音楽と言葉に導かれ続けたTHE SPELLBOUND、集大成を示した「LOTUS」とこれからの活動ビジョン

昨年11月にアニメ「ゴールデンカムイ」のエンディングテーマを収録したシングル「すべてがそこにありますように。」を発表し、幅広い層に名を広めることに成功したTHE SPELLBOUND。今年5月に行われた主催企画「BIG LOVE Vol.1」ではBOOM BOOM SATELLITESをさまざまな形で再現する“BOOM BOOM SATELLITES 25th Anniversary Set”体制でパフォーマンスを行い、往年のBOOM BOOM SATELLITESファンからも改めて注目を浴びている。

そんな中、THE SPELLBOUNDは8月23日に新作「LOTUS」をリリースした。この作品はシングルCDとBlu-rayの2枚組で、シングルには表題曲とそのリミックス版の「ここにぼくらがいること」を収録。同じ歌詞でありながら、サウンドやアレンジが大きく異なる2曲が完成した。一方Blu-rayには昨年7月に行われたツアー「THE SPELLBOUND TOUR」東京・Zepp Haneda(TOKYO)公演のライブ映像と同ツアーの模様を追ったドキュメンタリーが収められ、当時のバンド内の雰囲気が味わえる作品に仕上がっている。音楽ナタリーでは「LOTUS」のリリースに合わせてTHE SPELLBOUNDにインタビュー。各ディスクの内容をはじめ、前作「すべてがそこにありますように。」発表後の活動、そして今後の予定について話を聞いた。

取材・文 / 田中久勝撮影 / 森好弘

THE SPELLBOUNDがBOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏する意味

──新作「LOTUS」には昨年行われたTHE SPELLBOUNDの初ツアー「THE SPELLBOUND TOUR」のファイナル公演、東京・Zepp Haneda(TOKYO)のライブ映像を収めたBlu-rayが付属しています。あのライブのアンコールでBOOM BOOM SATELLITESの「LAY YOUR HANDS ON ME」を演奏したことが、今年5月にLIQUIDROOMで行われた自主企画「BIG LOVE」につながり、そして新作「LOTUS」の制作ともリンクしたような感じがしました。

中野雅之(Programming, B) 毎回ワンマンではThe NovembersとBOOM BOOM SATELLITESの楽曲を1曲ずつカバーするんですが、それは僕にとっても小林(祐介)くんにとっても、THE SPELLBOUNDという新しいバンドを結成するまでの歴史やストーリーを踏まえてやっていることで。2つのバンドは1つの時間軸の上で、ずっとつながっているものと捉え、THE SPELLBOUNDでの表現の一部としてカバーを組み込んでいました。何度か演奏していくうち、小林くんが歌うBOOM BOOM SATELLITESの曲は「カバーという領域を超えている」と感じてきて。それは憑依しているというか、目をつぶって演奏していると、その曲を何年も前から披露し続けていたような気持ちになるんですね。とても自然に受け入れることができるので、ファンサービスのためにカバー曲を披露している、という感覚がほぼないんです。

中野雅之(Programming, B)

中野雅之(Programming, B)

──なるほど。

中野 当時と変わらない感覚だけでなく、アップデートされてこの時代に鳴らしている意味も深く感じながら演奏できています。「LAY YOUR HANDS ON ME」は川島道行(2016年に死去したBOOM BOOM SATELLITESのフロントマン)がライブで一度も歌うことができなかったのですが、この曲を去年のツアーで演奏してみたら、曲という器に魂が入るような感覚があって、「この気持ちを大事にしていこう」と思えるようになりました。それが「BIG LOVE」という企画を開催するに至った真意ですね。でもBOOM BOOM SATELLITESの曲だけを1時間分のセットリストにギュッと詰め込む、という発想はなかったんです。そんな中BOOM BOOM SATELLITESがデビュー25周年を迎えて、スタッフからいろんな意見が飛び交ったので、「じゃあ、BOOM BOOM SATELLITES縛りのライブをやってみようか」ということになって。結果的にすごいライブになったと思います。

