Spotify特集 田中宗一郎インタビュー|会話自体がエンタテインメントになり得るポッドキャストの可能性

「POP LIFE: The Podcast」ホスト
田中宗一郎 インタビュー

音声メディアだからこそやれること

「POP LIFE: The Podcast」

「POP LIFE: The Podcast」

──田中宗一郎さんと三原勇希さんがホストを務める「POP LIFE: The Podcast」の配信は、2019年2月にスタートしました。このプログラムを立ち上げた経緯を教えてもらえますか?

2013年にThe Sign Magazineという音楽サイトの発足に参加した時点ですでに「近い将来、何かしらの形で音声コンテンツを始めたい」というアイデアがありました。でも、資金的な部分、テクニカルな問題からずっと躊躇していた。その後、2016年に日本でもSpotifyのサービスがローンチされ、「POP LIFE」という名前のプレイリストのキュレーターをやらせていただくことになったんですが、その頃から「ポッドキャスト事業を念頭に置いている」という話を伺っていて。

──そこでお互いのニーズが合致したと。田中さんが音声メディアに興味を持っていたのは、どういう理由なんですか?

音声メディアにしかやれないことがあるはずだ、という確信ですね。以前、福岡のCROSS FMで7年ほどラジオ番組をやらせてもらってはいたんだけど、「rockin'on」「snoozer」というポップ音楽にまつわる雑誌に関わるようになって以来、僕はずっとテキストベースで仕事をしてきたわけです。雑誌、Webメディアにはそれぞれにアドバンテージがあって、もちろんそれでしかやれないことがあるわけですが、音声メディアだからこそやれることがあると常々思っていたんです。

──ポップカルチャーの批評において、ということですか?

田中宗一郎

そうです。1つには、音声メディアは結論や正解を回避することができるんです。そもそも批評の役割というのは、正解を提示することでオーディエンスに安心や慰めを与えることではなく、彼らの主体性を掻き立てることだと思うんです。だからこそ僕自身もエビデンスやファクトは押さえたうえで、読者が「え、本当にそうなの?」と感じるような荒唐無稽なことをあえて書いたり、結論まで書かないでほのめかしたり、はぐらかしたりすることでどこか読者を不安にさせて、思わず実際の作品にアクセスして自分自身でそれを確かめずにはいられない、というメカニズムを意識しながらテキストを書いてきた。それに、そもそも言語は何かを伝えることには向いていないと思うんです(笑)。むしろ言語というのは受け手の主体性をくすぐったり、思考や感情を刺激したりすることに向いている。ところが、ここ10年のトレンドというのはファクトとエビデンスをがっちり固めたうえで作品、作家、状況を解説する、つまり正解を提示するという方向に向かっていて、明らかに読者やオーディエンスもそれを求めている。その余波として、現在のソーシャルメディアではシェアされたテキストに同意するかどうか、ということをどこか強要してしまうようなメカニズムができあがってしまった。でも書き手としても、“禿同”(激しく同意を意味するネットスラング)なんてリアクションは本当にいたたまれない。そんなリアクションを誘発した時点で、そのテキストは失敗だと思ってしまう。

──確かに「この記事に対して、賛成か反対か」に二分化される傾向は強いですよね。

それって文化的にも政治的にも退行なんじゃないかと思うんです。いろんな立場やさまざまな解釈というグラデーションを無効化させてしまう。“ハッシュタグアクティビズム”にしてもそうですよね。もはやあまり口にしたくない言葉ですけど、多様性が奪われてしまっている。ただそういった現象というのはおそらく、答えや学びを見つけることで「自分は間違っていない」という安心と慰めを得たがる欲望の表れだと思うんです。自己啓発本やオンラインサロンのブームにしても同じメカニズムが働いていると思わずにはいられない。でも、僕自身は少なくとも作品批評のうえでは解釈の多様性や可能性を広げることがやりたいし、大袈裟なことを言うと、リーマンショック以降ずっと続いていて、パンデミック以降さらにその混乱が加速したかのように思える、不確定で不安な世界における答えのなさにオーディエンスがしっかりと向き合う勇気を鼓舞したいんです。実際、僕自身にとっては「自分は間違っているんじゃないか?」という自己批判を促す場所にもなっています。少なくとも、最終的な結論や正解はオーディエンスの1人ひとりが導き出すような環境作りがしたいんです。

──それを実現するためには、音声コンテンツのほうが向いている、と?

