THE SPELLBOUND|自身を解き放つラブソングで新たな舞台に挑む

THE SPELLBOUNDの活動で、僕自身の感覚も拡張されていく

──「はじまり」「なにもかも」のほかに配信されている「名前を呼んで」「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」「FLOWER」は、それぞれいつ頃できた曲でしょうか?

中野雅之(Programming, B)

中野 「名前を呼んで」は去年のうちにほぼ完成してました。「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」は去年、「FLOWER」は今年に入ってから制作を始めた曲ですね。

──現時点で最新のシングル曲となる「FLOWER」はどのようにして作っていったんでしょう?

中野 これは僕が変なお題を出したんです。「マシン・ガン・ケリーとかヤングブラッドみたいな曲を作ってみよう」って。ああいうハイパーなポップパンク調の楽曲は僕らとは音楽性もアーティスト像も無縁に感じたんですけど、あえてお題に掲げて、大喜利のようにしてやってみようと。最終的には小林くんのパーソナリティが色濃く出てくるだろうし、僕が手を付けることでまた別の音楽性が加わるので、ポップパンクとは全然違うものが生まれるだろう……という読みもあったんです。小林くんには非常にベタなコード進行で鼻歌のデモを作ってもらって、そこから再構築していきました。

──小林さんは、中野さんのオーダーを受けてどうでした?

小林 最初は「マジですか? えええ!?」って感じでした。正直こんなオーダーがなかったらマシン・ガン・ケリーは聴かなかっただろうし、もしTHE NOVEMBERSで同じようなアイデアが挙がっても、「こんなのやらないよ」で終わっていたと思います。でも、いざマシン・ガン・ケリーの楽曲を聴いてみると、そこには僕が持っていないものがあって。僕自身THE SPELLBOUNDの活動を行っていく中で、今まで経験しなかったことに触れて自分がどんどん拡張されていくような気持ち、「こんなことを自分はできたんだ」とか「こんな感覚あったんだ」とわかることがたくさんあったので、その一環として楽しんでみようと自然に思えたんですよね。で、中野さんにデモ音源を提出したら、お互い笑っちゃって。こういうお題が出されなかったら、思わず笑顔になっちゃうくらい抜けのいいメロディは絶対作らなかったから。それでも「FLOWER」はその感触を残したまま、ちゃんとTHE SPELLBOUNDの音楽になっていた。僕と中野さんが音楽を作るためのコミュニケーションとしても新しかったし、やりがいがありました。

──「FLOWER」を聴いた印象としては、すごく今の時代っぽいサウンドだなって思ったんです。やっぱりBOOM BOOM SATELLITESにしてもTHE NOVEMBERSにしても、それぞれのキャリアが当然あるし、どちらのバンドもロックやダンスミュージックのいろんな歴史が抽出されている。でも「FLOWER」と「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」に関しては、ここ最近のサウンドに近いものがあったんですよね。かつ、単にトレンドを追いかけているだけでは生み出せないオリジナリティもあるように感じたので、お二人の話を聞いて納得しました。

中野 最先端の音楽にしようとはまったく思わないんですけど、今の時代の音楽は楽しみたいんですね。実際聴いていて楽しいですし。いちリスナーとして感性が更新されていくし、その中で自然発生的に自分たちがアウトプットしたいものも少しずつ更新されていく。僕も小林くんもキャリアがあるし、築いてきた道や音楽性、ファンベースもあるんですけれど、それは一度見てきた景色なので。THE SPELLBOUNDの活動では新しい景色をのぞいてみたい好奇心に駆られますね。

大切な人に語りかけるようなラブソングを作ろう

──歌詞に関してはどうでしょう? 「FLOWER」だけでなく、どの楽曲にも「ここから始まる」とか「新しい芽吹きがある」といったみずみずしい感覚が、歌詞のモチーフとしてストレートに表れていると思うんです。それが音の感触とも密接に結び付いていることが、THE SPELLBOUNDの音楽が持つエネルギーになっている気がするんですね。このあたり、小林さんはどういうふうに考えていますか?