──あのライブで小林さんがBOOM BOOM SATELLITESの曲を歌っている姿を見たら、まるで川島さんが憑依したようで、ある意味ナチュラルに感じました。失礼な話かもしれませんが、「THE SPELLBOUNDではなくBOOM BOOM SATELLITESとして活動を続けてもよかったのでは」と思うほどだったのですが、THE SPELLBOUNDの通常編成のライブを観たあとには「この音楽が聴けなくなるのはもったいない」とも思い直して。

中野 川島道行とお別れして、小林祐介と出会ったあとも、BOOM BOOM SATELLITESというバンドが存在し続けていることは間違いないですね。僕の中ではBOOM BOOM SATELLITESとTHE SPELLBOUNDにはたくさんの共通項があるし、青春時代を過ごしたものと現在進行形のもの、という捉え方もできます。今BOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏することで、新たに学べることも多いです。

──Zepp Hanedaのライブでは涙を流しながら「LAY YOUR HANDS ON ME」を聴いているファンもいましたが、小林さんはこの曲を歌い、ファンの反応を目の当たりにしてどんな思いでしたか?

小林祐介(Vo, G) 皆さんの表情はよく見えていたので、音楽でひとつになれているという充実感がありました。それから僕はBOOM BOOM SATELLITESの大ファンでもあるので、すごく不思議なこと、特別なことが起こっているという感覚もあって。そこに自分自身の感動も混ざって、歌い終わる頃にはいろいろな思いが押し寄せてきました。歌っているのはもちろん僕ではあるのですが、イヤモニで川島さんの歌声を聴きながらBOOM BOOM SATELLITESの曲を歌うこともあるので、「歌っているのは1人だけど1人じゃない」と思える心のありようというか、何かに支えられている安心感があるんです。

小林祐介(Vo, G)

小林祐介(Vo, G)

──はい。

小林 僕はBOOM BOOM SATELLITES以外にもいろいろな音楽から影響を受けて、青春時代には助けてもらったり、勇気付けられたりしました。その中からさまざまな曲をカバーしてきましたが、僕が歌ったものに対して「ナチュラルだ」と感じてくださったり、「長年披露し続けていたように感じた」と言っていただけたことは今までありませんでした。もちろんオリジナルメンバーである中野さんとBOOM BOOM SATELLITESの曲を演奏しているという大前提はありますけど、影響を受けた音楽をただ好きなように歌うだけでは、そういうところにはたどり着けない。だからBOOM BOOM SATELLITESの曲を歌うと、いろいろな人の気持ちや思いが重なって、不思議な気持ちになります。どれくらい僕が原曲に寄せるかではなく、みんなの中にあるBOOM BOOM SATELLITES像とか、音楽の魂みたいなものがその場で召喚される、というか。

──今お話を伺っていて、そういう思いが今回の「LOTUS」の歌詞にも昇華されていると感じました。

小林 歌詞は音楽から自然に導かれて出てきた言葉たちなので、「こういうものを作ろう」「こういうメッセージを書こう」みたいな青写真があったわけではなくて。本当に自然とできあがりました。

これまで以上に高純度、バンドの集大成を示した「LOTUS」

──「LOTUS」のCDには表題曲に加え、同楽曲のアレンジとタイトルが異なる「ここにぼくらがいること」が収録されていますが、この制作意図を教えてください。

中野 「LOTUS」というタイトルはだいぶあとになって決まったのですが、この曲はこれから僕たちが作っていく音楽の軸になるもの、大切にしていくべきものだと感じています。オリジナリティや包容力があるし、今僕らが思いつく、新しい日本語のポップスの最先端を表現できている。それに、日々大量の言葉が過ぎ去っていきますが、そういった言葉たちが生み出す景色をさまざまな形で見せたくて。セルフリミックスのアイデアはそこから浮かんで、違うジャンルのサウンドを当てると見える景色も変わってくるから「別のタイトルを付けてもいいのでは」という考えに至りました。時間が許せばもっと複数のバージョンも作りたかったです。

──小林さんは今回の制作方法を聞いたとき、どんな捉え方をしましたか?

