音楽ナタリー Power Push - 手嶌葵
デビュー10周年、“素の手嶌葵”がつづられた9曲
私なりの短編をちょっぴり書いた
──イメージはどのように伝えました?
これは淳治さんだけでなく、ほかの作詞家、作曲家の方も同じなんですが……最初に私なりの短編をちょっぴり書いて。
──へええ!
あ、短編と言っても「この曲の主人公はこんな女の子で、彼女にはこういう背景があって」みたいな、説明文を書いたメモ書き程度なんですけど(笑)。その紙を一緒に見ながら、頭に思い描いてる情景をお話ししました。だからアルバムのオープニングとエンディングである加藤登紀子さんに最後に書いていただいた2曲以外は、どの曲にも一応もとになってるお話があるんです。
──例えば、もの悲しいギターで始まる2曲目の「白薔薇のララバイ」。この曲では最愛の恋人を失った青年の悲嘆が、どこか古いバラッド(物語詩)のような雰囲気で歌われています。息遣いと共に、静かなエモーションが伝わってくる感じがあって……。
うれしいです。この曲ではまず、愛する白薔薇ちゃんを病気で亡くした赤薔薇くんが、森の中をとぼとぼと歩いている情景が頭に浮かんで。そこからストーリーを膨らませ、淳治さんと作曲・編曲の内山肇さんに仕上げていただきました。ちなみに、冒頭から鳴っている切ない音色の楽器はポルトガルギターといって、ファドでもよく使われている楽器なんですって。
──次の「ナルキスと人魚」は一転、優雅なオーケストレーションに彩られたロマンチックな曲。ゆったりしたテンポと囁くようなボーカルが魅力的ですが、モチーフはどこから?
これは人魚が報われない恋に落ちてしまう、片思いの歌。子供の頃に読んでいたおとぎ話っぽい世界観ですね。打ち合わせをしているとき、淳治さんから「人魚が恋する男の子の名前を決めてほしい」と言われて。で、自分でもうっとりするくらい美しい声の持ち主というギリシア神話のナルシスをイメージしたのと、歌った際の響きの気持ちよさで、ナルキスにしました。
──7曲目の「ミス・ライムの推理」は曲調もリズムもミステリアスな雰囲気ですよね。
アルバム制作に入る前、テレビドラマ「名探偵ポワロ」シリーズにハマってよく観てたんです。それで、どんな謎もズバリと解決しちゃう女の子を主人公にしたら面白いかなと思って。ただし、彼女の名推理が通用しないものが1つだけあって。それが恋だったという筋書き。
──なるほど。8曲目「Handsome Blue」もいしわたりさん作詞ですが、こちらはゴージャスな冒険物語の印象でした。
ハンサムブルーというのは、昔から私のところにいるテディベアの名前でして(笑)。そのクマちゃんを、腕利きトレジャーハンターに見立てて作っていただいたのがこの曲です。私の中では、「インディ・ジョーンズ」の雰囲気にジェームズ・ボンドのキザさと、フレッド・アステアの華麗なステップを加えたイメージかなあ。
──ははは(笑)。手嶌さんの“ハンサム観”が伝わってくる気がします。制作中の思い出はありますか?
よく覚えてるのは、設定について話し合ってるときに、淳治さんが突然「葵ちゃん、この曲はセリフも言ってもらっていい?」って言い出したんですね。歌はともかく、素の声で語りを入れるのは正直恥ずかしかったんですけど(笑)。でも、曲にナレーションが入っているのはいかにも書物らしいし。なにより淳治さん自身が楽しんで作ってくださってるのが伝わってきて、それが一番うれしかった。
加藤登紀子さんのことが好きすぎて、思いも付かなかった
──いしわたりさんとのコラボと並び、本作の骨格を形作っているのが加藤登紀子さんが作詞作曲された2曲。オープニングの「想秋ノート」と最後の「白い街と青いコート」です。手嶌さんにとって加藤さんは子供の頃から一番敬愛する歌い手でありソングライターですが、どういう経緯で実現したんですか?
