ナタリー PowerPush - 砂守岳央(沙P)
異色ボカロP“沙P”の本当に異色なキャリアとサウンド
ニワトリを飼う部活動
──そうやって才能を集めたり、企画立案したりする、まさに“P”的気質ってどこで養ったんですか?
どこでかなあ……。ルーツみたいなものがあるとするなら高校時代、ニワトリを飼う部活がありまして(笑)。
──飼育委員とか飼育係ではなく?
今はもうないらしいんですけど、僕が通ってた当時、武蔵の校内にニワトリ小屋があって。最初は先生がやっていたらしいんですけど、僕がいた頃には生徒の手に渡っていまして、自分たちで小屋を増築しては、そこで勝手にニワトリやらアヒルやら飼っている、という経緯で結成された部が……。
──部活じゃないじゃないですか(笑)。
部活じゃないです!(笑) その“豊作会”っていう集まりがあったんですけど、これがホントにラノベに出てくるような謎の集団で。ニワトリを口実にみんなで集まっては「次何して遊ぶ?」っていうことばっかりずっと考えてたんですよ。新しい鬼ごっこを作ってみたりとか、ゴミ捨て場でクルマのサスペンションを拾ってきて「これを使った新しい球技を考えようぜ」って言ってみたりとか。で、1週間くらいそれを流行らせたらすぐに飽きる(笑)。
──あはははは(笑)。バカな遊びを考案しては速攻で飽きるって、いかにもな男子高校生の放課後だ。
ただ、何かプロデューサー的なことをするきっかけがあるとしたら、“豊作会”のような気はします(笑)。あの遊びの延長線上で今も活動している感じです。
とにかく来た球を打ち続けていく
──その“豊作会”の経験の賜物でもある「僕と少女と宇宙船」や、砂守さんが手がけたイメージソングがニコ動で人気になって、アップルストア銀座で上映会が開かれるまでになったときの気持ちって?
なんか「なるほどなあ」って感じでした。もちろんうれしかったんですけど、あるプロジェクトや仕事をやり終えるともう次に進みたくなるんですよ。何かを作っていると絶対に「ここはああすればよかった」っていうのが出てくるので、思考がすぐにそっちに行ってしまって。「よかったなあ」っていう瞬間はわりとすぐに終わって「じゃあ次は何をしよう」って考えちゃうんです。
──ボイスドラマの作家や、脚本家として生きていこうとは?
ボイスドラマを作り終えたあと、作品を持って「僕は、こういうことをやっている人間です」っていろんなところを回ったら「面白いね」って反応はあったんですけど、ただ「これはそのまま商品にはしづらいから、CDを一緒に作らない? そこで1曲書いてみない?」というお話をいただいて。で「ちょっとやってみます」って言って、やったら「あれよかったから、また頼むよ」って言われて……みたいなことを続けていたら、だんだんやることがシフトしていって。ナタリーに書いていただいたような“マルチ”なことになっていたって感じですね。
──もともと音楽で食べていきたいという志向があった?
僕、映画の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」がすごい好きなんです。異常なまでのスキルを誇るキューバのミュージシャンたちがいろいろあって、老人になってもまだ音楽を続けている。あの境地に行ってみたいんです。それにはやっぱり一生音楽をやっていなければならないし、今の日本の社会で音楽のことだけを考えて生きていくにはプロになるしかないだろうな、って大学生の頃から思っていて。だからニコ動があるならニコ動をやるし、才能が揃っているならボイスドラマを作るし、それがきっかけになってボーカルユニットのサウンドディレクションやアニメソング制作の仕事をもらえるなら、それをやる。そのときそのときに求められていることに応じながら、音楽で生きていって、あの地平というか出口を探しているんです。とにかく来た球を打ち続けていくつもりで。結果、どんどん広がって音楽以外のこともやっているじゃないかって言われてしまいそうなんですが、それも創作活動という根っこでは同じなので、僕の中ではつながっています。
バカみたいに明るいコンテンツがあってもいいよな
──では「ボカロナンバーを作ってみれば?」という球はどこから飛んできました?
