「TAIWAN × JAPAN MUSIC MEET 2025」特集|アジアンポップカルチャー躍進の鍵を関係者インタビューで探る (2/3)

日本の音楽市場の現状と特性

──これまでドメスティックだった日本の音楽が、外に向き始めている現状をお二人はどのように捉えていますか?

タカハシ もちろん基本的にはポジティブに見ていますが、個人的にはまだまだだと思っています。例えば隣国の韓国では、海外に出ていくことを大前提として活動をスタートさせているんですよね。国の戦略や各アーティストの姿勢が明確で、「自国のアーティストを外に売っていこう」という意識を教育の段階から組み込んでいる。隣国から学び、日本ももっと国際化していかなければいけないと思っています。

石井 これは少し希望的観測でもあるんですが……現在主流となっているストリーミングって、1再生あたりの収益はすごく低いビジネスモデルです。そこで今は海外でも「ファンダムが重要だ」と言われ始めているんですが、ファンダムってもともと日本の音楽業界がすごく得意としてきた分野だと思うんですよ。そのあたりがこの先うまく融合して、何かまた新たな音楽市場ができていくといいな、と思っています。

石井慎一(ポニーキャニオン)

石井慎一(ポニーキャニオン)

──海外から学ぶことがある一方で、日本から供給できることもあると。

石井 はい。一方的に「こうしたい」と言うだけでは、コラボレーションは進みませんから。需要と供給をお互いにどう作って日本が進出していくか、というところが大事なポイントかなと思います。

タカハシ 付け加えるなら、今の日本のアーティストはかなりユニークな状況にあると僕は思っていて。ドメスティックな市場で成長してきた背景も大いに影響していると思いますが、アーティストの規模で言えばとっくに海外に出ていてもおかしくない方々が、まだ日本国内だけで活動している。それはつまり、日本にはまだまだ海外に進出していけるポテンシャルを持つアーティストがたくさんいる、ということだと思うんですよ。これはすごくポジティブなことで、これから成長しがいのある要素だと感じています。

──なるほど。言葉を選ばずに言えば「今は井の中の蛙だけど、本当は大海に通用するんだよ」ということですね。

タカハシ あえて言うならそうなりますね(笑)。

タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)

タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)

──世界市場における日本の音楽の強みや特徴はどこにあると思いますか?

石井 先ほど言ったファンダムもそうですが、何か1つのジャンルではなく、アニメやフードなど、いろんなものが日本のカルチャーとして海外に出ていくと、より長く受け入れられるのかなと。以前インドネシアの人に「なんで日本の人はもっと外に出てこないんだ?」と言われたんです。「スシとかサムライとか、日本の文化は世界中でIPとして認められているじゃないか。それだけの武器があるのになぜ?」と。ずっと日本にいると実感しづらいけれど、海外から見ると魅力的に映る部分というのは実はたくさんあるのかもしれないですね。

タカハシ 海外のフェスでいろんなアーティストを観ていると、日本のアーティストってやっぱりすごくユニークなんですよ。音楽性の部分で、明らかに異質な存在だったりする。インディーズのアーティストでもアイドルでも、ああいう存在って海外にはなかなかいませんから、そこが日本の強みだと思います。アジアの文化は欧米からするとまだまだ未知なので、そこにすごく面白みを感じてもらえている。今では欧米のアーティストがアジアっぽいアプローチをすることもあるくらい、アジアには魅力があると思います。

──具体的には、どういうところが“異質”だと感じるんですか?

タカハシ 難しい質問ですね(笑)。えーと……これは海外アーティストをディスる意味で捉えてほしくないんですけど、どんなにいいアーティストであっても、ある程度「次こうなるよね」と展開が予測できてしまう瞬間がけっこうあるんですよ。その点、日本のアーティストが演奏する曲はまったく予想外の展開をすることが多い。どちらがいい悪いではなく、そういった音楽的な構造の違いは明確にあると思います。

石井 日本の特徴で言うと、例えばボーカロイドや歌い手といった新たなジャンルが近年でも生まれていますよね。米津玄師さんやAdoさんなどもそのカルチャー出身の方ですけど、そうした文化はドメスティックな土壌だからこそ生まれたものなのかもしれません。そういった日本ならではのジャンルが、海外にはないものを生み出している部分はありますね。

タカハシ 僕はもともと洋楽だけを聴いて育ったんです。この業界に入るまで、国内の音楽をほとんど知らなかった。だから最初は「邦楽なんて洋楽のパクリじゃん」とすごく悪い意味で思っていたんですけど、洋楽から取り入れたものを“オリジナリティの塊”にまで昇華してしまうのが日本の音楽の強みなんだな、と今では理解できるようになりました。それをもっと世界に広げたい、という思いが強くなっていますね。

──言ってみればラーメンやカレーみたいなものですよね。輸入文化から始まったものが、今では完全に日本料理になってしまっている。

タカハシ 本当にそうです。日本人にはもともとそういう特質があるんだと思います。

「TAIWAN × JAPAN MUSIC MEET『JAPAN SESSION』」の様子。

「TAIWAN × JAPAN MUSIC MEET『JAPAN SESSION』」の様子。

“アジアの塊”として世界にアピールしていきたい

──本プロジェクトは日台の連携強化を目指すものです。日本と台湾の相性についてはどのように見ていますか?