小林祐介(Vo, G)

小林 今おっしゃってくれた通りで、THE SPELLBOUNDの楽曲は小手先のことや知識を取っ払って、ちゃんと自分のハートから生まれたものじゃないと、作品として残らないんですよ。「これから始まる」「新しい芽吹き」というモチーフに関しても、僕自身が本当に感じていることなので。僕は30代後半になってからも毎回ドキドキしたり、新鮮な気持ちに出会えているんです。だから「新しいバンドが始まるからこういうものを表現しよう」というよりは、今の自分のいろんな思い、ワクワク感が素直に出ている気がします。そういう自分とギュッと手をつなげた瞬間、いいものができている感覚があるし、中野さんからも「これはいいかもしれない」みたいなリアクションが返ってくるから、手応えがあるんですよね。

中野 そうだよね。確かに「きたね!」って思える瞬間はある。

小林 なかなかうまく言葉で説明できないんですけれど。

中野 小林くんとは2019年から一緒にデモ音源を作ってきて、やっぱり初期の歌詞は物足りなかった。僕らに足りないものは何かずっと考えていたんです。僕はもっといいものが書けるはずだと思っていました。サウンドだけでなく、歌詞の作り方もどうしても形から入りすぎるところがあって。そこからすごく時間をかけて、小林くんに「君には内なる言葉、湧き出る言葉が絶対にあるはず」という話をしてきました。

小林 そうですね。

中野 頭でっかちになるよりも曲に寄り添って、聴いてもらった人にどんな気持ちになってほしいか。そういうシンプルなことをまず最初に考えるようにしました。例えば小林くんはサイバーパンク的な世界観が好きで、それを精密に描いていくことが上手なんです。でも僕は一貫して「ラブソングを作ろう」「舞台設定はサイバーパンクでもいいかもしれないけれど、自分の大切な人に向けて語りかけたい言葉を使おう」と言い続けてきた。そういうことを話し合うと、必ず小林くんは僕の予想を上回る、感動的なラブソングを書いてくれたんです。

キラキラしたものをお客さんと一緒に体験したい

──「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」はどういうふうにできた曲ですか?

THE SPELLBOUND

中野 これはビートメイキングからですね。あるプラグインソフトに内蔵されていたリズムマシンで遊びながら、日本語のトラップでもよく使われるような三連符のフレーズを作ったんです。そこからこの曲で何を歌うか、歌詞の世界観はどういうものにするか話しました。デモを作っている段階から「小林くんの言葉だったら、僕が想像している世界観とは全然違うものになるだろうな」と予想して。

──前半は三連符に合わせたフロウを使っていて、途中から言葉数が多くなっていくタイプの曲ですよね。

中野 THE SPELLBOUNDの中では特に歌詞の情報量が多い曲なので、いかにリスナーがイメージを膨らませることができるか、丁寧に言葉を選んでいきました。

小林 こういうビートだと独白的なリリック、例えば「俺はこういう人間でこう生きてきた」みたいなものが多くて、僕も最初はそのスタイルに引っ張られたんですよ。でも中野さんはそれを見越していて、「1回そのスタイルは置いておこう」と言ってくれたんです。最初に枷を外してもらったからこそ、サウンドを聴いて思い浮かんだ風景を描写したり、物語を描く方向に舵を切れた。そこから筆を進められたのはよかったですね。

中野 「A DANCER ON THE PAINTED DESERT」は都会でぼんやりと過ごしている1人の男が、自分の歩き続けている意味を見出す様子を描いているんです。そしてまだ会ったことのない恋人を追いかけるラブソングなんですね。そういうファンタジーやロマンというものを、トラップという特定のサウンドスタイルに引っ張られず、このバンドならではの世界観や風景で表現することができたと思います。

──「名前を呼んで」に関してはどうですか?

