ソン・シギョン特集|感情に溺れず、心を震わせる「歌で人の心を動かす」バラード歌手の信念

ソン・シギョンが、新作ミニアルバム「しあわせのかたち」を9月17日にリリースする。ソン・シギョンは1979年生まれ、韓国出身の人気シンガー。2000年のデビュー以降、バラードを中心に数々のヒット曲を生み出してきた、韓国を代表する大御所アーティストだ。近年はNetflixのグルメ番組「隣の国のグルメイト」に松重豊とともに出演し、音楽ファン以外にも日本での知名度を広げている。

「しあわせのかたち」は、前作「こんなに君を」以来、約2年ぶりの新作。松井五郎が作詞を手がけたタイトル曲「しあわせのかたち」、川崎鷹也が作詞作曲した「あなたに出会わなければ」、ソン・シギョン自身が作曲した「Separation」など、日本語詞の新曲6曲が収録されている。

今回のインタビューでは、「しあわせのかたち」の制作過程に加えて、ソン・シギョンが大切にしている歌へのこだわりやアプローチ、マインドセットについて話を聞いた。彼がなぜ「バラードの皇帝」として韓国で確固たる評価を得ているのか、その一端を感じ取ってほしい。なおこれまでの音楽ナタリーでのインタビューと同様、ソン・シギョンは今回も通訳を一切介さず、流暢な日本語で自身の思いを語ってくれた。

取材・文 / 宮崎敬太

松井五郎の歌詞のすごさ

──ミニアルバムのタイトルを「しあわせのかたち」にしたのはなぜですか?

表題曲の「しあわせのかたち」を収録曲に選んだときから、メロディも含めて「これがタイトルだな」と感じたからです。曲名を決めてくれたのは、作詞をしてくれた松井五郎さん。何個か候補はあったんですが、これが一番いいなと直感で思いました。

──松井さんはソン・シギョンさんが作曲した「Separation」でも作詞を担当されていますね。

僕が作曲して、松井さんに歌詞を書いてもらう形は日本盤の定番みたいな感じになっていますね。そして松井さんに歌詞を書いていただけることは光栄なことです。(松井)先輩が手がけてきた歌詞はどれも素晴らしいです。歌詞って、あるレベルを超えるとシンプルになるんです。全然ややこしくない。メロディを書くうえでも、歌詞は大切なので、こうしてご縁があって自分の曲の歌詞を書いていただけることはとても幸せです。メロディは聴き手がいろいろ解釈できると思うんですが、詞は書いてあることがすべてなので、重要です。僕は詞の意味が理解しきれない曲は歌いませんし、歌えません。

ソン・シギョン

──松井さんの詞はどのようなところがほかの方と違うのでしょうか? 選ぶ言葉? 言葉に込められた感情? それとも言葉の表現力でしょうか?

これはちょっと説明が難しいんですけど、洋服で例えると、とてもシンプルな服なのに「なんかすごくいい」ってものがあるじゃないですか。そういう感覚です(笑)。

──ぜひもう少し詳しく教えてほしいです。

松井さんだけの“味”があるんですよね。ただメロディに言葉を乗せただけじゃなくて、曲全体のレベルを上げてくれる。「Separation」でも僕の曲の足りない部分を言葉で補完してくれた。松井さんの歌詞が乗ったことで、楽曲としての完成度が一段上がった感覚があります。ちなみに僕は「幸せには思うより違う道もある」というフレーズがとても気に入っています。

──すごくシンプルな言葉ですよね。

でも、限られた文字数の中に感情や情景を入れて、音律的にも正しく、いい歌詞を書くことは難しいんです。松井さんはすごく詞を書くのが早くて驚きます。僕がずっと一緒に音楽を作っている韓国の作詞家も同じくすごく早い。早いのにできあがってくる歌詞にはいつも感動する。「こんないい歌詞があるんだ」と思うくらい。あの方たちは時間とかそういう次元じゃないんだと思います。

歌詞は台本、歌は音程があるお芝居

──「あなたに出会わなければ」は日本のシンガーソングライター・川崎鷹也さんが作詞作曲をしています。

まだ川崎さんにお会いしたことがないのですが、日本のレーベルが集めてくれたデモを聴いていて、「すごくいいな」と思いました。先日、InstagramのDMで初めてご挨拶させていただきました。川崎さんがもし韓国にいらっしゃることがあったら、おいしい焼肉をご馳走したいです。

──この曲を歌うにあたって、ご自身の経験と重なる部分はありましたか?

「あなたに出会わなければ」は恋人と別れたけど、その人のことが忘れられなくて……という歌です。僕の「거리에서」という曲に少し似ています。「あの街の、あの道で、似ている後ろ姿を見かけた。けど違う人だった」みたいな。メロディも歌詞もすごくシンプルで、気に入っています。自分が「あなたに出会わなければ」と感じたことがあるかを改めて考えてみたんです。でも、やっぱりなかったですね。僕はどんなにつらくても「出会ってよかった」と思うタイプです。

ソン・シギョン

──ソン・シギョンさんは以前のインタビューで「僕にとって歌うことは演技をしているような感覚」とお話しされていましたが、実際には思っていないこと、感じていないことをどのように自分のものとして表現するのでしょうか?

俳優の方々が、見たこともない時代の将軍を演じたりするのと同じですね。

──というと?

僕にとって、歌詞は台本と同じです。そのうえで、表現する中で一番大切なのは集中力だと思っています。

──ただ「台本を読むだけ」でいい、というわけではないですよね?

いや、ただ読めばいいんです。それがすべてかな。「こんなに胸が痛むこと無かったな」「あなたと出会わなければ」と歌詞に書いてある。ならば、レコーディングでとにかく集中していれば、歌詞に書かれているような気持ちになれます。歌手は、役者さんのように、表情で表現するわけではないので、たとえではなく、僕にとっては本当にお芝居みたいな感覚なんです。音程があるお芝居。ハッピーソングを歌えばハッピーになれるし、悲しい歌なら本当に悲しくなれる。でもその気持ちになるためには集中力が必要になります。俳優さんがカメラの前でいきなり泣くことができるのと同じ感覚かな。僕は歌手だから、歌でみんなを泣かせたり感動させたりしたい。