BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之(Programming, B)とThe Novembersの小林祐介(Vo, G)によるロックバンド・THE SPELLBOUNDの2ndフルアルバム「Voyager」が8月28日にリリースされた。
昨年はBOOM BOOM SATELLITESのデビュー25周年を記念して、同バンドをさまざまな形で再現するワンマンツアー「BIG LOVE TOUR -BOOM BOOM SATELLITES 25th Anniversary Special-」を行い、往年のファンから大きな注目を浴びてきた彼ら。その一方で、BiSやAI歌声合成ソフト「Synthesizer V AI 夢ノ結唱 POPY」「Synthesizer V AI 夢ノ結唱 ROSE」プロジェクトへの楽曲提供など、さまざまな新しい試みも行われてきた。そうした歩みの結晶となるような「Voyager」の裏側にはどんな思いがあるのか? 中野と小林の2人にインタビューを行い、前アルバム「THE SPELLBOUND」発表後の活動や「Voyager」の制作背景を聞いた。
取材・文 / 柴那典撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)
「この先どんな未来が待っているんだろう」願いや希望を乗せた“Voyager”の旅
──アルバム、素晴らしかったです。THE SPELLBOUNDというバンドの音楽性が拡張し、いろんな可能性と広がりを得ているようでした。お二人は、前のアルバム「THE SPELLBOUND」からの2年間で、バンドがどう変わってきたと捉えていますか?
中野雅之(Programming, B) まず、ライブバンドとしてのアイデンティティを獲得してきたと思います。それから小林くんと一緒に、BiSや「Synthesizer V」という音声合成ソフトウェアに提供するための曲を作る機会があって。小林くんの作家としての能力を引き出す試みの中でできた曲を、今回のアルバムにセルフカバーとして収録したことで、オリジナル曲だけのアルバムではできなかった挑戦がふんだんに盛り込まれています。正直、最初はそれがアルバムというひとつの作品の塊として説得力を持つかどうか、あんまり確証がなかったんです。でも、完成したときにアーティスト像がしっかり立ち上がってきたので、「芯の部分に2人で作ってきた揺るぎないものがある」と改めて確認できましたね。
小林祐介(Vo, G) 僕は去年の「BIG LOVE TOUR」でBOOM BOOM SATELLITESの曲をたくさんカバーした経験がすごく大きくて。1stアルバム「THE SPELLBOUND」を作っているときは「どんなライブをして、どんなファンに会いに行けるんだろう。どんな景色が見えるんだろう」と手探りな状況で、とにかく自分たちの音楽はなんだろう、僕たちが出会った意味はどんなことなんだろうと考えていました。そんな中でTHE SPELLBOUNDの音楽とBOOM BOOM SATELLITESの音楽がひとつになるツアーで見えたものが、僕はとても印象に残ったんです。僕はBOOM BOOM SATELLITESのいちファンでもあったから、自分もその一部としてファンを巻き込んで、みんなでひとつの大きな音楽を鳴らしていることに、とにかく感動したんですよね。その経験で得たものが、楽曲の端々に宿っている気がします(参照:「BIG LOVE TOUR -BOOM BOOM SATELLITES 25th Anniversary Special-」ファイナル公演レポート)。
──中野さんは「BIG LOVE TOUR」をやったことは、どんな血肉になったと思いますか?
中野 ベタな言い方をすれば、過去と現在が地続きでつながっている、ということを体感できました。このツアーではThe Novembersの曲も演奏しましたが、基本的にはBOOM BOOM SATELLITESの曲をたくさんカバーしました。でもTHE SPELLBOUNDと異なる音楽が鳴っている感じはあんまりなくて、2つのバンドの曲が同じ空間で鳴っていることがシームレスに描かれていた。それで絆みたいなものが深まったし、僕たちの自信やアイデンティティにもつながったと思います。
──アルバムの「Voyager」というタイトルはどの段階で決まったんですか?
中野 完成直前、最後のほうですね。
──どういう象徴として、この言葉がしっくりきたんですか?