そうです。テキストというのはどうしても結論を必要としますよね。でも、「POPLIFE」のような複数の人間の座談会形式による音声コンテンツというのは帰着点がなくても成り立つんですよ。結論や正解はむしろオーディエンスの側が引き出してくれればいい。出演者の意見がすれ違ったり、対立したりしてもいいから、1つの問題意識、モチーフとなるテーマや作品を共有したうえでとにかく60分、90分と話していると、出演者もオーディエンスもそこから刺激を受けていく。そうすることで何かしらの新たな思索やヒントが生まれるような時間と空間、オーディエンスそれぞれの生活における思索や対話のプラットフォームを作りたかった。だからこそ、まず重要なのはしかるべき問題の設定なんです。

問題意識を共有する“超・雑談形式”

──「POPLIFE」は“台本ナシの超・雑談”を謳っていますが、それ自体が番組のコンセプトにつながっているんですね。

そうです。僕は音楽評論家としてラジオやテレビの番組などに呼ばれることもありますが、MCやホストの方がオーディエンス、視聴者の代表として質問し、それに対して専門家である自分が正解を提示するという構図がどうにも居心地が悪いんです(笑)。例えば「ラップやR&Bが産業的にも文化的にも大きくなりましたが、ロックがこの先、メインストリームに戻ることはあるでしょうか?」と聞かれるとします。そう聞きたい気持ちもわかるんですけど、僕はどうしてもその問題の立て方自体が有効ではないと思ってしまう。少し前にあった「音楽に政治を持ち込むな」という問いの立て方にしてもそう。非政治的な態度を含め、あらゆるものは政治的なので、その問題提起自体がおかしいし、それに対して賛成意見と反対意見が生まれて、その2つが対立する構図そのものがナンセンスだと思わずにはいられない。そういう状況をクリアにするためにはやはり、複数の人間が問題意識を共有して“超・雑談形式”で話すことが有効だと考えたんですね。実際、「POP LIFE」では「90分間話して、何も答えは出ていないけど、しかるべき問題は提示できた」という回もあります。

田中宗一郎

──1時間以上話し続ける回も多いですよね。

長時間、同じ4人や5人で話し続けることも重要なんです。3、4時間話し続けていると、それぞれの関係性にも変化が訪れて、よくも悪くも緊張感が削がれ、思わずこぼれ落ちる本音や感情的な言葉があり、それをきっかけにして会話が広がっていくことも多い。やっぱり思わぬハプニングを音声として切り取りたいんですよね。で、そこから零れ落ちる感情的な部分も含めて、エンタテインメントになるだろうなと。

──話題がどんどん移り変わるし、どういう流れになるかわからない面白さもあります。

そのためには合理性や効率性とは逆の方向を目指さなければならないんです。でも、最初の制作スタッフとの打ち合わせでは「YouTuberのようにテンポよく短時間でまとめる番組がいいのでは?」という意見もあって、「これは困ったな」と(笑)。当初、番組のロールモデルは、ジェネレーションXを代表する作家、ブレット・イーストン・エリスのポッドキャストだったんです。カニエ・ウエストをはじめとするミュージシャン、映画関係者、政治家からただの友達までいろいろな人と対話するプログラム。話す相手が違うと議論の内容や結論も変わって、しかも各エピソードには連続性がある。でも、制作スタッフにはどうにも伝わらなかったので、もう1つ挙げたのが、中島みゆきさんが1970年代の終わりからやっていた「オールナイトニッポン」。最初の20分くらいは中島みゆきさんが完全な躁状態と言いますか(笑)、誰もが共有できる楽しい話題が続くんだけど、やがて少しずつ親密なムードになっていって、番組が終わる頃には中島さんの音楽と同じような漆黒の世界になっていく。2時間の間にまったく別な空間が生まれるんですね。実はハウスミュージックのパーティにも同じことが言えるんです。誰もが楽しめるアップテンポな曲で始まり、少しずつドープになっていって、明け方にはようやくボーカル入りのキラキラしたメロディの曲までたどり着くという。

──DJとしての経験も活かされていると。

共通するのは、肩に力の入ったトーン&マナーをほぐしてやるにはどうしても時間的な長さが必要になるというアイデアですね。あとは東浩紀さんが運営している「ゲンロンカフェ」のイベントもヒントになりました。彼らは酒を飲みながら6時間や7時間は当たり前に話していたりもするからグダグダになることもあるんだけど(笑)、カジュアルに話すことで生まれるエンタテインメント性もあるし、だからこそそこでの鋭い言説もより際立つ。なので、「POPLIFE」でも僕自身はわざとボケてみたり、話題を脱線させたり、あえて出演者の意見に疑問を呈したり、どこか会話全体の流れを相対化することに力点を置いています。だから、実は自分が話したいことはあまり話していなかったりもするんです(笑)。


2020年8月21日更新