制作当初は、真ん中に入ってる7曲を中心に構成するつもりだったんです。だけど作っていくうちに、スタッフさんから「せっかくの10周年だし、一番尊敬している方にお願いしてみませんか」というアイデアが出てきまして。私自身は、あまりにも好きすぎて思いも付かなかったんですけど、お話ししてみたら、快く受けてくださいました。こちらは1曲のつもりが、2曲も書いてくださって。「好きなほうを使っていいわよ」と。どちらも素晴らしかったので、アルバムの最初と最後に入れさせていただきました。
──さすが、かっこいいですねえ。
「想秋ノート」は私がデビューしてからの10年を祝福してくださる内容で。でもその中に、ドキッとするほど鋭い視点が入った曲だと思います。「白い街と青いコート」はまさに愛について歌った曲。これをラストに置けたことで、「このアルバムは愛について語っているんです」と、改めて言えた気がしています。結果的には加藤さんが作ったリアルな感触の2曲で、ちょっと物語っぽい7曲を挟むことができて。構成的にもとってもよかったなと。
──手嶌さんが加藤さんの声に初めて触れたきっかけは?
スタジオジブリの「紅の豚」です。加藤さんはマダム・ジーナというホテルの女主人役で、エンディングではテーマ曲も歌われてました。声も歌も本当に色っぽかった。優しくて、でも芯の強さもあって……自分もあんなカッコいい大人になりたいって、子供心に憧れました。あと、主人公のポルコ・ロッソがうちの父親に少し似てるんです(笑)。普段は無愛想なんだけど、笑うと可愛らしいところとか。そのポルコにそっと寄り添っているジーナさんに、親近感も感じていたんだと思います。アドリア海の青い空と海もきれいだし、音楽も優雅で素敵なんですよね。今まで何百回と観返してきた、一番好きな映画です。
──大人になって観ると、けっこう苦い話だと思いません?
そうですね。戦争で仲間を失い、自分だけ生き残ってしまって……それで豚さんになっちゃう男の話ですもんね。加藤さんが歌われた主題歌の「時には昔の話を」も、今になって聴くと、これは人生の年輪を重ねた女性が、自分のたどってきた道のりを振り返った歌なんだなと。しみじみ感じるようになりました。
年齢を重ねてじっくり育てていきたい
──手嶌さんも近年は、「時には昔の話を」をステージでカバーしていますよね。
私には加藤さんのような人生経験もないし、あんな深みのある声も出せないんですけれど……でも20代後半になって、自分はこういう歌を歌える人になりたいんだという意思を、きちんと示さなきゃと思うようになったんです。今はまだ、説得力のある歌い方ができてないかもしれない。でも私の中には、自分なりの理想型のようなものがあるので。その目標に少しずつでも近付きたいという願望も込めて、試行錯誤しながら歌っています。
──その理想型というのは具体的にはどういう?
言葉で表現するのは難しいんですが……声をもっと深く響かせたいなと。私の声域は高くて、加藤さんみたいなどっしりした存在感はなかなか出せないので。もうちょっと低音が響けばいいのにって、歌っていていつも思います。ただ、ジーナさんの歌い方を表面的に真似しても仕方ないし。年齢を重ねれば声も自然と太くなっていくと思うので、そこは自分でも楽しみかな。「想秋ノート」と「白い街と青いコート」もそうですが、時間をかけてじっくり育てていく曲にしたいなと。
──これまで加藤さんとはお付き合いがあったんですか?
一度だけテレビでご一緒したことがありましたが、ちゃんとお話ししたのは今回が初めてでした。「10周年だし、何か記念になる歌がいいわよね」とおっしゃって、デビューして以降のことをいろいろ質問してくださったんですけど……私、とにかく緊張してしまって。ほとんど「はい」と「いいえ」しか答えられなかった気がします。それなのに仕上がった曲を聴かせていただくと、まさに今の気持ちがそのまんま表現されているようで……もう、びっくりしました。本当に、千里眼でもお持ちなのかなって。
──短い時間の中でも、いろいろと感じとることがあったのかもしれませんね。とりわけ印象的だったやりとりは?
