音楽ナタリー Power Push - 映画「SING/シング」特集 蔦谷好位置×三間雅文
夢のキャストが歌いつなぐ“動物音楽ドラマ” 工夫と愛に満ちた吹き替え版舞台裏
本家にも匹敵する坂本真綾&トレエン斎藤版「Shake It Off」
──家事に追われる専業主婦のロジーナは、オリジナル版ではリース・ウィザースプーンが演じています。このキュートなブタには、坂本真綾さんが配役されています。そして、劇中で歌のパートナーを務めるグンターの声は、トレンディエンジェルの斎藤司さんが担当しました。
三間 坂本さんは信頼できる声優さんのお一人で、セリフに関してはなんの心配もしてませんでした。びっくりしたのは斎藤さんで、とにかく感情表現が豊かなんですよ。オリジナル版はニック・クロールという人気コメディアンが演じていて、劇中でも一番笑いを取る役どころなので、僕も「斎藤さんもっと! もっとやっちゃってください!」って、常にけしかけて。
蔦谷 あのカン高い声と、脳天気な感じ。いやあ、マジで最高だった。
三間 普段から漫才とかコントで鍛えてる方は、やっぱり強いですよね。斎藤さんご自身、楽しんで演じてくださってたと思います。むしろこのコンビについては、蔦谷さんの楽曲制作のほうがずっと大変だったんじゃないですか?
蔦谷 はい。テイラー・スウィフトの「Shake It Off」を歌ってるんですが、これが一番苦労しましたね(笑)。今回、本国チームの意向でどうしても日本語の歌詞が付けられなかった曲がいくつかあって。この曲もそう。でもオリジナル版をそのまま流用するのは悔しかったので、坂本さんと斎藤さんに、英語のバージョンを完全再現してもらったという。
三間 これもまた、ちょっと聴いただけだとオリジナル版かと思ってしまうくらい、よく似てますよね。どうやって近付けたんですか?
蔦谷 これはですね、英語指導の先生がめっちゃ優秀だったんですよ(笑)。クリスというニューヨーク出身の黒人の方だったんですけれど。例えば僕が、音程とか節回しとか音楽的な要素からOKを出すじゃないですか。「このテイクはバッチリだぞ」って。でもクリスは「ノー、ノー! ごめんなさーい、そこ違ってマース!」とか言って、容赦なく切り捨てちゃう(笑)。で、「R」とか「F」とか「TH」の発音から細かく直してくれたんですね。坂本さんがまた、本当に一生懸命その指導に付いていってくれて……。
三間 彼女もプロ意識の塊ですからね。
蔦谷 ちなみに斎藤さんは昔、社内公用語が英語の企業で働いてたそうで。クリスの熱血指導にもばっちり対応されてました(笑)。
山寺宏一の「My Way」に蔦谷涙
──最後のメインキャラクター、超自己中で自信家のジャズミュージシャンで、ネズミのマイクについてはどうでしょう? オリジナル版では「テッド」シリーズの脚本・監督・製作で知られるセス・マクファーレンが演じています。日本語の吹き替えは声優の山寺宏一さんですが、この演出については?
三間 山寺さんには……まったくないですね(笑)。完全なるお任せ。僕がやったのは、とりあえず「もし『SING/シング』のパート2があったら、次はマイクが主役だと思います」といって気分を乗せたくらいじゃないでしょうか。歌唱力もすごかったですよね。
蔦谷 ええ、もう。実は今回、山寺さんが歌った「My Way」が僕にとっては最大の衝撃でした。映画を観ていただければわかるんですが、歌の後半はちょっと演技の要素も入ってくるんです。熱唱しながら芝居もするそのパートは、差し替え一切なし。あまりに素晴らしくて……僕、ひさしぶりにレコーディングで泣きましたもん。
三間 へえー。
蔦谷 もちろん、そのワンテイクでOKを出しました。あれだけ輝かしいキャリアと経験を持ちながら、とにかく研究熱心な方で。スタジオにいらっしゃる前日は古今東西、あらゆる人が歌った「My Way」の動画をYouTubeでひたすら観まくってたそうなんです。仕事に向き合うその姿勢にも頭が下がりました。
三間 ちなみにセリフ収録のあと、車に乗せて頂いたんですが、その車内でもずっと「My Way」が流れてましたよ。
蔦谷 そうか、かなり研究されてたんだ……で、当日、いざマイクをセットして声を出してもらったら、「日本人にもこんな低音を出せる人がいたのか」と驚くくらいスピーカーのウーファーが震えてたんです。あの光景も忘れられない。
三間 僕は残念ながら、歌のレコーディングには立ち会えなかったけれど、お芝居部分でマイクが叫ぶ「ウッ!」とか「イーッ!!」みたいな声は、実は僕らのほうで収録したんですよね。
蔦谷 そうそう。