小林 もともとは「これまでの活動を総括した、集大成的なシングルを作る」という話があったんです。そこから中野さんが「いろいろなバージョンを作って、多面的に見せてもいいかもしれない」というアイデアを提案してくれて。原曲となる「LOTUS」も制作中にどんどん姿が変わったので、「こんなところまで到達できたんだ」という驚きが常に更新されました。中野さんが作る音楽でリスペクトできるところは、“ただの音楽”ではなく、そこに文学みたいな要素があったり、五感が拡張されていくような感覚、「どこかに連れていってくれた」という充実感が残るところです。今回のシングルは「LOTUS」とそのリミックス版「ここにぼくらがいること」という2曲構成だからこそ、より純度が高いものが作れたと思います。

──「LOTUS」「ここにぼくらがいること」の歌詞は、音に導かれてできたものでもあるでしょうし、小林さんがTHE SPELLBOUNDとしての活動を経て出てきた言葉たちでもあると思いますが、ひと筆書きでできあがった歌詞なのでしょうか?

小林 もちろんひと筆書きで書けた部分もありますが、やっぱり音楽に導かれてできた部分が多いです。デモ音源を制作するときは何気なく自然に思い浮かんだ言葉を入れることがあるんですが、その言葉に説得力が生まれて、「あのときパッと思い浮かんだのはこのためだったんだ」と必然性を感じることもあったり。最終的にはそういう言葉だけが残るので、1曲自体が言葉の結晶とも言えます。

中野 音楽に歌詞が付いたとき、意外な意味合いを帯びてきたり、予想外の感情を掻き立てられたりすることがあって。それがリスナーの人生とくっついたとき、それぞれの情感やストーリーが生まれるんだと思います。僕自身にも毎回驚きがあって、小林くんの言葉と僕が作った音楽が合わさったときに生まれる、得も言われぬ相乗効果みたいなものは、THE SPELLBOUND以前のキャリアの中では感じたことがなかったんです。それから川島くんとはずっと英語詞で曲を作り続けていて、どこかのタイミングで日本語詞に挑戦したかったのですが、川島くんは絶対に乗ってこなくて、結局作ることができなかった。それは勇気がなかったか、それともアイデアがなかったか、もしかしたらその両方かもしれない。なので小林くんと日本語詞の曲を作ることができたのは念願でした。最近50代になって、音楽家としてさまざまな道を歩んできましたし、あとどれくらい作品を発表できるかわからないですけど、成熟した世界観や包容力など、若い頃は表現するのが難しかったものを作ることができていて。これはこれですごく意味があることだと思っています。

中野雅之(Programming, B)

中野雅之(Programming, B)

このバンドを失ったら、何をやっているのかわからなくなるかもしれない

──中野さんは音を作っている最中、どのように歌を乗せていくんでしょうか?

中野 いろいろなパターンがあって、小林くんがメロディを先に作ってくれたときは部分的に歌詞が付いていることもあるんです。おそらく制作していたときの気分で自然と出てきた言葉だと思うのですが、そういう完成していない、なんとなく口から出てきた言葉が最後まで残るケースが意外と多くて。その言葉に対して音楽的にアプローチし、小林くんに聴いてもらうことで、さらにどんな言葉がほしいかイメージが湧いてきます。だから共同作業でできている部分が多くて、僕も歌詞に対してディレクションすることがある。小林くんには具体的にオーダーするというよりは、「こういうプロットで、こんなストーリーを描いたらどうか」と提案することがほとんどです。

