音楽ナタリー PowerPush - 鈴木雅之

“ソウルレジェンドの辞書”に見る35年の物語

鈴木雅之がベストアルバム「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」をリリースした。

鈴木のデビュー35周年に際し発表された本作は、彼にとって初のオールタイムベスト。シャネルズ、ラッツ&スター時代の楽曲からソロの作品、さらにはこの作品のために制作された新曲「純愛」まで、45曲が3枚のディスクに収録されている。

この「ALL TIME BEST」のリリースを記念して、音楽ナタリーでは音楽評論家の田家秀樹による本作のコメンタリーを掲載する。田家は自身がパーソナリティを務めるFM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」に鈴木を招き、本作について取材を行っている。鈴木が信頼を置く田家が“鈴木雅之の辞書”を紐解いていく言葉を通して、ソウルレジェンドの35年の歩みに思いを寄せてほしい。

取材・文 / 田家秀樹

「Martini Dictionary」は“発見の宝庫”

ベストアルバムには2つの役割があるのだと思う。1つは、シングルやヒット曲、代表曲を網羅したお得盤としての役割だ。買いそびれたり聴き逃していた曲を改めて自分の物にしておくという“感動の保存”。そしてもう1つはシングルや単発のヒット曲では見えなかった、アーティストの全体像をたどらせてくれる“発見の宝庫”としての役割。それまで“点”だった楽曲群を“線”につなぎ直してくれる。音楽の聴き方の中で配信の比率が増えつつある今だからこそ、より重要になっているのが後者の役割ではないだろうか。そういう意味で、3月4日に発売になった鈴木雅之初のオールタイムベストは、まさにベスト盤中のベスト盤と呼べる作品だった。オリコンアルバムチャートでは3週連続でトップ10入り。発売から3週間後の3月22日には、なんとデイリーチャートで1位を記録。ベテランアーティストとしては異例の反響を呼んだ。

彼は、今年の2月でデビュー35周年を迎えた。1980年、シャネルズの「ランナウェイ」をいきなりオリコンシングルチャート1位に送り込んで世間をあっと言わせてからそれだけの時間が経つ。そして来年2016年は、1986年にシングル「ガラス越しに消えた夏」でソロ活動をスタートさせてから30周年。もっと言えば還暦を迎える年でもある。彼は、この節目の期間を「STEP 1 2 3プロジェクト」と名付けて昨年から活動中だ。ちなみに昨年“STEP 1”として、彼のカバーアルバム第2弾「DISCOVER JAPAN II」が発売になった。洋楽に憧れることで音楽の道を歩み始めた“ソウルレジェンド”が、自分の中の日本の音楽を追体験するというカバーシリーズの2作目には、戦後の歌謡曲や、近年他界してしまった大滝詠一、桑名正博、柳ジョージらの楽曲が選曲されており、彼がどんな音楽を聴き、どういう音楽を継承しようとしているかが“日本”という文脈の中で鮮明になった画期的なカバーアルバムだった。

DISC 1 シャネルズ、ラッツ&スターの物語

鈴木雅之

活動の“STEP 2”としてリリースされた今作「ALL TIME BEST」は、基本が3枚組だ。初回限定盤はレアトラックや未発表のライブ音源が収められた1枚を加えた4枚組である。1980年のデビューから2015年までの35年間。そのうち、シャネルズとラッツ&スターで6年。ソロが29年。「ALL TIME BEST」のDISC 1にシャネルズおよびラッツ&スター時代の曲が全17曲にわたって並んでいるのは、この作品の特色だろう。彼はこのベストのサブタイトルを「Martini Dictionary」と名付けている。そこには、アーティスト・鈴木雅之を紐解くいくつもの重要な鍵が用意されている。

シャネルズは日本の音楽シーンで初めてドゥーワップをオリコンチャート1位にしたグループだ。その事実だけを見ればシャネルズはボーカルグループということになるが、それでいて彼らはバンドでもあった。演奏も曲のアレンジやハーモニーもすべて自前だ。東京の下町・大森の勤労青年のバンド──。福生に住んでいた大滝が「大森に妙な連中がいる」と聞きつけてわざわざ彼らに会いに来たという事実が、シャネルズがいかに珍しい存在だったかを証明している。鈴木は当時のことを「ドゥーワップをカバーすることが楽しかった。プロになることなど考えていなかったアマチュアのグループだった」と語った。