それが最後に記念撮影をしたら緊張の糸が切れて、ぜーんぶ忘れてしまったんです(笑)。……あ、でも「恋はしてるの?」と聞いてくださったのは覚えてます。「あなた、恋をしなさいね」って。
──恋、すなわち他者を強く求める心は、どちらの曲にも共通するテーマですね。確かに「想秋ノート」を聴くと、心を鎧で覆っていた少女が成長を重ね、誰かと共に生きる尊さに気付いていく様が浮かんできます。手嶌さんにもそういう時期ってありました?
あったと思います。デビュー当時はまだ10代だったでしょう。それがいきなり大人に囲まれてお仕事することになって。環境になじむのにも時間がかかったし、「私は好きな歌を歌いたいだけなんだけどなあ」って思ったこともありました。でも今は、スタッフやバンドの人たちと一緒の時間を心から楽しいと思えるし、それこそ誰かと一緒に生きていくのもいいなって、自然に感じている自分がいる。だから今の気持ちを素直に重ねて歌うことができました。
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- ニューアルバム「青い図書室」 / 2016年9月21日発売 / Victor Entertainment
- 初回限定盤 [2CD] 3780円 / VIZL-1016
- 通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64584
CD収録曲
- 想秋ノート
- 白薔薇のララバイ
- ナルキスと人魚
- 海を見つめる日
- 蒼と白~水辺、君への愛の詩~
- ワインとアンティパスト
- ミス・ライムの推理
- Handsome Blue
- 白い街と青いコート
初回限定盤付属CD収録曲
[Aoi Teshima 10th Anniversary Concert]
Live at KATSUSHIKA SYMPHONY HILLS on May 28, 2016
- 岸を離れる日
- 虹
- 朝ごはんの歌
- 1000の国を旅した少年
- ちょっとしたもの
- 瑠璃色の地球
- 風の谷のナウシカ
- 明日への手紙
手嶌葵 10th Anniversary Concert(※終了分は割愛)
- 2016年10月2日(日)
大阪府 NHK大阪ホール - 2016年11月20日(日)
愛媛県 土居文化会館(ユーホール) - 2016年11月23日(水・祝)
兵庫県 ライフピアいちじま大ホール - 2016年12月10日(土)
埼玉県 大宮ソニックシティ 小ホール - 2016年12月18日(日)
東京都 中野サンプラザホール - 2016年12月24日(土)
神奈川県 相模女子大学グリーンホール
手嶌葵(テシマアオイ)
1987年、福岡県生まれの女性ボーカリスト。2003年と2004年に出身地の福岡県で行われた「TEENS' MUSIC FESTIVAL」協賛のイベント「DIVA」に出場し、その個性的な声で観客を魅了した。その頃に彼女が歌ったベット・ミドラーのカバー「The Rose」のデモを耳にした宮崎吾朗とスタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫が、2006年公開の映画「ゲド戦記」の主題歌の歌唱を依頼。さらに手嶌は劇中ヒロイン・テルーの声優も担当し華々しいデビューを飾った。2011年6月にスタジオジブリとの2度目のタッグとなる映画「コクリコ坂から」の主題歌を表題曲としたシングル「さよならの夏~コクリコ坂から~」を、映画公開直前の7月にスタジオジブリがプロデュースしたアルバム「コクリコ坂から歌集」をリリース。2012年にはカバーアルバム「Miss AOI - Bonjour,Paris!」を、2014年7月に10thアルバム「Ren'dez-vous」を発表した。2016年1月に「Ren'dez-vous」収録曲の「明日への手紙」のリアレンジバージョンがフジテレビ系月9ドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の主題歌に使用され、2月に同曲をシングルリリース。4月にはタイアップ曲やトリビュート参加曲を集めたアルバム「Aoi Works ~best collection 2011-2016~」を発売した。6月にデビュー10周年を迎え、9月にニューアルバム「青い図書室」を発表。10月公開の映画「永い言い訳」では挿入歌として、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲のオペラに登場する楽曲「Ombra mai fù」を歌唱している。