小林 なぜ最初にこの言葉が生まれたのか、理由が全然わからないこともありますけど。

中野 「ここにぼくらがいること」という歌詞もそうだもんね。デモ音源のときからあった言葉なんです。最初はなんの意味を持っていなかったけど、何かがありそうな感じはした。

──曲作りはその“何か”を掘り出していく、感覚の作業でもある。

中野 そうです。僕らの場合、最初に架空の恋愛のストーリーを描く……みたいなことはまずなくて。神様が連れてきてしまった言葉を「これはどういう意味を持っているんだろう」と考えて、さまざまな角度から光を当てることで「実はとっても素敵な言葉なのでは?」と実感できるか探る感じ。どこか哲学的になってきたり、人生の本質的な部分を示していたり、そういうところからどんどん導かれていって、世界観が生まれてくる。

──小林さんは言葉を紡ぐために、普段から積極的にいろいろなことやモノに触れ、インプットしているのでしょうか?

小林 インプットの作業を意図的にやっていた時期もありましたが、そういうときは純粋に言葉を楽しめなくて。感動する言葉や歌詞は、僕だけでなくほかの人も同じような感情を抱きますよね。でも参考資料として詩や本を読んでいたら、そういう感動をスルーして、作家的なエゴや作為で言葉を見るクセが付いてしまって。作為があると作業もストレートにできなくなるので、今はそういうものをなるべく排除し、純粋な状態で音楽と向き合うようにしています。モヤモヤしたものが、もう少しで言葉として思い浮かびそう……という予感をなるべく逃さないようにする瞬発力が大切で。なので「やると決めたらやる」とか、そういうことを一番心がけています。

小林祐介(Vo, G)

小林祐介(Vo, G)

中野 The Novembersの音楽も、言葉が重要な要素を担っていますよね。The Novembersはインディーズでずっと活動してきて、誰にもコントロールされず、自分たちのユートピアを大事にしていますが、小林くんの才能をもっとたくさんの人に知ってほしくて。なのでBiSに楽曲提供を依頼されたときも、僕単独ではなくTHE SPELLBOUNDとして作らせていただきました(参照:BiSニューシングル制作陣の中野雅之&小林祐介も登場|新体制で再スタート切った第3期BiSの現状)。それからDISH//に提供した「FLASH BACK」(※2020年発表のミニアルバム「CIRCLE」収録)も小林くんと作りましたし、そういう作業は彼にとっても新しい経験になったんじゃないかと。楽曲提供はTHE SPELLBOUNDの曲を作るのとはまた違う、右脳も左脳もフル稼働させる作業で。「もっと積極的に書かなければいけない」という状況になるから、小林くんにとっては修行みたいなもので、職業作家のようにスルスルと書いて完成……という感じではなく、一緒にうなりながら制作しました。それでも最後にはちゃんと答えを出してくれるので、まだまだ伸びしろがある。楽曲提供の作業で鍛えられたことが、これからTHE SPELLBOUNDでの制作にフィードバックされていくと思います。

──中野さん単独のプロデュース作業についても、なんらかの形でTHE SPELLBOUNDに還元できれば、という思いがあるんでしょうか?

中野 そうですね。THE SPELLBOUNDは僕のベースとなるバンドだし、いろいろなことに派生して、ありがたいお話もたくさんいただいています。だからこそTHE SPELLBOUNDを失ったら、何をやっているのかわからなくなってしまうかもしれない。僕はこのバンドを始めるまで、数年間自分の楽曲を作らず、別アーティストのサポートだけをやっていました。もちろんその時間も音楽的に充実感を得られるし、そのアーティストの成功を支えることにやりがいを感じるから、「いい人生を送ることができている」と思っていたんですけど、何かピースが欠けている気がして、その感覚が日に日に大きくなっていて。それで突発的にTwitterでボーカリストを募集し、小林くんとTHE SPELLBOUNDを結成することになったので、「すべてはこのバンドのために」という思いが強いです。