タカハシ CDショップの例もそうですけど、台湾の皆さんは日本の音楽を受け入れようとしてくれているし、もともと聴いてきた経緯がある。あとは言葉も大きいですね。驚くほどみんな日本語を勉強していて、日本語がペラペラな音楽関係者に会うことも珍しくありません。

石井 本当にそうで。日本人は日本語しか話せない人がとても多いので、見習わないといけないですね。

タカハシ そういう心の距離の近さが音楽性そのものよりも先にあって、音楽的な相性にもつながっているんだと思います。

──“共通言語”が多いということですね。言語そのものもそうだし、音楽的な素養という意味でも。

タカハシ 台湾は台湾ですごくユニークな音楽をやっていて、そこが面白いんですよ。日本の音楽に自然に触れる環境で育ったからこその共通点もきっとあるんでしょうけど、かといって近すぎないんですよね。ちゃんと台湾の音楽ならではのオリジナリティというものがある。だからこそ化学反応が起きる余地も大いにあるんだと思います。

──その先に期待する未来とはどういうものですか?

石井 先ほどのタカハシさんの言葉を借りるなら、アジアの音楽が“異質”なものとして世界にアピールできる一大ジャンルになっていく可能性は十分あると思っていまして。日本と台湾だけではなく、タイや韓国、インドネシアなども含めたアジアの塊として……例えば“ラテン音楽”のような感じで、世界にアジア音楽のリスナーが増えていく未来が来たらすごくいいな、と思っています。

タカハシ まさにまさに。先に言われちゃいました(笑)。まあ繰り返しになりますけど、アジアでユナイトする必要があるとずっと思っています。「アジア全域で音楽を盛り上げて欧米と対抗していく」場が必要で、最終的にはこのプロジェクトがアジアの人たち全員で情報交換ができる一大フェスティバルになるような未来を僕は想像しています。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

──現状の課題はどんなことだと感じていますか?

石井 たくさんあります。

タカハシ 課題は……お金(笑)。

石井 確かに(笑)。海外はコストもかかりますよねえ……。

タカハシ でもまあ、一歩一歩だと思うんですよ。いきなり全部をクリアするのは無理なので、1つひとつ具体的な行動を起こしていった先がゴールにつながっていると信じて進んでいくしかないですね。その段階をまだ踏めていないこと自体が課題ではあるんですが……ただ、そこに障壁は感じていなくて。必ずたどり着けるゴールだと僕は思っています。

石井 あとはベーシックなところで、日本では言葉の壁がまだまだ高い。ただ、最近は技術がそれを支えてくれるようにもなってきています。先日、Kroiが台湾でワンマンをやったときに「MCで言いたいことをAIで翻訳してマイクに通し、メンバーが口パクを合わせていかにもしゃべってるみたいに見せる」というパフォーマンスをしていたんですよ。

タカハシ へええー、それは面白い。

石井 そういう新たな壁の突破方法も次々に出てくるでしょうから、新技術の有効な活用法にも敏感でいる必要があるのかもしれません。

タカハシ でも、その前に来るのは意識の問題だと思います。みんながもっと外に向かう意識を持たないといけない。「海外に出ていきたい」と口では言う方は多いですが、実際にそのための行動をしている人はすごく少ないなと感じます。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

“海外”という国があるわけではない

──まさにその“行動できていない人”に伝えたいことや、アドバイスできることはありますか?

タカハシ アドバイスができるような立場ではないですけど(笑)。

石井 そうですね(笑)。一緒に切磋琢磨してがんばっている一員でしかないので……まあ、もし何か行動に移せていないんだとしたら、「1歩踏み出せば、どんどん世界は広がっていきます」とはお伝えできるかと思います。そのためにもこういったネットワーキングの場があるわけですし。

タカハシ あと僕から言えるとしたら、まずは具体的にターゲットを絞ることが大事ですね。漠然と“海外進出”といっても、「どこの国のどういう層にどう届けたいのか」をしっかりイメージしなければ、適切な道順は見えてきません。“海外”という国があるわけじゃないんで。

石井 僕が初めてカンファレンスに参加したときも「行けば何か起きるかも」くらいに思っていたんですが、それだけでは何も起きなくて。具体的に何をしたいのかを考えて話さないと話も噛み合わないし、何も動き出さないんですよね。それが最初にぶち当たった壁でした。

タカハシ 国ごとに文化もマーケットも全部違うわけですからね。どこに展開するのかをしっかり考えて、そのためのいい出会いを作っていくことが大事だと思います。

石井 いずれは“日本と海外”という区分けすら取っ払っていきたいですよね。今は“東京のファン”や“大阪のファン”などの別軸として“海外のファン”を捉えている感じですが、そうじゃなくて“台北のファン”や“ソウルのファン”などもすべて並列、という認識になっていったらいいなと思っています。

──業界側ではなく、リスナー側に期待したい意識変化は何かありますか?

タカハシ 理想はたくさんあります。やっぱり、もっと“音楽を発見する意識”を持ってほしいですね。TikTokで流れてくる曲を聴くだけじゃなくて、興味を持って掘り下げる楽しさにもっとみんなが気付いてくれるとうれしいです。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

左から石井慎一(ポニーキャニオン)、タカハシコーキ(CUEW Showcase&Conference)。

石井 リスナーに気付いてもらえるような仕組みを、業界側が作っていくことも大事ですよね。例えば、台湾には日本の曲を露出してくれるメディアがありますが、日本には台湾の音楽を紹介するメディアが決して多くはない。

タカハシ なくはないけど、あまりメジャーなものとは言いがたいかもしれません。

石井 ぜひナタリーさんのほうで……。

──「アジア音楽ナタリー」を作れと(笑)。

石井 以前K-POPの担当をしていたとき、最初は全然ラジオでかけてもらえなかったんですけど、だんだんかけてもらえるようになったんですよ。それだけ、ラジオ局にとってK-POPが無視できない存在になっていった。同じことが台湾ポップスでも起きれば……。

タカハシ ナタリーさんが無視できない存在になればいいってことですね(笑)。

石井 リスナーさんじゃなくて、ナタリーさんへのメッセージになっちゃった(笑)。