音楽ナタリー Power Push - 映画「SING/シング」特集 蔦谷好位置×三間雅文

夢のキャストが歌いつなぐ“動物音楽ドラマ” 工夫と愛に満ちた吹き替え版舞台裏

“バスター”内村光良のストイックさ

バスター・ムーン ©Universal Studios.

蔦谷 主人公のバスターのお気楽な感じが、またいいんですよね! 不完全な主人公だけど、実はバスターのいい加減さこそがみんなの救いになっていて。

三間 そうなんです。だからこそ、彼が初めて人生の壁にぶち当たったときは、周囲が一丸となって助けようとする。そこは演出的にもポイントだと意識していました。

──オリジナル版のバスターの声は、「ダラス・バイヤーズクラブ」や「インターステラー」で主演を務めたマシュー・マコノヒーが担当しています。吹き替え版の声優を務めた内村光良さんとは、演出について何か打ち合わせたりしましたか?

三間 いえ、なんといっても日本を代表する芸人・コメディアンであり、ご自身で映画の監督・脚本・主演もされてますから。最初に基本的なことはお話ししましたが、あとはすべて、現場対応です。今回、アフレコはすべて個別に行ったので、それぞれの出演者としっかり向き合えたのは幸せでした。

蔦谷 内村さん、力の抜き加減が絶妙でした。バスターのテキトーな生き方とかちょっとしたずるさがセリフからにじみ出していて(笑)。最初に観たときは感動しちゃった。

三間 とにかく真面目な方という印象だったので、今回のアフレコにあたってはアニメーションの発声についても事前にかなり研究されてきたと思うんです。僕の仕事はほぼ、その硬さを現場でほぐすことだった気がする。恐れ多いと思いつつ「内村さん、そこの声の出し方、もう少しだけ雑めにいきましょうか」みたいな感じで(笑)。セリフの間とか、ちょっとした声の表情なんかは、あちらがプロ中のプロですからね。

蔦谷 なるほど、そうだったんだ。

三間 その感覚をつかまれるのも早かったですよ。ストーリーが進むほどに声の出し方もしなやかになっていって。実はラストまで録り終えた段階で、内村さん自身の提案で、導入の部分を再レコーディングしたんです。そこの硬さがどうしても気になると。

蔦谷好位置

蔦谷 さすがプロですね。今回、バスターの歌唱シーンはほとんどなくて、ヤマアラシのアッシュと一緒にカーリー・レイ・ジェプセンの「Call Me Maybe」のさわりを歌うところと、あとは作業をしながら「♪ドゥンツク ドゥンツク」って鼻歌を口ずさむシーンくらいでした。ただ、この鼻歌ってやつが実はけっこう大変で……。

三間 ありましたね。事務所で機嫌よく仕事をしているシーン。

蔦谷 まずオリジナル版でマシュー・マコノヒーが歌ってる鼻歌の地声が、めちゃくちゃ低かったんです。それで、わざわざキーを上げた仮のデモ音源を作って聴いてもらったんですけど。その歌い方がまたスウィングしてるっていうか、独特の跳ねる感じが難しくて……2人して延々と「♪ドゥンツク ドゥンツク」「いや、内村さん、そこワンテンポだけ速いです」とかやってました(笑)。

三間 そういうときの内村さんって、こちらがOKしても簡単に納得してくれなかったりしません? 僕なんてしょっちゅう「監督、本当に今ので大丈夫ですか?」とか聞かれてましたけど(笑)。

蔦谷 僕もそうでしたよ。鼻歌1つでも、とにかく一生懸命に「何度でもやりますから言ってください」と。物腰はとっても柔らかでスタッフがプレッシャーを感じたりするシチュエーションは一切ないんですけど、納得するまで譲らない。

三間 ストイックという言葉が似合う方ですよね。

声優初挑戦MISIAの「私、テストが一番いい気がするんです」

──オリジナル版では新世代の歌姫トリー・ケリーが演じたゾウのミーナは、吹き替え版ではMISIAさんが声を務めています。内気だけど実は圧倒的な歌唱力を秘めたこのキャラクターのキャスティングについては……。

ミーナ ©Universal Studios.

蔦谷 これは僕のアイデアです。というか現実問題、日本の女性シンガーであの劇中曲を歌いこなせる人は、MISIAさんくらいしか思い付かなかった。

三間 大事な場面でミーナがカバーする、スティーヴィー・ワンダーの「Don't You Worry 'Bout A Thing」。もう圧巻でしたもんね。構成上は完全にあそこが肝なので。日本語版を聴いた瞬間に「うん、この映画はいける!」って確信しました。

蔦谷 ちょっと専門的な話になっちゃいますけど、オリジナル版のトリー・ケリーって、ハイC(C5)という高いキーのさらにオクターブ上まで声が出てるんです。それも裏声ではなく地声で。それを今回、MISIAさんは完璧に歌いこなしています。しかもすごいと思ったのは、トリー・ケリーのフェイクまで完コピしてくれてるんですね。

三間 それってやっぱり、難易度が高かったんですか?

蔦谷 うーん……もちろんテクニック的にも難しいんですが、MISIAさんくらいの歌手になれば、そこで苦労されることはなかったと思う。ただフェイクって、歌い手にとっては名刺みたいなものなんですよね。オリジナル版のトリー自身、スティーヴィーとは違った彼女なりのフェイクを入れているわけで。一流シンガーだからこそ、それをコピーする抵抗感はあったんじゃないかなと。これは僕の想像なんですけれど……。

三間 ああ、なるほど。

蔦谷 だけどMISIAさんは、作品の世界観を壊さないように、キャラクターの口の動きに合わせて完璧にコピーしてくれた。それだけでも感動するんですけど、フェイクで一箇所だけ、リップシンクは完璧なのにトリーよりさらに上のキーが出てるところがあって。

三間 おお、すごい!

