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大槻ケンヂ「パナギアの恩恵」で明るい希望と新たな心境を歌う!?

特撮がニューアルバム「パナギアの恩恵」をリリースした。オリジナルアルバムとしては実に7年ぶりとなる今作では、従来の特撮同様、ヘヴィメタルやプログレッシブロックサウンドを基調にしつつも、よりポップさ、シンプルさを追求。さらにボーカリスト・大槻ケンヂの手による詞の世界も、これまでとはある意味正反対、しかし確実に大槻ファンを納得させるだろう新しい色合いを見せている。

キャリア12年を誇る超絶技巧集団が、今ニューモードを披露するそのワケは? 大槻に話を訊いた。

取材・文 / 成松哲 インタビュー撮影 / 佐藤類

僕は御神輿みたいなもの

──昨年、セルフカバー中心に構成されたアルバム「5年後の世界」リリース時のインタビューでは「(アルバムリリース後の)ライブが終わったら特撮としての予定は何もない」とおっしゃっていて、今春刊行の新書「サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法」(白夜書房)では、2007年にアニメ「さよなら絶望先生」のプロジェクトが始まる以前の特撮を「後期」と呼んでいて……。

大槻ケンヂ(Vo)

確かに「後期」って言ってた(笑)。

──だから当面活動しないのかと思ってたんですよ。なぜ今、新作を?

皆さんに聞かれるんですけど、うまく予定が合ったからっていう感じでもあるんです。逆に特撮って、メンバーがみんな別の音楽の仕事をして多忙なので、予定が合わないと活動ができない。それこそ今回だってドラムのARIMATSUはアルバムの制作直前までVAMPSのライブをやってたし、ギターのナッキー(NARASAKI)はももクロちゃんの曲を同時に作ってましたし。

──それなら「予定が合っていない」気もしますが……。

そういえばそうだ(笑)。みんなのモチベが高まってってのももちろん、例えばARIMATSUなんかは、そういうスケジュールでありながら「特撮やろうよ!」って言ってくれたし、メーカーのスタッフも「やりましょう!」って言ってくれていたし。個人的には筋少(筋肉少女帯)も含め、もうアルバムはさんざん出したんで、そろそろ大物海外アーティストみたいに5年に1枚くらい出しとけばいいのでは、とも思うんですけどね(笑)。

──あっ、特撮って「大槻さんのバンド」というか、大槻さんを中心に動くプロジェクトなんだと思ってました。

いえいえ、他でもそうなんですけど、40代になってからって、バンド内ではああだこうだ言わないようにしてるんですよ。自分がつくづく音楽というものがわかってないことを自覚するようになったので(笑)。だから僕はもう御神輿みたいなもんですよね。バンドのスケジュールについても音的なことについても、みんなメンバーにおまかせ。担ぎ出してもらってるんです。それでもメンバー全員、特撮での活動歴も長いし僕とも長いから、あうんの呼吸というか、ちゃんと「これだ!」っていう音を作ってきてくれるんで、ありがとうです。

シンプル&ストレートがコンセプト

──レコーディング前に綿密なミーティングがあったわけではない、と。そのわりに「パナギアの恩恵」ってかなり挑戦的なアルバムになりましたよね。ゴリゴリのスラッシュメタルやプログレをやるのではなく、これまでどおり十分ハードではあるものの、どこかポップで、外に開いた感のあるサウンドになっています。

今回は「シンプル&ストレート」がコンセプトの1つだったんですよね。僕が「5年後の世界」をリリースしたときのライブのMCで「特撮はシンプル&ストレートで~」って繰り返してたら、プロデューサーでもあるナッキーが「次のアルバムはシンプル&ストレートでいきましょう」って。それで以前のようなデスメタル的なノリは少なくなったんだと思いますよ。楽器の使用量もいつものアルバムよりも少ないんじゃないのかなあ。

──オーバーダビングの回数を減らしたってことですか?

