“いつか絶対に訪れる終わり”の切なさが沁みる「スーパーノヴァ」
──そして5曲目が、先ほどからお話に出ている今作のとっかかりの1曲、「スーパーノヴァ」です。この曲も歌詞とサウンドイメージがリンクしていて、「この宇宙に たったひとつの」と歌われるところで一気に開放感が出たり、後半はストリングスでドラマチックに展開したりと、作家チームとしてのお二人の連携をすごく感じました。
サクマ 1曲目に思いついたというのもあって、自分の中ではこのEPのリード曲という思いで書きました。だから構造はストレートなんだけど、実験的な要素としては、ピアノにリバーブをかけて幻想的な響きにしたものをリバーブごとブツ切りにするような処理とか。アコギも、いっぱい録ったフレーズをバラバラに組み替えて逆再生にしたらどうなるだろう? 幻想的な音になる気がする……と思ってやってみたらうまくハマった、みたいな。そういう実験は細かく入ってるんですけど、大枠はしっかりと芯のある、幻想的な曲にしたいというイメージで作っていきました。
川島 これはリョウが言いたいことが音ですべて表現されているなと思ったので、僕はイメージに導かれるままに歌詞を書いただけですね。とてつもなく大きな愛があったとして、それもいつか消える。そういう儚さを、星が爆発する瞬間の「スーパーノヴァ」と重ね合わせて。温かさと悲しさ、その両方を伝えられる曲にしたいなと思って書きました。
──これもきっと田村さん的には「ハイ好きー!」の曲ですよね。
田村 ハイ好きのやつですね、ただ、今回は先ほど話した通り、1曲目をどれにするかですごく悩んだんですよ。候補は「スーパーノヴァ」と「金魚」と「逆蜻蛉」だったんですけど、1曲目でお客さんがいきなり突き放されちゃう「逆蜻蛉」はさすがに違うかなと思って(笑)。で、「スーパーノヴァ」はちょっと切なすぎるなと思ったんですね。「金魚」も切ないんですけど、「スーパーノヴァ」は終わりが見える切なさというか。その終わりというのは悪い意味での終わりということでもなくて、生きていたらいつか絶対に訪れる終わり。そういう切なさを感じてしまって。だからこれをラストに置いてもよかったんだけど、最後は少しハッピーさがあってほしいと思って、結果的に5曲目の位置になりました。
──なるほど。曲順を考えるのは10曲以上あるフルアルバムともまた違った難しさがありそうですね。
田村 そうなんですよね。結局はいつも感覚で並べていくんですけど、今回はすごく悩みました。
田村ゆかりのローファイヒップホップ
──締めくくりの1曲に選ばれた「null」はローファイヒップホップ的で、これまでの田村さんの作品にはなかった味わいですね。本当にヒップホップ的な、絶妙なズレで溜めたビートも面白いですけど、これはとにかく歌詞に驚きました。
田村 そう! めちゃくちゃ面白いですよね。
──ただ聴いてるだけだと洋楽的にさらっと聴けてしまうけど、ちゃんと歌詞を追うと「これは何を言っているんだ?」と。
川島 まさにそれを表現したくて書きました。音で聴くと1番と2番で同じことを言ってるように聴こえるけど、よく聴くと違う。日本語の面白いところは、1つの言葉にすべての意味をはらんでいたり、でもそれって結局何も言えてないよね?と感じる言葉があることで。空白を入れるだけでまったく違う意味になったりとか、その言葉自体は何も意味を持っていなくても認識の連なりで意味が出てきたりとか。
──なるほど。このEPは作詞家・川島亮祐にとって実り多い作品になったのではないでしょうか。
川島 はい。これは「ゆかりさんのイメージを壊してください」と最初に言われたからこそできたことで。結果として自分のポテンシャルをすごく引き上げてもらったことには本当に感謝しています。
──サクマさんがこの曲をローファイヒップホップにしたのは?
サクマ 「花火」を作ったときかな? ディレクターさんから、僕がYouTubeチャンネルに上げていたローファイヒップホップっぽい曲をゆかりさんがチェックしていた話を聴いていて。それがあって「花火」のAメロができたんです。ゆかりさんがこういうトラックが好きなのであれば、1曲まるまる振り切ってローファイヒップホップをガチッと作ってみたいなと。洋楽っぽい作りなのに歌詞では日本語で遊んでいて、響きとしては洋楽っぽい。結果的に面白い曲になったなと思います。
──田村さんとしてはいかがでしたか? ローファイヒップホップは。
田村 私はジャンルで言われてもよくわかりませんけど(笑)、この曲も最初に聴いたときから好きだなと思ってました。ただ、プリプロの前日に初めて歌詞を見て「……何言ってんのこれ!?」って(笑)。私も日本語の複雑さが好きなんですよ。前後にくっついた言葉や受け取る側の感覚で解釈がいくらでも変わるのが好きで。今回はレコーディングのとき、最終的にけっこうキーを上げたんですよ。2音近く上げたのかな? 元はもう少し暗い印象で、そっちのほうがカッコいいんじゃないかという声もあったんですけど、私はこの言葉遊びが面白いなと思ったし、かわいい方向に持っていったほうがよくなるんじゃないかなって。歌い方もほかの曲よりは少しかわいらしくしました。
作家冥利に尽きますね
──全曲の話を聞いてますます思いましたが、面白い作品を作っちゃいましたね。今回は「田村ゆかりのイメージを破壊する」という勢いで振り切った形かもしれませんが、この作品を経てまた新たなアイデアが生まれそうな期待もあります。ご本人の満足度としてはいかがですか?
