日本人のDNAを呼び覚ます伊福部作品の民族性
──演奏者に解釈を委ねる、というのはクラシックの世界ではあまりないことですよね。伊福部作品はそういう特殊な手法に加えて楽曲自体もユニークで。エキゾチックというか、「キングコング対ゴジラ」のコーラスも怪しげです。
松下 不気味社という、伊福部先生のオーケストラの曲に歌詞を付けて男性合唱で歌う変わった集団がいて、彼らにコーラスを頼みました。今回はオリジナルに忠実に歌ってもらったんですけど、どれだけ調べても作詞が誰かわからないんですよ。おそらく伊福部先生が曲に合わせて言葉を考えたんじゃないかと思います。
──リズムも強烈ですね。
竹本 日本固有のリズムと、南方のリズムに共通点を見つけて作曲されたんじゃないですかね。伊福部作品らしい民族性みたいなものがありますし、それが日本人に響くんじゃないでしょうか。DNAを呼び覚まされるというか。
──そういえば「ゴジラ」シリーズにはマーチが多いですね。
松下 しつこいくらい繰り返しますね(笑)。
──でも、西洋的な軍隊風のマーチとはどこか違う。メロディが変わっているからかもしれませんが。
松下 先生が戦時中に国から要請されて行進曲を書いたことがあったんです。それは戦意高揚の目的があったみたいですが、先生はあえて鼓舞するような行進曲を作らなかったそうです。戦争には反対されていましたから。「ゴジラ」も反戦映画ですからね。
再現することで見えた日本映画音楽の魅力
──アルバムの最後に収録された「妖怪大戦争」を作曲された池野成さんは伊福部さんのお弟子さんでした。師匠に通じるエキゾチックさがありますが、同時に親しみやすさも感じさせます。
竹本 ラヴェルとかストラヴィンスキーとか、クラシックの有名な曲のフレーズによく似たサウンドが何カ所も出てくるんですよ。オマージュというか、聴きながら「あれ? このメロディーは知ってるぞ」と謎解き遊びをしているような楽しみがあります。
──それが親しみやすさにつながっているのかもしれませんね。とにかく個性豊かな楽曲が並んでいますが、このアルバムから伝わってくる日本の映画音楽の魅力とはどんなところだと思いますか?
竹本 伊福部作品に代表される日本人のDNAを刺激するような音楽、山本さんのような大衆的な音楽。そういう我々と距離が近い、内に向けた音楽もあれば、武満さんや黛さんのようにアカデミックですごい情報量が詰まった海外の人にもわかる外に向けた音楽もある。そういう両方の音楽の魅力が、今回録音した映画音楽にはあると思いました。
CHIAKi 最近の映画の曲は、打ち込みで作られていたり、デジタルなものが多くてあまり温度が感じられない印象があって。それはそれでいいところもあるんですけど、今回レコーディングに参加させていただいて、曲から温度がすごく伝わってくるなと思いました。昭和の暮らしが曲から伝わってくるような。私は祖父母と暮らしていたので、そういう家族の温もりみたいなものを感じたんです。
オーケストラは人間力
──アルバムに収録されたのはすべて昭和の曲ということもあって、当時の日本映画の熱気も伝わってきますね。そして、オーケストラサウンドの魅力がたっぷり味わえます。最近の日本映画のサントラではオーケストラサウンドは少なくなってしまいましたが、竹本さんから見てその魅力はどんなところですか?
竹本 オーケストラってなんでも許容できるんですよ。例えば1つのクラスに足の速いやつ、弁当を食べるのが速いやつ、いつも寝てるやつ、といろんな生徒がいるじゃないですか。それがみんな同じだったらロボットみたいで面白くない。オーケストラって、まさにそういうものなんです。デカい楽器、小さい楽器、いろんな楽器があって、それを演奏しているのも、男、女、年寄り、若者とバラバラで性格も違う。それが1つになったときの音楽のパワーがすごいんですよ。オーケストラの魅力はそこだと思いますね。70人いたら70人の人生を抱えているのがオーケストラなんです。
──小さな社会なんですね。
竹本 そうなんです。オーケストラは人間力なんです。人と人の接し方、距離、そういうものがオーケストラの音には現れている。
──昭和の日本映画の音楽に感じられるエネルギーは、敗戦からの復興、そして高度成長期へと向かう日本の人間力が反映されているのかもしれませんね。
竹本 そうかもしれないですね。そういう人間力を、このアルバムで表現できたんじゃないかと思います。映画と音楽は、男と女みたいな関係。その関係性はさまざまで、100作品あれば100通りの関係がある。でも2つが一緒にならないと成り立たない、切っても切れない仲なんです。このアルバムで、その関係の面白さも発見してもらえるとうれしいですね。
「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」とは
オリジナルスコアによる映画音楽を日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で楽しむことができる「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」シリーズ。2003年の企画スタート以来、「愛と冒険篇」「感動とサスペンス篇」「SF / ファンタジー篇」などさまざまなテーマのアルバムがリリースされてきた。2021年9月発売の最新作は日本の映画音楽をフィーチャーした「日本映画音楽の巨匠たち シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー 12」。「ゴジラ」「東京物語」「乱」「男はつらいよ」など名作映画の音楽を、壮大なオーケストラサウンドで楽しむことができる。