「日本映画音楽の巨匠たち」特集|竹本泰蔵×CHIAKi×松下久昭が語る、日本の映画音楽とオーケストラサウンドの魅力 (2/3)

誰もが一度は聴いたことのある山本直純楽曲

──昭和なメロディといえば「男はつらいよ」もそうですね。作曲は山本直純さんで、この曲を聴くとあっという間に「寅さん」の世界に引き込まれます。

竹本 山本さんの曲は、日本人なら絶対どこかで聴いているんじゃないでしょうか。映画、ドラマ、CMといろんなところで曲を書かれていて、「これも直純さんだったの?」と驚かされます。それくらい山本さんの曲は浸透していて、日本人にとっては当たり前のような存在。つまり、空気や水みたいに自然に感じられる音楽なんです。それにもかかわらず、心に残るというのがすごいんですよ。

──確かにそうですよね。この曲を聴くと渥美清さんの声が聞こえてきそうですが、渥美さんの歌声の代わりにどんな楽器を使うかは悩まれたのでは?

竹本 それは現場に入ってからも悩みました。結局バイオリンとトランペットにしたんですけど。

松下 その音域をどこにするかもギリギリまで悩みましたね。

竹本 同じメロディをオクターブを上げたり下げたりして弾いてみながら、ちょうどいいところを探っていったんです。

──芥川也寸志さんの「八甲田山」も「男はつらいよ」のように叙情的なメロディで聴かせる曲ですが、こちらは物悲しい旋律が特徴です。

竹本 芥川さんも山本さんのように心に入ってくるメロディをたくさん書かれた方ですね。「八甲田山」は悲しい物語で、雪山を越えようとした部隊が遭難して死んでしまうんですけど、助かった部隊もあるんです。その部隊の曲にもテーマ曲のメロディが使われているのですが、それは悲しげになってはいけない。同じメロディでもシーンによって表現が違うのは、映画音楽ならではですね。

竹本泰蔵

竹本泰蔵

音楽が映画の中心になった「乱」のワンシーン

──アルバムの前半には、「赤ひげ」「影武者」「乱」など黒澤明監督の映画音楽が並びます。黒澤監督はクラシックがかなりお好きで、作曲家に曲を依頼するときにも具体的なイメージがあったそうですね。

竹本 黒澤監督の映画音楽は方向性がはっきりしてますね。それが作品ごとに違う。だから、相当クラシックに詳しくて、いろんな引き出しを持っておられたんだと思います。

──佐藤勝さんに「赤ひげ」を依頼するときは、ベートーヴェンの「歓喜の歌」をイメージされていたと聞いたことがあります。今回、オーケストラで再現してみていかがでした?

竹本 現場では「ベートーヴェンの『第九』っぽいね」と、みんなで言ってたんですけど、やっているうちに「ブラームスの交響曲のほうが近いんじゃない?」という話が出たりして面白かったですね(笑)。

──佐藤さんなりの工夫なのかもしれませんね。

竹本 うん、ひょっとしたらね。監督からは「第九」でいけって言われても、そのままやるわけにはいかないですから。僕が今回、一番印象に残ったのは武満徹さんが手がけた「乱」でした。実に繊細な曲なんですよ。例えば組曲の「I」では、僕は指揮をしないんです。1番が何秒、2番が何秒と時間が決まっていて、それぞれの楽器にどんな演奏をしてほしいのか、そのサンプルだけ譜面に書いてある。それをそれぞれが自由にやるんです。

──決まったメロディがないわけですね。

竹本 最初「これはいったいどういうことなんだろう?」と思っていたんですけど、風なんですよ。映画では草木が風になびいていて、その様子を表現しているんです。

──それは面白い。実に詩的な表現ですね。

竹本 僕が大好きなのが「IV」で、映画では6分まるまる使われているんです。セリフもなくて音楽だけ。音楽が映画の中心になっているんです。この曲がかかるシーンは、敵が城に攻めてくるんですけど、敵に襲われて女官たちがバタバタ倒れていく。そこでふっと音楽の表情が変わるんです、悲しげに。今回、編集のときにフェーダーを使って、そこのところの音の感じを少し変えてもらったんです。オリジナルでもそんなふうにしていたので。そういう繊細さとダイナミックさが、この曲にはあるんです。

左からCHIAKi、竹本泰蔵、松下久昭。

左からCHIAKi、竹本泰蔵、松下久昭。

遠慮して弾いていたらだめ

──武満さんはとても映画がお好きな方だったので、音楽が映像的なんでしょうね。アルバムの後半は「ゴジラ」シリーズをはじめ、伊福部昭さんが手がけた曲が並んでいてこれまた圧巻です。特撮ファンにとってもたまらない並びになっていますね。

松下 私は伊福部先生が亡くなる前、10年くらい一緒に仕事をさせていただいたんですけど、今回、東京音楽大学で先生のスコアをたくさん見つけることができたんです。自分が伊福部先生の音楽を通じて映画音楽に興味を持ったこともあって、そういう個人的な思い入れもありました。

──わかります。僕も子供の頃に「ゴジラ」シリーズの音楽に衝撃を受けました。「ゴジラ」は「男はつらいよ」と同じように日本人の記憶に刻まれた映画音楽だと思います。

竹本 この曲はシンプルに聞こえるけど演奏するのは難しいんですよ。今回やってみて、テンポをキープするのがこんなに難しいとは思いませんでした。演奏しているうちに、どんどん乗ってきてみんなのテンポが速くなってくる。弾きやすいし、よく知っている曲だから、知らず知らずのうちに調子に乗って速くなるんですよ(笑)。

──どんどん、オーケストラが前のめりになっていく(笑)。

竹本 テンポをキープしながらも、テンションを下げないようにして伊福部作品が持っている音楽の圧力を表現しなくてならないので。あと「空の大怪獣ラドン」ではピアノが大変でした。あの曲はピアノが特殊だから。

──というと?

CHIAKi クラシックでは普通やらないような弾き方をするんです。腕や肘、手の平を使って、まるで打楽器のように鍵盤を押さえたり。

竹本 猫パンチとか(笑)。

CHIAKi 伊福部作品は、ピアノが効果音的に使われている曲が多いんです。「空の大怪獣ラドン」に関しては、私と藤田崇文さんという方でピアノを弾いたんですけど、藤田さんは伊福部作品のことをよくご存知で、私が遠慮がちに弾いていたら「この作品のイメージはこうだ!」と実際に弾いて示してくださったんです。それがオケの人たちがみんな振り返るくらい、すごい迫力なんですよ(笑)。それを聴いて曲のイメージをつかみました。

CHIAKi

CHIAKi

──遠慮して弾いていたらだめなんですね。

CHIAKi そうなんです。「銀嶺の果て」はピアノから始まる曲ですけど、最初の音と最後の音だけ楽譜にあって、あとは鍵盤の叩き方とテンポが書いてあるだけで、どんなふうに弾くかは書かれていない。だからといって好き勝手に弾くわけにはいかないので、オリジナルの音源を聴いて「こんな感じで弾いたらいいのかな?」と、確かめながら弾きました。