「ALL TIME BEST」に収められているのは、シングル曲ばかりではない。DISC 1には「ランナウェイ」「トゥナイト」「街角トワイライト」といった、1960年代から日本のポップミュージックを切り開いてきた作詞・湯川れい子、作曲・井上忠夫コンビによるシングル曲に混じって5曲目に「夢見る16歳」が入っている。これは「アマチュアだった」という彼らが「プロに目覚めた」というシャネルズ2枚目のアルバム「Heart & Soul」の中の曲。作詞が佐藤善雄・桑野信義、作曲が鈴木、リードボーカルが佐藤・桑野のナンバーである。そして「和製ドゥーワップ」の頂点と言うべき7曲目の「涙のスウィート・チェリー」を経て、8曲目「MAMMA」から13曲目「星くずのダンス・ホール」まではシャネルズ時代の彼らのオリジナル楽曲が並んでいる。カリプソやサザンソウルやロックンロール。青春の夢や汗や恋物語を描いた“勤労青年”ならではのワークソングやパーティソング。鈴木は、「ドゥーワップはワークソング」だと言った。衝撃のデビューを果たした“アマチュア集団”が、プロの自覚を持ち切磋琢磨してゆく過程で生まれた楽曲……。何よりも、それらの曲を書いているのが鈴木自身だったことを忘れてはいけない。DISC 1は、彼がいかに優れたソングライターだったかを物語っている。そう、「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」は“発見の宝庫”であると同時に“物語の宝庫”でもあるのだと思う。

また、DISC 1にはラッツ&スターの曲が5曲収録されている。R&Bクラシックスから70'sソウルまでを手中に収めた彼らの次なるサプライズストーリーがシャネルズからラッツへの改名だった。ラッツの最初のアルバム「SOUL VACATION」のプロデュースが大滝であるのは、そんな物語のハイライトだ。大滝がほかのアーティストにシングルのAB面を書いたのは生涯これだけという「Tシャツに口紅」「星空のサーカス」。DISC 1の最後の曲「夢で逢えたら」は、1996年にラッツ&スターが再集結したときに、彼らが大滝に「歌わせてほしい」と直接依頼した曲だった。すべてを音楽に注ぎ込んだ下町の“ワーキング・ラッツ”たちの終わりなき夢の物語。それがDISC 1なのではないだろうか。

ベストアルバム「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」 / 2015年3月4日発売 / EPICレコードジャパン
「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」
初回限定盤 [CD4枚組] 4500円 / ESCL-4382~5
通常盤 [CD3枚組] 4000円 / ESCL-4386~8
Masayuki Suzuki taste of Martini tour 2015 Step 1.2.3 ~Martini Dictionary~
  • 2015年5月30日(土)千葉県 君津市民文化ホール
  • 2015年6月5日(金)北海道 札幌市民ホール
  • 2015年6月10日(水)岐阜県 長良川国際会議場
  • 2015年6月12日(金)宮城県 仙台市民会館 大ホール
  • 2015年6月14日(日)青森県 リンクステーションホール青森
  • 2015年6月18日(木)東京都 練馬文化センター
  • 2015年6月21日(日)神奈川県 神奈川県民ホール
  • 2015年6月23日(火)福岡県 福岡市民会館
  • 2015年6月25日(木)新潟県 長岡市立劇場
  • 2015年6月26日(金)富山県 新川文化ホール
  • 2015年7月2日(木)埼玉県 大宮ソニックシティ
  • 2015年7月4日(土)東京都 中野サンプラザホール
  • 2015年7月5日(日)神奈川県 藤沢市民会館
  • 2015年7月9日(木)香川県 アルファあなぶきホール
  • 2015年7月11日(土)兵庫県 神戸国際会館こくさいホール
  • 2015年7月12日(日)静岡県 静岡市清水文化会館マリナート ホール
  • 2015年7月15日(水)滋賀県 びわ湖ホール
  • 2015年7月17日(金)愛知県 愛知県芸術劇場
  • 2015年7月20日(月・祝)大阪府 フェスティバルホール
  • 2015年7月26日(日)長野県 ホクト文化ホール
鈴木雅之(スズキマサユキ)

1956年東京生まれ。1975年にシャネルズ(のちのラッツ&スター)を結成し、1980年にシングル「ランナウェイ」でデビューする。数多くのヒット曲を発表し、1986年にシングル「ガラス越しに消えた夏」でソロデビューを果たす。現在までに「もう涙はいらない」「違う、そうじゃない」「渋谷で5時」など、数々の名曲をリリース。2011年にはカバーアルバム「DISCOVER JAPAN」で第53回日本レコード大賞「優秀アルバム賞」を受賞した。2014年にはカバーアルバム第2弾となる「DISCOVER JAPAN II」を発表。大規模な全国ツアー「Masayuki Suzuki taste of Martini tour 2014 ~Step 1.2.3~」を開催した。2015年3月にデビュー35周年記念のベスト盤「ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~」を発表。