小林 さっき中野さんが言っていた、サイバーパンク的なものを表現するきっかけになったのが「名前を呼んで」だったんです。最初に僕が書いた歌詞を中野さんに見せたら、「小林くんと僕がお互いの趣味に偏ると、すごくハードなものになるね」と話していて。

中野 そうだね。ハードSFみたいな曲になる。

小林 その一方で「カッコいいけど、人の胸に届いて感動させるものではないかも」という意見もあって。

中野 ウィリアム・ギブスンとか押井守さんの作品のような、冷たくて精密な近未来を描いた歌詞になっていたんですけれど、もう少ししなやかで愛のある言葉や表現を獲得しないと、リスナーを限定しすぎてしまいそうで。この曲、最初の仮タイトルが「アルゴリズム」だったんです。

小林 以前中野さんと「人の心っていうのは結局アルゴリズムなんだよ!」みたいな話を熱っぽくしたことがあって。でも自分が本当に求めているものは何か、立ち返って考えてみたら、それはコミュニケーションだったんです。

──そういう意味では、この曲もいわばラブソングになる?

中野 そうですね。アルゴリズムというのは予定調和的なネットワークの中で、自分自身が商品の一部としてマーケティングされてしまっている……という意味で。高度にマーケティングされた社会で、趣味や趣向をあらゆる角度から分析されたうえで、社会のピースの一部になってしまっている。一方で名前を呼んでくれる人を見つけることは、そんなアルゴリズムから飛び出して、「僕の本当の存在を認めてほしい」と求めることになる。「名前を呼んで」にはそういう思いが込められているんですね。

──お話を聞いていて、ウィリアム・ギブスンのようなハードSFに、新海誠さんの作品のような視点が加わったということなのかな……ってなんとなく思ったんですけれども。

中野 あ、まさにそうです(笑)。

小林 新海さんの話、出ましたね。

中野 この曲で言うならば、小林くんが新海さんで、僕が川村元気(※映画「君の名は。」「天気の子」のプロデューサー)さんのような関係というか。作家自身が本来持っている世界観の深さとかディテールの細かさがあるからこそ、作品の説得力があるわけで。ただ情緒だけを訴えても薄いんですよ。小林くんの書く歌詞も世界観やディテールの深さがあるし、そこを生かしたかったんです。

──すごく面白いです。そして、こうしたインタビューでマシン・ガン・ケリーや新海さんの名前を参照軸として出すことができるのも、決してその要素を取り入れただけのものにならない、THE SPELLBOUNDとしてのオリジナリティが強烈にあるからこそ、ということでもありますよね。

中野 そうですね。

──最後にライブについても聞かせてください。7月にはLIQUIDROOMでワンマン「THE SECOND CHAPTER」があり、8月には「FUJI ROCK FESTIVAL '21」への出演も発表されていますが、各ライブに向けてどういうイメージを持っていますか?

中野 今の段階ではあまり具体的に言えることはないですけど、お互いのバックグラウンドとは全然違うものにはしたいです。なるべく人力でやりたいし、人の体温を感じるもの、熱量をオーディエンスと交換し合えるようなライブにしたいですね。今はコロナ禍で観る側の環境もだいぶ制限されていますけれど、それはむしろチャンスと考えていて。体育会系的なライブが難しくなっている中、ちゃんと鑑賞に耐えうるパフォーマンスができるか、アーティストの力が問われている時代だと思います。そういうところにも意識を置きつつ、いいものを見せたいです。

小林 今までいろんな人と競演してきたけど、完全敗北したと思ったのはBOOM BOOM SATELLITESだけで、僕にとって衝撃的な出来事だったんです。BOOM BOOM SATELLITESはバンドとオーディエンスとの間で心の交流があるというか、お互いすごく求め合っていて、キラキラしていて。THE SPELLBOUNDでは中野さんと一緒にステージに立つことで、キラキラしたものをお客さんと一緒に体験したい。そういう純粋な気持ちが一番強いです。

公演情報

THE SPELLBOUND「THE SECOND CHAPTER」
  • 2021年7月8日(木) 東京都 LIQUIDROOM
THE SPELLBOUND