「日本映画音楽の巨匠たち」特集|竹本泰蔵×CHIAKi×松下久昭が語る、日本の映画音楽とオーケストラサウンドの魅力

映画音楽を日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で楽しむことができる「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」シリーズの最新作「日本映画の巨匠たち」が、キングレコードからリリースされた。

オリジナルスコアをオーケストラで忠実に再現し、最高の音質で録音する本シリーズの最新作「日本映画の巨匠たち」では、初めて日本の映画音楽を特集。「ゴジラ」「東京物語」「乱」「男はつらいよ」など名作映画の音楽が多数収録されており、クレジットには日本を代表する作曲家たちが並んでいる。オーケストラを指揮したのは、長年にわたって本シリーズに携わってきた竹本泰蔵だ。日本映画の音楽の魅力、そしてオーケストラサウンドの醍醐味はどこにあるのか。音楽ナタリーでは竹本をはじめ、今回のレコーディングに参加したピアニスト・CHIAKi、そして本作の企画 / 選曲を手がけたキングレコードのプロデューサー・松下久昭に話を聞いた。

取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 曽我美芽

「東京オリンピック」(1965年公開 / 市川崑)
  1. 「東京オリンピック」エンディング / 黛敏郎
「東京物語」(1953年公開 / 小津安二郎)
  1. テーマ(主題曲) / 斎藤高順
  2. ノクターン(夜想曲) / 斎藤高順
「赤ひげ」(1965年公開 / 黒澤明)
  1. 「赤ひげ」 / 佐藤勝
「影武者」(1980年公開 / 黒澤明)
  1. 「影武者」メインタイトル / 池辺晋一郎
「乱」(1985年公開 / 黒澤明)
「乱」組曲 / 武満徹
  1. [Ⅰ]
  2. [Ⅱ]
  3. [Ⅲ]
  4. [Ⅳ]
「男はつらいよ」(1969年公開 / 山田洋次)
  1. 「男はつらいよ」メインタイトル / 山本直純
「銀嶺の果て」(1947年公開 / 谷口千吉)
  1. 「銀嶺の果て」メインタイトル / 伊福部昭
「ゴジラ」(1954年公開 / 本多猪四郎、円谷英二)
  1. 「ゴジラ」メインタイトル / 伊福部昭
「空の大怪獣ラドン」(1956年公開 / 本多猪四郎、円谷英二)
  1. 「空の大怪獣ラドン」ラドン追撃せよ / 伊福部昭
「キングコング対ゴジラ」(1962年公開 / 本多猪四郎、円谷英二)
  1. 「キングコング対ゴジラ」メインタイトル / 伊福部昭
「怪獣大戦争」(1965年公開 / 本多猪四郎、円谷英二)
  1. 「怪獣大戦争」マーチ / 伊福部昭
「怪獣総進撃」(1968年公開 / 本多猪四郎、有川貞昌)
  1. メインタイトル / 伊福部昭
  2. マーチ / 伊福部昭
  3. 東京大襲撃 / 伊福部昭
「八甲田山」(1977年公開 / 森谷司郎)
  1. 八甲田山テーマ / 芥川也寸志
  2. 徳島隊銀山に向う / 芥川也寸志
  3. 終焉 / 芥川也寸志
「妖怪大戦争」(1968年公開 / 黒田義之)
  1. 「妖怪大戦争」 / 池野成

映画を見れば見るほどシンクロ率は上がる

──「日本映画音楽の巨匠たち」は「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」シリーズにおいて初めて、日本の映画音楽を特集した1枚です。選曲はどのように行われたのでしょうか。

松下久昭 映画音楽はオリジナルの譜面が残っていないことが多いんです。なので、まず譜面を探すところから始めて。出てきたものの中からオーケストラの魅力を感じさせるものを選んで、竹本さんや監修者の藤田崇文さんと相談しながら曲を決めていきました。

竹本泰蔵 これまでも「シンフォニック・フィルム・スペクタキュラー」に参加させていただいてきたのですが、今回テーマが初めての日本映画ということでワクワクしました。海外の作品と比べて距離が近いですし、自分が持っているリズム感やメロディ感覚に近いから、すごく親しみが持てるんです。

──竹本さんは指揮をするときにはどんなことを心がけられましたか? 映画音楽の場合、クラシックのように個人的な解釈を入れると原曲の雰囲気と違ってしまうこともあるので、曲に対する距離の取り方が難しそうです。

竹本 まさにおっしゃる通りで、普通、指揮者というのは曲にどうやって自分の気持ちを入れるのかを考えるんです。でも映画音楽は実用的な音楽ですから、実際に使われたときのものとイメージが違うと、曲を知っている人に違和感を抱かせてしまう。自分の気持ちをどれくらい入れるのか、その判断は楽譜を見ているとき、現場で指揮をするとき、音を編集しているときも常に考えていました。

──そこで指針にしたことは?

竹本 まず、自分がその映画を観たときの印象です。収録曲の映画をすべてレコーディング前に見直したんですよ。そして、そのときに感じた印象にそぐわない表現はやめようと決めました。なおかつ、曲と向き合ったときに「作曲家はこんなふうに考えていたんじゃないか?」「ひょっとしたら、監督からこんなオーダーがあったんじゃないか?」と、なるべく当時の制作風景を読み取るように心がけました。

──楽譜だけではなく、映画と向き合うことも大事だったんですね。

竹本 そうですね。でも、映画を観れば観るほどシンクロ率は上がるもので、「なるほどな」と納得することも多かったですね。

左からCHIAKi、竹本泰蔵、松下久昭。

左からCHIAKi、竹本泰蔵、松下久昭。

「東京オリンピック」幻のエンディング曲

──アルバムの1曲目は、黛敏郎さんが手がけた「東京オリンピック」のエンディング曲です。黛さんらしい知性とモダンさを感じさせる曲ですね。

竹本 黛さんの脂が乗り切っていた頃ですから、雅楽の楽器の音色をクラシックの楽器で表現したり、新しいことをしようという意気込みが伝わってきますよね。

松下 オペラの序曲みたいに、この曲には「東京オリンピック」のサントラのいろんな要素、テーマが詰まっているんです。この曲を聴けばどんなサントラなのかわかる。

──やはり、今年がオリンピックイヤーということで選曲されたのでしょうか。

松下 それはありました。ただ、この曲は映画には使われていないんですよ。映画のエンディングには閉会式の行進曲が使われているので、これは幻のエンディング曲なんです。

昭和の家族の温かさが伝わる「東京物語」

──「東京オリンピック」に続いて、斎藤高順さんによる「東京物語」の「テーマ」と「ノクターン」が収録されていますが、今年の東京オリンピックの閉会式で「ノクターン」が使われていましたね。

松下 偶然なんですよ。閉会式を見ていてびっくりしました。そのときにはすでにアルバムの収録は終わっていて、狙ったわけではないのですが。

竹本 「東京物語」は老夫婦が子供たちに会うために東京に出てくる話で、子供たちは忙しくて相手をしてくれないんです。そんな中で、亡くなった息子の奥さんだけは親切にしてくれる。その義理の娘の家に老夫婦の奥さんが泊まりに行くシーンで「ノクターン」が流れるんです。登場人物の気持ちを音楽が見事に表現しているんですよね。

CHIAKi 私がアルバムで一番印象に残ったのは「東京物語」でした。メロディがすごくきれいで、メロディから昭和の家族の温かさが伝わってきました。