TM NETWORK「TM NETWORK THE VIDEOS 1984-1994」宇都宮隆インタビュー|「濃密すぎる10年」を駆け抜けた男たち

やんちゃしても表に出なかった時代

──宇都宮さんは「TMN final live LAST GROOVE」の映像はご覧になりましたか?

DISC 7「TMN final live LAST GROOVE 5.18」のワンシーン。

まだ観ていないですね。基本、ライブ映像は編集作業のときにチェックして、それ以降は観ないんです。

──昔の自分の姿をファンに観られることに対して、恥ずかしいと思うことは?

そこまで恥ずかしくはないです。むしろ「よくがんばったよね!」と褒めたい部分はあるかも(笑)。

──映像を観直さないとなると、宇都宮さんは当時を振り返ることもあまりないんでしょうか?

「あの頃は大変だったな」と思い返すことはありますけど、TMでの活動はあまりにすごかったから、覚えていないところも多いんです。でも地方公演での何気ない場面は不思議と印象に残っていて。ライブが終わったあと、閉店直前のゲームセンターに駆け込んで「すみません! TM NETWORKという者なんですけど……」と交渉して、貸切で使わせてもらったことがありましたね。あとはホテルでパターゴルフをやったりもしました。エレベーターを使って、ほかの階のスタッフの部屋にカップを置いて、そこまで何打でいけるか競ったり。

──よく怒られませんでしたね(笑)。

とっても迷惑な話ですよ(笑)。メンバーとスタッフで貸切状態だったとは言え、一般の方も使ってただろうし。

──TM NETWORKは作り込んだ世界観が特徴的ですが、そのイメージを守らなきゃいけないというプレッシャーはありましたか? 人間味のある部分は表に出さないよう気をつけたり。

表に出しちゃいけない、というわけではなかったんです。逆にあの時代は、僕らの普段の姿が表に出るような機会がなかった。だからこそやんちゃなことができたのかもしれないです。

TMでもソロでも変わらない姿勢

──宇都宮さんはTMでの活動とソロでの活動、どちらにも一貫した美学があるように感じますが、ご自身では意識されていますか?

特別継承しようとは考えていませんね。自然と続いていると言えばいいのかな。

──TMは1994年の活動終了から1999年の復活まで間が空きましたが、復活して3人が集まったときも違和感がなく、当時と同じスタンスが脈々と続いているようでした。その点は宇都宮さんの中にある美学が変わらなかったことも、大きく関わっていると思うんです。

僕がソロ活動を始めたとき、もし「8ビートしかやらない」「こんな歌い方しかしない」みたいなスタイルに変わっていたら、違和感が生まれていたでしょうね。芯がブレなかったから、ソロ活動でこだわっていたやり方をそのままTMでも反映できたのかもしれないです。でも中には「この歳でこの歌詞は大丈夫かな……」「恥ずかしいじゃん、これ」と思う曲もあるんですよ。それでも小室が(しゃべり方を真似しながら)「もしよかったらやってよー」ってお願いしてきたらちゃんと歌います(笑)。

──TMとソロ、それぞれ大変な部分は異なりますか?

ソロはすべて自分が発信しないといけないから、やりたいことが浮かんだらとにかく形にしていくんです。そこがTMとは違った大変さでね。

宇都宮隆

──どちらが性に合う、ということはなく?

性に合うかどうかというよりは、ソロは単純にやりやすくなったという感じ。自分のペースで活動できるようになりましたから。TMのときは忙しすぎて24時間がすごく短かったけど、今はやりたいことを考える余地があるし、多少自由な時間も作れるようになった。昔の忙しかった時期も大切だけど、今もすごく大切です。どちらの活動も大切だと思えなかったら、ここまで音楽を続けられなかったですね。

──現在、宇都宮さんは歌謡曲をテーマにしたライブ「それゆけ歌酔曲!!」を行ってますね。

これはもともとチャリティイベントとして始まったんです。これまでフォーク・パビリオン(宇都宮、木根、浅倉大介によるユニット)でも何回か歌謡曲をカバーしてたんですけど、みんなだんだんと忙しくなっちゃってね。それで僕1人でも何かできないか考えているうちに「昭和」というテーマが降りてきて(笑)。そこから昭和の歌謡曲をカバーするアイデアが生まれて、回数を重ねていくうちにアレンジを変えたり、洋楽の要素を混ぜてみたりしています。特にアレンジは「これとこれが合体できた!」っていう発見が楽しみで仕方なくてね。

──なるほど。

リハもすごく楽しいんですよ。実は僕、「毎日めんどくさいなー!」と思うぐらいリハが嫌いな人間だったんです。こんなことあるんだな……って驚きましたね。

──TM NETWORKというグループは、言うなればそれまでお茶の間を席巻していた歌謡曲に対するカウンター的な存在だったと思うんです。なので宇都宮さんと歌謡曲という組み合わせはちょっと意外なところもあって。

歌謡曲は小学生の頃から好きでした。昔はテレビを付ければ、必ず歌謡曲が流れていましたから。でも歌謡曲をそのままカバーするのはちょっと違うと思って、そこから洋楽のテイストを混ぜるスタイルが生まれたんです。年々ライブの本数が増えていて、60歳を過ぎた人にとってはちょっと大変だけど(笑)。

楽曲だけでなく、グループそのものを愛してくれたFANKS

──これまで宇都宮さん自身、TMの影響力を実感することはありましたか?

しばらく時代が経ってから、同じ業界の人でFANKS(※TM NETWORKのファンの呼称)だった方とたくさん会いました。実はTMって、アルバムやシングルの売上枚数はそこまで多くなかったんです。例えば米米CLUBだと「浪漫飛行」、レベッカだと「フレンズ」みたいに、同世代のミュージシャンは一般層にも認知されているような代表曲を発表していましたよね。

──「アーティスト自体に興味がない人でも知っている曲」ですね。

そうそう。でも僕らは当時そういう曲が作れなかったし、FANKSがどのくらいいたのか実感できなかったんです。TMは当時アイドルのような扱いをされていたので、「好きだけどほかの人にそのことが言えない」という人が多かったのかもしれないですね。ジャニーズ系が好きな方とバンドが好きな方、どちらに対しても好きだと言いづらかったのかもしれない。ところがあとになって、楽曲単体ではなくTM NETWORKというグループ自体をとても気に入ってくださった人が多かったとわかったんです。

──コアなFANKSの数がとにかく多かったと。

しかもミュージシャンだけでなく、さまざまな分野の方がFANKSだと教えてくださって。そこで当時の影響力がどれだけ強かったのか……ようやく実感できた気がしましたね。

宇都宮隆