ナタリー PowerPush - たむらぱん feat. Shing02

奇跡のコラボ「でもない」対談

結論のない問題に向き合うということ

──今作のリリックに関しては、どんなやりとりがあったんですか?

たむらぱん ラップの部分以外はある程度自分で作っていって、あとは話しながら微調整しました。まず歌詞に対する自分なりの思いを説明したんですよね。結論のない問題に直面したり、「解決できないかもしれない」という状況があったとしても、そこに向かおうとする思いは持っていたいっていう……。人に対しても物事に対しても、諦めてしまわないことが大事だよねとか、そういう話です。何度も訊き返されましたけど(笑)なんとか汲み取ってもらって。

──現実には、明確な答えが得られない場合がほとんどですからね。

たむらぱん そうなんですよね。例えばお互いの答えが違っていても、それを組み立てていく作業は必要だと思うし。今回のレコーディングに関しても、そういうところがあったんですよ。海外のミュージジャンとコミュニケーションを取るのって、やっぱり大変なんですよね。言葉の問題もあるので。でもちゃんと意思を持って工程に臨むということが一番大事だと思うんです。たまたまかもしれないけど、そういうことともリンクしてるんですよね、「でもない」の歌詞は。

Shing02 今の話を聞いてなんとなく思い出してきました。たむらさんが話してくれたのは「いろいろあるけど気持ちの持ち方次第で変わってくるかもね」というようなことだったと思いますね。そこにヒントがあるんじゃないかって。

──これだけ膨大な情報があふれてると、何が正しいか判断することもすごく難しい。でも、心の持ちようは自分で決められますからね。

たむらぱん そうですね。あとね、見えてない部分もあるんだなっていう……。ニューヨークでどっかに移動してるときに「猫がぜんぜんいないね」って言ったんですよ、私が。そしたらShing02さんが「それには理由があって……」という話をしてくれて。保健所に連れていかれるんだよって。そのとき思ったんですよね、「まさに!」って。

──ん? 何が「まさに!」なんですか?

Shing02 全然伝わってないよ(笑)。

たむらぱん (笑)。私は「猫たちは家の中で飼われていてかわいがってもらってるんだろうな」って思ったんですよね、勝手に。「幸せなんだろうな」って。でも本当はそうじゃなくて、外にいる猫はどんどん持っていかれるシステムになってたんです。そのことを聞けて良かったと思ったんですよ、そのとき。

Shing02 うん。

たむらぱん だからと言って全ての猫たちを私が請け負うことなんてできないんだけど。でも、事実をちゃんと認識することで、物事の見方は変わるんだなって。

環境を変えると感性も変わる

──物事の見方については、どんなことでも同じかもしれないですね。経済も政治も環境問題も。

Shing02 そうです。ニューヨークという街はすごくにぎわっているし、旅行者にも人気がある。でも、一方では家賃が上がってるとか、昔ながらのきれいな街並みがどんどん商業化されてるとか、問題もたくさん抱えていて。そこに住んでいる人たちは、そういう中で生活してるわけですよね。時間だけはどんどん過ぎていってしまうんだけど、試行錯誤を繰り返しながらサバイブしていくしかないんです。音楽の中にも、そういう雰囲気がにじみ出ていたほうがいいと思うし。そういうことも含めてニューヨークで録音できたのは新鮮でしたね。

──環境を変えると感性も変わってくるというのは、そういう意味なんですね。

Shing02 そうですね。例えばヨーロッパに行くと、ニューヨークの半分以下の家賃で暮らせるんですよ。それ1つだけ取ってみても、生きるうえでのプレッシャーって違うじゃないですか。アメリカはギスギスしてる部分もありますからね、「競争!競争!」という感じで。その人がどこでサバイブしたいかっていうのも、選択の1つだと思うんです。アメリカにものどかな場所があるし。

