“韓国バラードの皇帝”ソン・シギョンインタビュー|日本ニューアルバムで再び日本武道館を目指す (2/2)

日本らしい歌詞とは

──今回の作品にはさまざまなタイプの曲が収録されてますね。

そうですね。例えば「Kaleidoscope」のような詩的な歌詞は韓国にはあまりないですね。マンガみたいだなと思う。あと「沈黙の音色」も日本っぽい。

ソン・シギョン

──どういうところが?

この曲は、あまり自分の気持ちを話さない2人が一緒にいるだけで愛を感じる、そういう温かさがある、みたいな内容じゃないですか。そういう我慢強い感じは日本人らしいなと思う。韓国の人は思ったことをすぐに口に出しちゃうことが多いんです。「顔色悪いじゃん」とか。

──韓国にはこういうタイプのラブソングはあまりない?

あるにはあるんですけどね。韓国にも昔はこういう曲はありました。

──韓国の恋愛観が変化してきたのかもしれませんね。

どうでしょうね。でもすべての歌詞は僕が読んで気に入ったものであるというのが前提です。そうじゃないと歌えないし。

──例えば、あまり理解できない感情を歌う場合、シギョンさんはどのように気持ちを作るんですか?

僕は基本的にどんな歌でも歌えます。僕にとって歌うことは演技をしているような感覚。完全に歌詞の世界に入り込んで歌の中の人になる。だから違和感もない。こうしてインタビューを受けるときになって初めて「僕個人の意見はこうですよ」と話せます。ちょっと歌詞の話から飛躍してもいいですか?

──もちろんです。

韓国ではMBTI(性格診断テスト)がすごく流行ってるんです。でも僕、あまりあれが好きじゃないんですね。もちろんみんなが好きな気持ちはわかる。人間って人ぞれぞれ違うし、人の心ってものすごく複雑だから、ある程度ラベリングできたほうが楽なんですよ。韓国人は我慢するんじゃなくて、早く結論を知りたがる。「빨리 빨리(パリパリ=早く早く)」です。早く決めたい。だから最近は「沈黙の音色」みたいな歌が少ないんだと思う。

ソン・シギョン

──なるほど。韓国はデジタル大国だからよりスピード感を求めてしまうのかもしれませんね。

もちろん僕の中にもそういう合理的な面はあります。でも同時に、何もしないでただただボーッとしていたい僕もいる。普通の人間としての僕もいれば、芸能人としての僕もいる。多面的な存在として25年活動してきました。

──だから韓国ではセレブリティでも、日本だと新人なのを楽しめる?

それはあるかもしれませんね。確かに僕は韓国でセレブリティとして扱われてる。けど、僕にとってはそれが仕事なんです。本当の自分はスーパースターでもなんでもない。売れ続けてるとそれがわからなくなっちゃう。で、それが悪化するとこういう取材をするときも、「なんでスイートルームを予約しなかったんだ!」と怒っちゃうような人になっちゃうわけ(笑)。

──今日は会議室ですもんね(笑)。

そうそう。僕はいつも地に足を着けた人間でいたい。だから仮に僕の人気が落ちてしまっても、僕のパーソナリティは傷付かない。もちろんこういう仕事は人気あるにこしたことはないですけどね(笑)。

ソン・シギョン

玉置浩二さんは地球で一番歌がうまい

──ちなみにソン・シギョンさんの音楽ルーツはどこにあるんですか?

R&Bですね。マライア・キャリー、Boyz II Men、Take 6、マイケル・ボルトンとかが好きでしたね。あと5つ年上のお姉さんの影響が大きいかもしれないです。New Kids On The Block、Duran Duran、A-ha、デビー・ギブソンのLPやカセットがたくさん家にあったんです。そういう人たちの真似をしながら歌い方を覚えましたね。想像つかないと思うけど(笑)。実は僕、けっこうR&B歌うのがうまいんですよ。

──聴いてみたいです。

いやいや、僕が歌うR&Bはみんなに求められてない。だから“バラードの皇帝”なんです(笑)。でも個人的にはR&Bが大好きです。

──日本人のアーティストで好きな人はいますか?

