Spotify「My トップソング 2018」特集 曽我部恵一|音楽ストリーミングサービスが作り手とリスナーにもたらす価値

大物サブスク解禁の意義と副作用

もっとも、「打上花火」に関しては、米津玄師が手がけた楽曲であるということも考慮すべきかもしれない。テレビドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」の大ヒットでさらにプレゼンスを高めた彼の楽曲が、今年に入って新たなファン層に聴かれたという側面もあるだろう。

現時点で、米津玄師の楽曲は国内のストリーミングサービスで聴くことはできない。一方で、2018年は大物アーティストのストリーミング解禁が1つのキーワードとなった感がある。

特に大きなニュースとなったのが、5月にこれまでの音源を各種ストリーミングサービスにすべて解禁したMr.Children。解禁時にはSpotifyの再生ランキング上位50曲のかなりの割合がミスチルにジャックされるという、いわば“祭り”の様相を呈した。ミスチル以外にも、宇多田ヒカル、コブクロ、椎名林檎、松任谷由実、ももいろクローバーZら、また昨年後半にはDREAMS COME TRUE、福山雅治も楽曲を解禁。新旧の名曲をいつでも聴くことが可能になった。

大物アーティストの“解禁”は、ストリーミングサービス自体の知名度向上だけでなく、日本のポップスの歴史を彩った名曲との接点の増加という素晴らしい意義がある。ただ一方で、「未知の音楽、最新の音楽よりも懐かしい音楽、昔好きだった音楽を聴きたい」という抗いがたい欲求を音楽ファンに呼び起こし、前述したような「『リアルタイム』という概念の後退」をさらに推し進めるという副作用もあるように思える。

ノスタルジーに浸りながら音楽を聴くのは決して悪いことではない。むしろ正しい音楽の楽しみ方の1つでもある。ただ、「過去の名曲」が「リアルタイムの音楽」の超強力なライバルとなり得る、という事実は一応指摘しておきたい。

世界、韓国、日本の接続

ポップミュージックにおける時間軸の考え方を一新したストリーミングサービスは、同時に地球上の距離の概念も無効にしていった。日本の音楽シーンはこれらのサービスによって世界の音楽市場と接続され、日本のミュージシャンがグローバルヒットを生み出す可能性も格段に高まった。

ONE OK ROCK

国内の再生ランキング上位に唯一今年の楽曲を送り込んだONE OK ROCKは、そんな時代の象徴的な存在と言えるだろう。アメリカに拠点を移す形で自らのサウンドをビルドアップしてきた彼らは、日本での現役のロックヒーローとしての地位を確固たるものにするだけでなく、「海外で最も再生された国内アーティスト」ランキングの1位という形でグローバルマーケットにおいても存在感を放った。映画「君の名は。」の世界的なヒットに伴い海外での再生回数を伸ばしたRADWIMPSを上回ってのトップ、と言えばその価値がより高まるのではないか。

日本国内で最も再生されたアーティスト

  1. BTS(防弾少年団)
  2. ONE OK ROCK
  3. TWICE
  4. 宇多田ヒカル
  5. Mr.Children

そのONE OK ROCKは「日本国内で最も再生されたアーティスト」の2位。彼らを抑えて1位に輝いたのがBTS(防弾少年団)である。「世界で最も再生されたグループ」でも2位に名を連ねるなど(1位はImagine Dragons)世界中で旋風を巻き起こしたBTSは、日本においても今年を代表するアーティストとなった。BTS、「日本国内で最も再生されたアーティスト」3位のTWICEを中心に、韓国のポップスターが人気を博したのも2018年の日本のシーンの特徴である。というよりも、K-POPを筆頭としたアジアのポップミュージックの世界的な支持拡大と同様の傾向が日本でも顕在化した、という説明のほうが正確かもしれない。

数年前、日本の音楽シーンを説明する際には「ガラパゴス化」という言葉が頻繁に使われていた。世界で支持される日本のバンドが登場し、かつグローバルのトレンドが日本にも影響を及ぼしていることが見て取れるSpotifyのランキングは、半ば「鎖国状態」にあった日本のシーンの空気がだいぶ変わってきていることを示しているように思う。前述の通りストリーミングサービスの市場規模はCDと比べてまだまだ小さく、この状況が「日本全体の趨勢」というには現時点では無理があるものの、こういったうねりがこの先もっと大きくなっていくことを楽しみにしたいと思う。

今年は「U.S.A.」の年だった

「リアルタイム」という概念の後退と、「日本と海の向こうはシームレスにつながっている」という空気の顕在化。Spotifyのランキングを媒介にして2018年の日本の音楽シーンを総論としてまとめると、ともすれば矛盾しているかのような2つのキーワードが浮上する。この分裂した状況をどう捉えるかは人それぞれではあるが、個人的にはストリーミングサービスが日本の音楽シーンを「さまざまな音楽の楽しみ方が許容される空間」に改めて作り変えてくれるのではないかと期待している。

最後に、より個別の事象の紹介として、「バイラルチャート」(Spotify上からSNSでシェアされ聴かれた回数をベースに、今話題となっている曲を指標化した独自ランキング)の年間ランキングの上位曲に触れて本稿の締めとしたい。

Spotify Japan バイラルチャート 年間ランキング

  1. U.S.A. / DA PUMP
  2. ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem- / Division All Stars
  3. HANABI / Mr.Children
  4. La Cintura / アルバロ・ソレール
  5. Eastside (with Halsey & Khalid) / ベニー・ブランコ

3位はMr.Children「HANABI」。2008年リリースのこの曲は、主題歌となったドラマ「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」の新シーズン放映と合わせてたびたびリバイバルヒットを記録してきたが、今年公開された映画版の大ヒットによってさらに支持を拡大した。

2位は「ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem-」。男性声優がラップを披露するこのプロジェクトは世間的にも大きなブームを巻き起こすと共に、どんなものでも消化するラップという文化の懐の深さを改めて印象付けた。

DA PUMP「U.S.A.」通常盤ジャケット

1位はDA PUMP「U.S.A.」。彼らが2018年に最も話題となる楽曲をリリースすると信じていた人は、去年時点ではほとんどいなかったのではないかと思う。荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」のブームなどの追い風も受けながら、チャーミングな歌詞と確かな歌唱力、ダンススキルによって多くの人たちを虜にした。文句なしに「今年一番世の中を騒がせた楽曲」であり、おそらく年末のテレビ番組で最も耳にする曲となるだろう。

2019年も、多様な音楽が思わぬ角度から我々を楽しませてくれることを願ってやまない。

Spotify
Spotify

2008年にヨーロッパでスタートした、スウェーデン発の音楽ストリーミングサービス。2011年にアメリカに進出し、日本では2016年11月に本格的にスタートした。国内外4000万曲以上の楽曲をラインナップし、2018年12月時点で世界でのユーザー数が1億9100万人超を記録。世界各国のキュレーターやアーティスト、音楽ファンが作成した膨大なプレイリストや、アルゴリズムに基づく独自のレコメンド機能を持つ。