半ば自分で投げたというか(笑)。ニコ動で活動していたら、ボカロPの友達もできるようになって。そうしたら彼らから常々「ボカロ曲を作ってみたらいいじゃん」って言われるようになり。僕も僕で「わかったわかった! 20代のうちには作るから」って言っちゃって。「言っちゃった手前しょうがないなあ」って29歳最後の日にニコ動に上げたのが今回のアルバムの表題曲にもなっている「覚醒ラブサバイバー」で。
──渋ってたわりに華々しいデビューになりましたよね。再生回数ランキング上位入りも果たした勝因はなんだったんでしょう?
もし勝因があるとするなら、底抜けに明るいものを作ったからかもしれないですね。ネットってちょっと屈折したものが受け入れられやすいというか、僕もそういうノリはすごく好きなんですけど、なんかこう、バカみたいに明るいコンテンツってあんまりないなあ、と思っていて。「そういうものがあってもいいよな」と作ってみたのがあの曲なんです。
──確かに「覚醒ラブサバイバー」に限らず、アルバム収録曲はたいてい超アッパー。しかも歌詞はボーイ・ミーツ・ガール、ガール・ミーツ・ボーイ的な恋愛に対してものすごく希望を持っている。
僕、今それを言われて気付きました(笑)。ホントに恋愛のことしか歌ってない。
──「覚醒ラブサバイバー」って同題小説とのメディアミックスプロジェクトの1作品でもあるからこそテーマを一貫させたのかと思ってたんですけど……。
いや、小説とのコラボ企画は、曲を聴いた電撃文庫MAGAZINEの編集部の方からいただいたお話なので、音楽が先なんです。それに曲も小説も結局のところ自分を投影しないと書けませんから。もちろん自分の恋愛経験とか恋愛観だけで書き続けると同じようなテイストばかりになってしまうので、いろんな方向から光を当てるようにはしてますけど、やっぱり自分の思ってること以外のことって絶対に書けなくて。昔はできる気がしてたんですけど、ボカロPという個人的な創作活動を始めてみて「書けないな」ってことがよくわかりました(笑)。
- ニューアルバム「覚醒ラブサバイバー」2013年12月11日発売 / FlyingDog
- 「覚醒ラブサバイバー」
- 初回限定盤 [CD+DVD] 2625円 / VTZL-70
- 通常盤 [CD] 2100円 / VTCL-60356
CD収録曲
- ハッピーエンドジェネレイタ
- 覚醒ラブサバイバー
- オトギノート
- 致死性恋愛症候群
- 初恋暴走アノマロカリス
- ジェリーフィッシュ・ネオン
- サイキックガール・ア・ゴーゴー
- 全力疾走ボーイミーツガール
- 夕闇リフレイン
初回限定盤DVD収録内容
- 覚醒ラブサバイバー(MUSIC VIDEO)
- 全力疾走ボーイミーツガール(MUSIC VIDEO)
- 初恋暴走アノマロカリス(MUSIC VIDEO)
- ハッピーエンドジェネレイタ(MUSIC VIDEO)
- サイキックガール・ア・ゴーゴー(MUSIC VIDEO)
砂守岳央(沙P)(すなもりたけてる(すなぴー))
1983年生まれの作詞家、作曲家、作家、シナリオライター、プロデューサー。私立武蔵高校から京都大学を経て進学した東京藝術大学大学院在学時となる2009年、沙P名義で同じく藝大の学生らとともに制作集団「ProjectTRI」を立ち上げ、自ら監督・脚本、イメージソングの作詞作曲を手がけたボイスドラマシリーズ「僕と少女と宇宙船」をニコニコ動画で発表。瞬く間にアクセス数を集め、2010年1月には同作の上映イベントが東京・アップルストア銀座で開催される。以降、ニコ動で人気の歌い手への楽曲提供やドラマCDの監督や脚本、アニメのキャラクターソングの制作、映画音楽など、幅広いジャンルで活躍。2013年3月には自身初となるボカロナンバー「覚醒ラブサバイバー」がボカロ再生数ランキング上位に輝く。そして以降「全力疾走ボーイミーツガール」「ハッピーエンドジェネレイタ」などさまざまな楽曲を立て続けに公開し、同12月には本名名義のメジャー1stアルバム「覚醒ラブサバイバー」をリリースした。メジャーデビューと同時に、同タイトルの電撃文庫「覚醒ラブサバイバー」にて作家デビューも果たす。