──生きる上でのプレッシャーということでは、東京もかなりシビアですよね。通勤時間帯の電車なんて、それこそ殺伐としてるし。

Shing02 「慣れる」ってすごいですからね。慣れちゃえばどんな環境でも適応できちゃうじゃないですか。スシ詰めの通勤電車でも。ただ一度外に出てみると「あれはなんだったんだ?」ってはっきり思いますよね。

たむらぱん そうですよね、きっと。

Shing02 のどかな田舎で暮らしてみると、空気が澄んでいて、空がきれいなことに気付くだろうし。違う環境に身を置かないとわからないことはたくさんあると思います。こうやって話していても、伝わらないこともたくさんあるし……。そういう環境の違いについては今でもすごく考えますね、日々。僕もずっと探ってるんですよ。アメリカに住み続けるのがいいのか、ヨーロッパに行くのがいいのか、それとも旅を続けるほうがいいのか。

たむらぱん どういう場所に行けば自分のやりたいこと、やれそうなことが出てくるのかな?とか。もちろんリアルな事情とか物理的なこともあるんですけど、感情的な部分ではいろんな場所に行ってみたいなって思いますね。ずっと同じところにいると、そのサイクルが当たり前だと感じちゃうし。

Shing02 うん。今の拠点はLAなんですけど、ここ何年か、ほとんどいないんですよ(笑)。でも定期的に帰れる場所があるっていうだけでもうれしかったりするんですよね。そういう場所をキープすることも大事なのかなって。

──今回、ニューヨークでのセッションが実現したことは、まさに絶妙のタイミングだったんですね。ステージでの共演も見てみたいです。

Shing02 それこそタイミングですよ、一番大事なのは。

たむらぱん タイミングがナンバーワン(笑)。そういえばうちのお母さんがずっと歌ってたんですよね。「♪Oh, you need timing」「♪この世でいちばんかんじんなのはステキなタイミング」って。

Shing02 アメリカの歌なの?

たむらぱん わかんない(笑)。とにかくこの歌をずっと歌ってることだけはすごく覚えていて。ちょっと調べてみよう。

※原曲はジミー・ジョーンズの「GOOD TIMIN'」。坂本九が「ステキなタイミング」の邦題でカバーして日本でもヒットした。

でもない feat. Shing02 (short.ver) / たむらぱん

ニューアルバム「wordwide」/ 2012年10月24日発売 / 日本コロムビア

CD収録曲
  1. new world
  2. おしごと
  3. でんわ
  4. ぼくの
  5. はだし
  6. ST
  7. ふれる
  8. 直球
  9. ヘニョリータ
  10. ポーズ
  11. 知らない
  12. でもない feat.Shing02
初回限定盤A DVD収録内容
  • TAMURAPAN 5th ANNIVERSARY SPECIAL LIVE(※16曲約70分収録)
初回限定盤B DVD収録内容
  • TAMURAPAN Music Video Collection
たむらぱん

作詞・作曲・アレンジはもちろん、アートワークまで手がけるマルチアーティスト・田村歩美のソロプロジェクト。2007年からMyspaceにおいて自ら楽曲プロモーションを開始し、日本初の「Myspace発メジャーデビューアーティスト」として、2008年4月に1stアルバム「ブタベスト」をリリースする。また自身の活動に加えて、松平健の「マツケンカレー」や、アイドルグループのbump.y、私立恵比寿中学などへの楽曲提供、さらにロッテ「Fit's」CM曲の歌唱など、多岐にわたる活動でその才能を発揮している。2012年10月に5thアルバム「wordwide」をリリース。

Shing02(しんごつー)

1975年生まれ、東京都出身のヒップホップアーティスト。日本のほかタンザニアやイギリスで少年時代を過ごし、15歳のときに暮らし始めた米カリフォルニアでヒップホップと出会う。1996年にMCとして日本での活動をスタート。1999年にリリースしたアルバム「緑黄色人種」がロングヒットを記録し、2008年には長年の構想を経て完成したアルバム「歪曲」をリリース。国内でのライブ活動を積極的に行いつつ、グローバルかつ独立した視点を持つリリックや変幻自在のスタイルで幅広い支持を獲得している。