蔦谷 これに関しては、厳格なアメリカ本国のスタッフも大絶賛でした。「こんな歌い手が日本にいたのか」と。ハイトーンが出ているだけじゃなく、ミドルから低音域への迫力はたぶんトリー・ケリー以上にすごい。レンジが広いのに、どの帯域でも声が細くならない。そこの魅力が劇場でしっかり伝わるように、ミキシング過程でもかなり気を遣いました。

──MISIAさんは声優として、演技にも初チャレンジされています。

蔦谷 そう! すごい自然でよかったですよね。三間さんにぜひ伺いたかったんですが、あのお芝居はどうやって引き出したんですか? わざと練習しなかったとか?

三間 いえ、本番前にちゃんとテストはやってるんです。ただ……その段階からひっそりレコーダーは回していて。大半のシーンでは、その音源を採用しました。

蔦谷 ああ、なるほどー。そうだったんだ。

左から三間雅文、蔦谷好位置。

三間 今回、MISIAさんとスキマスイッチの大橋卓弥さんは、声優業は初めてだと伺っていたので。できるだけ自然に心を開いてもらえるように、わざと「僕も吹き替えの作品は初なんですー」くらいのテンションで(笑)。内村さんに対してとは、ある意味、正反対のアプローチだったかもしれません。

蔦谷 さすがは30年選手。いろんな技を持ってますね(笑)。

三間 いえいえ(笑)。実際、2人共こちらの演出に対して、最初からとてもピュアに反応してくださったんです。お芝居に対する勘も素晴らしかった。モノマネや何々風ではなく、心が動く。それもあって、これはテストも録っちゃうのがいいだろうと。

蔦谷 気付かれませんでした?

三間 MISIAさんは途中で、「すみません、私、テストが一番いい気がするんです」とおっしゃってました(笑)。なぜ本番の音源を使わなかったかというと、やっぱり最初のテイクが一番初々しいんですよね。それが回数を重ねると、だんだん慣れとか「こうしたい」って表現欲が混じってくる。でも、例えばミーナの場合、「こうしたい」って気持ちを表に出せない内気なキャラクターでもあるわけで。

蔦谷 そっか、MISIAさんの場合、少し慣れてきた本番のテイクよりむしろテスト音源のほうが、おずおずしたキャラクターの雰囲気に合っていたわけですね。確かにかわいかったもんなあ、ミーナの声。今、深く納得しました(笑)。

映画「SING/シング」 / 2017年3月17日(金)全国ロードショー

「SING/シング」
ストーリー

動物だけが暮らすどこか人間世界と似た世界──取り壊し寸前の劇場支配人バスター(コアラ)は、かつての栄光を取り戻すため世界最高の歌のオーディションを開催することに。主要候補は5名。極度のアガリ症のシャイなティーンエイジャーのミーナ(ゾウ)、ギャングファミリーを抜け出し歌手を夢見るジョニー(ゴリラ)、我が道を貫くパンクロックなティーンエイジャーのアッシュ(ヤマアラシ)、25匹の子ブタたちの育児に追われる主婦のロジータ(ブタ)、貪欲で高慢な自己チューのマイク(ハツカネズミ)、常にパーティ気分の陽気なグンター(ブタ)。人生を変えるチャンスをつかむため、彼らはオーディションに参加する!

スタッフ
  • 監督 / 脚本:ガース・ジェニングス
  • 製作:クリス・メレダンドリ、ジャネット・ヒーリー
  • 吹き替え版 / 演出:三間雅文
  • 日本語吹き替え版音楽プロデューサー:蔦谷好位置
  • 日本語歌詞監修:いしわたり淳治
キャスト

マシュー・マコノヒー / リース・ウィザースプーン / セス・マクファーレン / スカーレット・ヨハンソン / ジョン・C・ライリー / タロン・エガートン / トリー・ケリー / ジェニファー・ソーンダース / ジェニファー・ハドソン / ガース・ジェニングス / ピーター・セラフィーノウィッツ / ニック・クロール / ベック・ベネット

吹き替え版キャスト

内村光良 / MISIA / 長澤まさみ / 大橋卓弥(スキマスイッチ) / 斎藤司(トレンディエンジェル) / 山寺宏一 / 坂本真綾 / 田中真弓 / 宮野真守 / 谷山紀章 / 水樹奈々 / 大地真央

蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)

1976年生まれ、北海道出身。CANNABISのメンバーとして2000年にメジャーデビューし、その後NATSUMENの一員として活躍。2004年よりagehaspringsに在籍し、YUKI、Superfly、ゆず、エレファントカシマシ、木村カエラ、Chara、JUJU、絢香、back numberなど多くのアーティストのプロデュースを担当する。映画、CM音楽なども手がけている。

三間雅文(ミママサフミ)

1962年生まれ、東京都出身の音響監督。「ドラゴンクエスト」で音響監督テレビシリーズデビューし、その後も「ポケットモンスター」シリーズ、「進撃の巨人」「僕のヒーローアカデミア」「黒子のバスケ」など数多くのテレビアニメや劇場版アニメの音響を手がける。