玉置浩二さんです。あの人は地球で一番歌がうまい。大ファンです。僕がどんなにがんばって練習しても玉置さんのようには歌えない。

ソン・シギョン

──今作には安全地帯や玉置浩二さんの歌詞を数多く書かれてきた作詞家の松井五郎さんが参加されていますね。

本当に光栄なことです。

──ちなみにソン・シギョンさんはどんなご家庭で育ったんですか?

すごく保守的な家でしたよ。父はソウル大学を卒業してサムスンで働いてましたし。

──ソン・シギョンさんも名門として知られる高麗大学を卒業されてますよね。

僕はいい子だったんです。それに親は僕の面倒を見てくれたから、親が望むならいい大学に行こうと思って浪人して高麗大学の社会学部に入りました。同級生たちはだいたい大学3年のとき、軍隊に行って帰ってきて、そのあと海外に留学するんです。

──いわゆるエリートコースですよね。

うん。でも社会学部じゃないですか。学者になるくらいしかないんですよ。大企業にも全然興味ないし。で、この先何をしようかなと思ったとき、歌手をやってみたいと思ったんです。でも芸能人になんかなれるわけないという気持ちもあったから、とりあえず1年だけがんばってみようと思いました。ダメだったら軍隊に行こうって。そしたら僕は幸運なことに活動を始めて半年で「僕に来る道」(ソン・シギョンの人気曲)と出会ったんです。

──大学生のときにデビューしたんですか?

そうそう。「SBS新人歌手選抜大会」で優勝して。

──いろんな曲を歌われているからかもしれませんが、ソン・シギョンさんはすごく現代的な考え方の持ち主ですよね。

とはいえ、どんどん自分が保守的になっているのは感じますよ。それにおっさんが若いふりしてるのもカッコ悪いじゃないですか。僕は1979年生まれで、アナログとデジタルの真ん中に挟まれた世代なので、その移行を体験できたのは大きかったと思います。K-POPがこんなに人気になるなんて思いもしませんでしたし。

ソン・シギョン

──ソン・シギョンさんは男性シンガーとして長いキャリアを持っていますが、現在の韓国の音楽業界をどのように見ていますか?

いちファンとしてみてますね。僕は一応芸能界に長くいるほうだから、よく後輩から「どうやって成功したんですか?」と聞かれるんです。でも「それはパン(・シヒョク)さんやイ・スマンさん、JYPに聞いたほうがいいよ」と答えてます。

──それはなぜ?

ネガティブな意味じゃなくて、僕は同じ歌手でもアイドルとして活躍している彼ら彼女らと自分が同じ仕事をしていると思えないんですよ。さっき僕はR&Bが好きだと言ったけど、BTSは現代のマイケル・ジャクソンじゃないですか。韓国人がマイケル・ジャクソンになってるんですよ? 以前だったら考えられないことです。同じ韓国人の歌手としてうらやましいと思う気持ちもあるけど、それよりもたぶん皆さんと同じで不思議だな、すごいなと思って見てますね。

──その感覚はすごく面白いですね。

ただこれだけは言っておきたいんです。みんなは成功したK-POPシーンだけを見て「すごい」と言ってるけど、その裏にどれだけチャレンジして潰れた人たちがいたのか。僕はそういう人たちをたくさん見てきました。僕はいわゆるK-POPとは違うけど、今日本や世界で活躍してる韓国のアーティストたちは、それぞれが信じられないほど努力しています。そこはわかってほしいです。

──2000年代からずっと活動されてた方がおっしゃると説得力が違いますね。

とはいえ僕も日本では新人なので(笑)。かつて実現できなかった日本武道館でコンサートをいつかしてみたいです。

──あとぜひR&Bにもチャレンジしていただきたいです。

それは考えておきます(笑)。

ソン・シギョン

プロフィール

ソン・シギョン

1979年生まれ、韓国出身のシンガーソングライター。MC、DJ、タレントとしても活躍している。韓国で2000年にデビューを果たし、韓国の人気ドラマ「シークレット・ガーデン」「星から来たあなた」などの劇中歌で広く知られる存在に。2017年にアルバム「DRAMA」で日本デビュー。2023年11月にニューアルバム「こんなに君を」をリリースした。