中野 まず音楽に対する探求や旅を表している言葉だなと。それから僕も小林くんも、キャリアや歳を重ねたことで「この先どんな未来が待っているんだろう」というポジティブな探求心があって。そういう僕たちの考え方であったり、このアルバム全体を表しているものとして「Voyager」という言葉があります。
──「ボイジャー」というのは惑星探査機の名前でもありますね。
中野 ええ。僕が小さい頃に惑星探査機として飛ばされたボイジャー号は、今は太陽系の影響が及ばないであろうエリアに突入しようとしているんです。木星に到達したのはずいぶん昔で、探査機としての役割も終えている。でもその先で、ずっと太陽系の外側に向かって飛び続ける。ボイジャー号が今も宇宙を旅し続けているのはとてもロマンチックだし、僕の人生の中で非常に感慨深いものでもあって。そういった部分も重ね合わせています。
小林 中野さんが「Voyager」というタイトルを出してくれたときに、僕もボイジャー号について調べました。たくさんの人の願いや希望を受けて宇宙へ飛んでいったものが、エネルギーが尽きたあとも旅を続けている。そういう象徴として捉えると、今の自分たちや、中野さんのセカンドキャリアに結び付けられる背景やイメージがあったんですよね。いろんな願いや希望を持って「それでも人生が続いていくんだ」というポジティブな思い、未知なところに勇敢に飛び込んでいく少年のような冒険心、1人の大人として人生を歩んでいく意志、諸行無常など、そういったものが「Voyager」という言葉に全部集約されていて。僕たちの音楽作品そのものに、深みやいろんな目線を与えてくれました。
人と関わることは、こんなに豊かなことが起こりうるんだ
──ここ最近は、アニメ「ゴールデンカムイ」のエンディングテーマとなった「すべてがそこにありますように。」をきっかけに新しいリスナーが増えたり、先ほど中野さんがおっしゃった楽曲提供やコラボなど、新しい出会いがあったりした期間だったと思います。THE SPELLBOUNDというバンドを始めたときには関わっていなかったカルチャーとつながることによって、どんな扉が開いたと思いますか?
中野 1つひとつが自分たちのクリエイティブを少しずつ拡張してくれるきっかけになりました。僕らだけで制作していても手の内が見えるから、小林くんを外部に駆り出そうと思ったんですね。彼は純粋なバンドマンなので、自分1人やバンド内だけで制作が完結していたんです。そこで無理やり外へひっぱってきて、「人のために曲を作ってみよう」と。結果小林くんは猛勉強することになったんですけど、それはすごくいい経験になったんじゃないかと。ほかの人の人生のために曲を作る、歌詞を書くことにチャレンジしたことで、作家としてたくさんの経験と知識をいっぺんに得ることになった。それが「Voyager」には反映されていて。1stアルバムに比べて外に広がり、音楽的に拡張したのは、その経験が大きかったんじゃないかなと思います。
──プロデュースや楽曲提供を経験することで、自分たちのバンドにフィードバックがあるはずだという確信があった。
中野 そうですね。特に小林くんの中で眠っているポテンシャルを引き出したかったので。1stアルバムを制作していたときから、小林くんのいい部分が全然出てこなくて「あれ? なんでだろう?」みたいなことがよくあって。それでやりとりしていると、小林くんは自分自身のいい部分に対して無自覚なことが多かったんです。すごくいいものとそうでもないものの落差があって、僕はすごくいいものだけを抽出したいから、それが自覚的に出てくるようにしたほうがいい。どうやっていいものを確実に手に入れるか、2人で試行錯誤した時間が多かったです。僕も学びがありましたけど、小林くんはミュージシャンとしても作家としても、さらに成長しています。
──小林さんとしてはどうでしょう? 今回の楽曲制作を振り返って、どんな手応えがありますか?