三間 その別録り素材が歌にちゃんとハマるかどうかだけ心配だったんですが、完成版を観たら、まるで同録したみたいにスムーズで……あれは改めてすごいと思った。山寺さんの中では、つながっていたんだ。
蔦谷 ピッチもまったくいじってないですからね。おそらく山寺さんの中には、完成形のイメージが完璧にできてるんだと思う。超一流のプロとお仕事できた感動がありました。
両方を見比べて「SING/シング」の奥深さを体験してほしい
──では最後に、オリジナル版とはまたひと味違う日本語吹き替え版「SING/シング」の楽しさについて、それぞれのポジションから教えてください。
三間 一番はやはりお子さんから大人まで一緒に楽しめるわかりやすさじゃないかなと。もともと吹き替え版って、映画の楽しみを広げるために生まれてきた文化だと思うんですよね。もちろんオリジナル版も素晴らしいんだけど、吹き替え版スタッフも全力を尽くして、それに勝るとも劣らない作品に仕上げた自負があるので。ぜひ、劇場で体験していただければうれしいです。
蔦谷 うん。それで作品に興味を持って、オリジナル版も観に行っていただければもっといいですよね。あと、小さい子供も絶対に楽しめるはずです。もうすぐ2歳になるうちの娘を、ダビング期間中に一度だけスタジオに連れていったことがあったんですね。そしたら、モニタに映ってた映像を食い入るように観てましたから。
三間 ははは(笑)。それは説得力がある!
蔦谷 僕自身、子供の頃からずーっと洋楽一辺倒で育ってきて。正直、映画も「吹き替えよりもオリジナル」っていう思考が刷り込まれてた部分もあったと思うんですね。だけど今回の吹き替え版は、当時の僕に聴かせても絶対納得させられるクオリティに仕上がっている確信がある。できれば両方を見比べてもらえれば、「SING/シング」という作品の奥深さをより感じていただけるんじゃないかと思います。
映画「SING/シング」 / 2017年3月17日(金)全国ロードショー
ストーリー
動物だけが暮らすどこか人間世界と似た世界──取り壊し寸前の劇場支配人バスター(コアラ)は、かつての栄光を取り戻すため世界最高の歌のオーディションを開催することに。主要候補は5名。極度のアガリ症のシャイなティーンエイジャーのミーナ(ゾウ)、ギャングファミリーを抜け出し歌手を夢見るジョニー(ゴリラ)、我が道を貫くパンクロックなティーンエイジャーのアッシュ(ヤマアラシ)、25匹の子ブタたちの育児に追われる主婦のロジータ(ブタ)、貪欲で高慢な自己チューのマイク(ハツカネズミ)、常にパーティ気分の陽気なグンター(ブタ)。人生を変えるチャンスをつかむため、彼らはオーディションに参加する!
スタッフ
- 監督 / 脚本:ガース・ジェニングス
- 製作:クリス・メレダンドリ、ジャネット・ヒーリー
- 吹き替え版 / 演出:三間雅文
- 日本語吹き替え版音楽プロデューサー:蔦谷好位置
- 日本語歌詞監修:いしわたり淳治
キャスト
マシュー・マコノヒー / リース・ウィザースプーン / セス・マクファーレン / スカーレット・ヨハンソン / ジョン・C・ライリー / タロン・エガートン / トリー・ケリー / ジェニファー・ソーンダース / ジェニファー・ハドソン / ガース・ジェニングス / ピーター・セラフィーノウィッツ / ニック・クロール / ベック・ベネット
吹き替え版キャスト
内村光良 / MISIA / 長澤まさみ / 大橋卓弥(スキマスイッチ) / 斎藤司(トレンディエンジェル) / 山寺宏一 / 坂本真綾 / 田中真弓 / 宮野真守 / 谷山紀章 / 水樹奈々 / 大地真央
©Universal Studios.
蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)
1976年生まれ、北海道出身。CANNABISのメンバーとして2000年にメジャーデビューし、その後NATSUMENの一員として活躍。2004年よりagehaspringsに在籍し、YUKI、Superfly、ゆず、エレファントカシマシ、木村カエラ、Chara、JUJU、絢香、back numberなど多くのアーティストのプロデュースを担当する。映画、CM音楽なども手がけている。
三間雅文(ミママサフミ)
1962年生まれ、東京都出身の音響監督。「ドラゴンクエスト」で音響監督テレビシリーズデビューし、その後も「ポケットモンスター」シリーズ、「進撃の巨人」「僕のヒーローアカデミア」「黒子のバスケ」など数多くのテレビアニメや劇場版アニメの音響を手がける。