻さんの言うとおり、かなり初期からバカテクミュージシャンが揃ってましたし。
でもそういう洗脳をどっぷり受けてきた反動が今になって出ている部分はありますよ。サブカル系のヤツって、そのパンクシーン的なノリ、社会を斜めに見るノリが好きなんだけど、それをやっているとそのうち自家中毒を起こして、鬱になったり病んでしまったりするんですよ。そうなるくらいなら前を向いて明るく生きたほうがいいに決まってるじゃないですか。まあ僕自身20代後半に鬱とかパニック障害をやっているし、一応その峠を越したから言えることではあるし、とはいえ、今もネガティブな人間ではあるから、自己矯正しているというか自己洗脳している状態ではあるんですけどね。あのね、ちょっと余談なんだけど、トラブルがあったときは自分をハリウッドスターだと思うといいんですよ。
──「ハリウッドスター」?
うん。「オレのこんな悩みなんて、エリザベス・テーラーにとっては日常レベル! 普通!」「いや、普通以下!」って。
──確かに往年のハリウッドスターが巻き込まれただろうトラブルの数々に比べたら、たいていの人の悩みなんてチンケ極まりないですね(笑)。
そう思うと、ちょっと前向きになれますよ。
日本のロックはどういう女性を歌にすべきか
──そうやってかなり意識的に明るくあろうとする大槻さんの目には「元気出せ」「家族は大切に」というポジティブなメッセージをナチュラルに発信する若手ミュージシャンってどう映りますか?
その80年代アンダーグラウンドパンクの季節が過ぎて、そのあとバブルも崩壊して、ネガティブでもいられないし拝金主義でもやっていけなくなった。だから家族とか優しさをよりどころにしている面はあるんでしょうね。それもありです……でも、ま、個人的にはああいう詞は居酒屋で流れてくると酒がまずくなるやね(笑)。
──大槻さんも社会情勢に影響されて詞のテイストが変わってしまうことってありますか?
震災と原発はかなりショックでしたよね。当時ちょうど「5年後の世界」のレコーディングをしていたから、あのアルバムには震災・原発の影響が色濃く出たし。1年経って「パナギアの恩恵」を作ることになったときにも「震災や原発にまったく触れないのは違うだろう」「ほとぼりが冷めたら全部忘れちゃった、ってなるのはイヤだな」とは思いましたから。だから「瓦礫」の中から新しい命が生まれ「風や太陽」とともに「光の速さで明日へ」向かっていく「GO GO!マリア」の詞を書いたわけだし。口にしてしまうと全部腑に落ちてしまって、あんまり面白くないんだけど「瓦礫」っていうのはあの東北の瓦礫のことでしょうね。「風や太陽」は、まあ代替エネルギーのことかもですよね。今回のアルバムの詞では単に「前向きに」っていうメッセージを込めるだけじゃなくて、そういう実験みたいなことも結構やってるんですよ。例えば日本のロックの詞、特に男の書く詞の場合、女性の年齢設定って重要で。ほら、日本のロックって基本的に童貞パワーが支えているから。
──それはメンバーが女優やモデルとお付き合いしたり、結婚したりするようなバンドでも?
主にリスナーの側の問題です。もちろん個人差はあるんだけど、基本的に大人の女性を歌詞に書こうとすると「ラヴ・イズ・オーヴァー」感が出るんですよ。欧陽菲菲さんがアンプの裏から出てきそうというか。
──あはははは(笑)。グランドキャバレー感や古きよき水商売感が出る、と。
あと、歌詞の中に大人の女性、ブロンドのいわゆるビッチを出すバッドボーイズ系のロックバンドっていうのも多いんだけど、それはそれでなんかフィリピンパブっぽいというか、ショッピングモールにたむろってるヤンママっぽくなっちゃうんだよね。そこがいいのかも。
──純然たるビッチなんて日本にいないからリスナーが上手にイメージできないんでしょうね。
じゃあ日本のロックはどういう女性を歌にしたらはまるのか?っていったら、少女なんですよ。絵画的だから。ただ少女っていうのも難しくて、46歳のおじさんである僕が少女との恋愛を歌うと、ただのロリコンになっちゃう。だから例えば参考にするのがリュック・ベッソンの映画「レオン」なんです。カッコよく言っちゃうと、あのジャン・レノとナタリー・ポートマンの関係性。あれが詞には一番しっくりくるんですね。保護者であり、父性を発揮する対象であり、パートナーでもある。そしてそこには恋愛感情があるかもしれないし、ないかもしれない。この「ジャン・レノ感」を出すといい塩梅になるんですよ(笑)。そういうことを30代の頃から結構気付いていて、今回はそれを明確にやってみた感じはありますよね。それこそ「GO GO!マリア」では震災のことを歌うと同時に、アルバムを通しては1人の少女の誕生から巣立ちまでを明るさをもって描いたつもりですし。
収録曲
- 薔薇園 オブ ザ デッド
- くちびるはUFO
- タイムトランスポーター2「最終回 ジャンヌダルク護送司令・・放棄」
- GO GO!マリア
- 桜の雨
- Arion~Hommage a Claude Debussy
- 鬼墓村の手毬歌(Short Edit Ver.)
- 13歳の刺客 エピソード1
- じゃあな
- ミルクと毛布
特撮 (とくさつ)
2000年、筋肉少女帯を脱退した大槻ケンヂ(Vo)がNARASAKI(G / COALTAR OF THE DEEPERS)、三柴理(Piano, Key)、ARIMATSU(Dr)、内田雄一郎(B / 筋肉少女帯)とともに結成したロックバンド。同年2月に1stアルバム「爆誕」をリリースしツアーを行うが、ツアー終了後に内田が脱退。以後はサポートベーシストを迎えて活動を継続する。2006年に大槻の筋肉少女帯再加入を機に活動を休止。2011年4月にライブツアー開催を突然発表し、同年6月にはアルバム「5年後の世界」をリリース。2012年12月に7年ぶりのオリジナルフルアルバム「パナギアの恩恵」を発表した。