田村 私、このEPを作るのが本当に楽しくって。いつも作品を作るとき、私はコンペでいただいたデモをいっぱい聴くんですよ。そうすると、すんなり頭に入ってくる曲と、全っ然覚えられない曲があって。で、お二人の曲はすんなり歌える。それってメロの難しさとかじゃなくて、好みなんだと思うんです。自分にハマってるかハマってないか。それで言うと、私はこのお二人に完全にハマってしまっていて。だから作っていてすごく楽しい。ハマってるもんだから、歌入れも早く終わっちゃって(笑)。「えーもう終わっちゃったの?」「こんなことってある?」みたいな感じになるんです。
──それで言うと6曲というのはちょっと物足りないですね。
田村 そうなんですよ!
──相当実験的で変な作品ではありますけど……。
田村 変な作品(笑)。
サクマ 変な作品作っちゃったな……(笑)。
──でも王国民の皆さんもこのEPはみんな好きになるんじゃないかと思うんですよ。お三方のコラボレーションが数を重ねてさらにノッているのが伝わってくるし。
田村 変な曲は今までもいろいろやってきたし(笑)、その点での違和感はそんなにないと思うんですよ。もちろんパブリックなイメージのかわいい世界観のほうが好きだという方もいると思いますけど、このお二人の曲が好きだと言ってる方もけっこういらっしゃるし……この間、アイドルの方に楽曲提供されましたよね? それを見つけたうちのお客さんが「これサクマさんと川島さんが書いてる曲だ!」って盛り上がっていて。みんなハマってるんだと思いますよ。
──作家軸で掘り下げていくのは面白いですからね。
サクマ それは本当に作家冥利に尽きますね。ありがたいです。
──ちなみにサクマさんと川島さんは、過去のアルバム作品でほかの方が書いた曲を聴いて「これはやられた!」と嫉妬した曲はありますか?
サクマ ありますねえ(笑)。「俺もこんくらい作れるようになりたいな」と思うことはよくあります。
──「でも自分たちの曲が一番いいな」という気持ちも?
サクマ 基本的にはそう思うようにしています。そう思わないと続けてられないくらいメンタル弱っちいので(笑)。
川島 そうそうそう(笑)。
「Altoemion」はアナグラム
──来月にはRAM RIDERさんの楽曲のみを収めたEP第2弾「You Are The World!」がリリースされます。2作品を比較してのリスナーの反応も気になりますけど、作家同士でお互いどう感じるかも気になるところですね。
田村 完全に世界観を分けているから、あまり比較する感じにはならないかも。「You Are The World!」は完全に“田村ゆかりのキャラソン”になっています。そうそう、そういえば「Altoemion」というタイトルも亮祐さんに考えてもらったんですよ。なんとなく自分で考えるよりも、そこまでお任せしたほうがいいものができるんじゃないかなと思って。いくつか挙げてもらった中から「Altoemion」にしました。もう1つ候補になってたのもよかったんですけどね。あれはあれで別の作品が作れそうだなと思ったんですよ。
川島 あー、なるほど。そうだったんですね。
──まず「Altoemion」はどう読むのが正しいんでしょう……?
川島 「アルトエミオン」と読むんですけど、端的に言うと造語です。「エモーショナル(Emotional)」のアナグラムになっているんですけど。
──なるほど!
川島 これは僕個人の思いなんですけど……歌詞が乗った音楽というのは、感情を伝えるツールだと僕は捉えていて。ゆかりさんもこれまでたくさんの曲でお客さんに感情を伝えているわけですけど、そんな“田村ゆかりの音楽”を一度分解して再構築することが、このEPにおいて自分たちに課せられた意義だと考えたんです。そういう意味を込めて、音楽=エモーショナルと考えたときにそれを分解して作り変えたもの、という意味合いで「Altoemion」という造語を作ってみました。
田村 これ、発売前なのにもうアナグラムだって気付いている人がいて。
川島 えっ? そうなんですか?
田村 タイトルが出た瞬間に、みんなオタクだからすぐに意味を調べるじゃないですか。検索しても知らない海外のアカウントしか出てこない!って(笑)。考察するうちに「これはEmotionalのアナグラムでは?」ってたどり着いてた人がいました。
──ヤバいですね、特定班。
川島 スゴっ! アナグラムのパターンも何百通りかあるはずなのに、たどり着けるものなんですね。
──タイトルも歴代の田村ゆかり作品と並べたときにきれいにハマっている感じがするし……本当にこれで終わるのはもったいないなと思いますね。
田村 そうなんですよねー、うん。
サクマ いくらでも作れますから。
──インパクトで今作を超えようと思ったら、次は2枚組のアルバムぐらいですね(笑)。
サクマ 最初に言いましたけど、僕は「3人でバンドを組んだ」くらいの気持ちでいるので。まだまだ作らないと(笑)。
プロフィール
田村ゆかり(タムラユカリ)
2月27日生まれ、福岡出身の声優アーティスト。1997年にCDデビューを果たし、声優および歌手としての活動を始める。いずれも精力的な活動で着実に評価を集め、2008年には声優として3人目となる日本武道館公演を行った。2017年に自身のレーベル・Cana ariaを立ち上げ、同年11月にCana aria第1弾作品となるミニアルバム「Princess ♡ Limited」を発表。以降もコンスタントに作品をリリースしている。2023年4月には通算13枚目のオリジナルアルバム「かくれんぼ。」を発表し、同年4月から9月にかけて全国ツアー「田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2023 *with me?*」を行った。11月に6曲入りEP「Altoemion」、12月に4曲入りEP「You Are The World!」をリリース。
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