大槻ケンヂ(Vo)

それはわからないんですが、なんか音を重ねることよりも空間を大事にする感じはありましたね。それがイコールシンプルな感じ、ストレートな感じに聴かせてるんだと思います。あと歌録りもシンプル&ストレートでとにかく早かった。「薔薇園 オブ ザ デッド」なんか2、3回しか歌ってないし、「桜の雨」もホントに難しい曲なんだけどやっぱりそんなに歌ってない。「キーが高いから何度も歌うと声が潰れる」ってナッキーが言ってくれて。

──でもものすごくこなれているというか、歌い上げている感じがします。

それはナッキーがこの数年間、ホントにいろんな現場でいろんな人の歌を録ってきた経験によるものなんでしょうね。声優さんなんかの場合は、ロックバンドのボーカリストと違って微妙にでも声を潰させちゃいけない。レコーディングのあと、ほかの現場が入ってることもあるから。そういう人たちとの仕事を通じて、歌録りがさらにうまくなったんじゃないですか。そういう仕事ぶりも、これまでのパンクでバイオレンスな感じじゃない、ちょっと大人なサウンドに反映されているのかもしれない。ナッキーはじめ楽器演奏陣が、すごくエモーションをコントロールしている感じを受けましたから。

中音域をフィーチャーしてくれた

──アレンジやレコーディング以外にサウンドの制作スタイルに大きな違いってありました?

アルバム全体を通してキーが低いんですよ。これは筋少の曲だけど「日本印度化計画」の「エキサイター! ナチュラルハイトリップ!」みたいなシャウトをするところはほとんどない。直接ナッキーに聞いたわけじゃないけど「僕の中音域みたいなものを上手にフィーチャーしましょう」みたいなサウンドコンポーザーとしての意図があったんじゃないのかなあ。

──「直接聞いたわけじゃない」って、サウンドに関しては本当にプレーヤー陣におまかせなんですね。

大槻ケンヂ(Vo)

業界用語で言うところの「おまかせちゃん!」ってやつですかね(笑)。周りはみんなプロなんだし、スムーズにアルバムを作りたいなら音楽にあまり詳しくないヤツは黙ってることが大事なんですよ。だってエディ(三柴理)なんか、あのピアノを初見で弾いちゃうんだから。

──NARASAKIさんが「アレンジ完成したよ」ってスコアを渡せば、その場で弾けるってことですか?

初見で弾けて、さらに完璧に練習で仕上げてきますからね! だからもう音的なものは、そういう日本でも指折りの人たちにおまかせしちゃったほうがいいんですよ、僕の場合。長い音楽活動の中でようやくそれがわかりました(笑)。

ニューアルバム「パナギアの恩恵」 / 2012年12月12日発売 / 2800円 / スターチャイルド / KICS-1853
ニューアルバム「パナギアの恩恵」
収録曲
  1. 薔薇園 オブ ザ デッド
  2. くちびるはUFO
  3. タイムトランスポーター2「最終回 ジャンヌダルク護送司令・・放棄」
  4. GO GO!マリア
  5. 桜の雨
  6. Arion~Hommage a Claude Debussy
  7. 鬼墓村の手毬歌(Short Edit Ver.)
  8. 13歳の刺客 エピソード1
  9. じゃあな
  10. ミルクと毛布
特撮 (とくさつ)

2000年、筋肉少女帯を脱退した大槻ケンヂ(Vo)がNARASAKI(G / COALTAR OF THE DEEPERS)、三柴理(Piano, Key)、ARIMATSU(Dr)、内田雄一郎(B / 筋肉少女帯)とともに結成したロックバンド。同年2月に1stアルバム「爆誕」をリリースしツアーを行うが、ツアー終了後に内田が脱退。以後はサポートベーシストを迎えて活動を継続する。2006年に大槻の筋肉少女帯再加入を機に活動を休止。2011年4月にライブツアー開催を突然発表し、同年6月にはアルバム「5年後の世界」をリリース。2012年12月に7年ぶりのオリジナルフルアルバム「パナギアの恩恵」を発表した。