小林 さっきの“新しい出会い”というお話を踏まえたら、THE SPELLBOUND自体が僕にとって新しい出会いの連続で。新しいファンに新しい文化、新しい生き方など、そういう出会いの連続がTHE SPELLBOUNDそのもので、1stアルバムを作っていた頃からずっと続いています。それから楽曲提供に関して言うと、「もっと欲張りになっていいんだ」と気付いて、僕1人だけじゃなく、仲間も幸せだったらもっと幸せだと思えるようになった。THE SPELLBOUNDとして中野さんと活動していると、“僕たち”というものの規模が膨らんでいくんです。たくさんの人を幸せにすることで、僕自身がより幸せになりたいという感覚になる。でも、そういう目線から外れて「頼まれたから作らなくちゃ」とか「中野さんにこういうアドバイスをもらったから打ち返さなきゃ」みたいに、幸せとは全然別の意識で取り組んでいると、やっぱりいい作品は生まれない。それが一番の学びだったかもしれません。「これは本当の気持ちで作れた気がする」と感じたときは、中野さんは絶対その歌詞やフレーズに反応してくれるんですよ。そういう経験を通して、人生の羅針盤に出会えたような感覚があったし、「人と関わることは、こんなに豊かなことが起こりうるんだ」ということもわかった。「Voyager」というアルバムに対してすごくポジティブな印象を抱いているのは、そんな体験を経たこともありますね。
生身の人間が作る音楽だからこそ宿るもの
──BiSに提供した「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」、AI歌声合成ソフト「Synthesizer V AI 夢ノ結唱 POPY」「ROSE」に提供した「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」「マルカリアンチェイン」は、提供する段階から「Voyager」でセルフカバーするアイデアがあったんですか?
中野 うっすらですけどありました。僕自身は生成AIの技術に対して、いろんな角度から関心があって。今は違和感も含めて楽しんでいる状況だけど、人間の感性を超えてくることがあるのか、逆に人間が作ったものがどういう価値を持ってくるのか、気になっているんです。それから「Synthesizer V」用に作った曲はマシンガンのように音符や言葉を連発する部分があるんですけど、それを小林くんが歌ったときにどんなものになるか楽しみでした。ほかには「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」はBiSの未来のために作った曲なので、それを小林くんが歌ったとき、普遍的なメッセージを帯びるのか興味があった。この曲、実は完成ギリギリまで悩んだんですけど、最後にサウンドをまとめ上げたとき、強く惹かれるものが生まれたからよかったです。
──その一方で、今回のアルバムにはバンドの核心にあるものを描いた「LOTUS」のような曲もあります。この曲はTHE SPELLBOUNDの持つある種のスピリチュアリティ、神聖なものを体現していますが、これがあるとないとで、ほかの曲の響き方も変わる気がするんです。例えば「イーアーティエイチスィーナーエイチキューカーエイチケームビーネーズィーウーオム」は、抜けのよさがちゃんと痛快さとして伝わる。そんなバランスで成り立っているアルバムだと思いました。
中野 収録曲同士がお互いを補完し合うことについては、実はあまり意識しないまま制作を進めていたので、曲順を決めるとき一気に説得力が生まれて非常に驚いたんです。僕たち自身でも「こういうことをやっていたんだな」と客観的にわかりました。
──「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」と「マルカリアンチェイン」に関して、小林さんは歌ってみてどうでしたか?
小林 この2曲はまず僕の仮歌で曲を作って、そのあと「POPY」「ROSE」に合わせて中野さんがアレンジしていきました。ソフトを用いた完成版を聴いたとき、よりアグレッシブかつ華やかで、僕が歌ったときとは別の何かが宿った感覚は間違いなくあったし、ひとつの音楽として素晴らしいものになった。だからこそセルフカバーで僕が歌うとなると、オリジナル版とは別の魅力を生み出さないと、対抗できないと思ったんですね。ボーカルを差し替えれば一丁上がり、というインスタントな考えでは到底太刀打ちできない領域だった。それは僕と中野さん、両者にとって「生身の人間として、音楽に何を宿らせられるんだろう」という課題になったんです。頭で考えたり、「こう歌えばこうなるだろう」といった手法とは全然違うもの。再現とかそういうことじゃなくて、魔法みたいなもの、というか。言語化するのは難しいんですけど、この経験も印象的でした。
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ラップでも歌でもない、小林祐介ならではの新しい歌唱法