「うーんわっしょーい」「ほよ」の真意
──「余裕の凱旋」を一緒に歌っているDaokoさんは、「椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常」に映像出演されていましたね。
Daokoについては、かなり初期の作品から好んで拝聴しています。途中、どこかの段階で、彼女が弊社作品に触れてくださっていたと伺い、恐縮した覚えがあります。彼女にはラップやダンスなど、自分のトラック上やっていただきたいことが多いのですが、おっしゃる通り、すでにライブ映像に出演していただいていますし、今回はシリアスなアプローチをことさら避けようと試みました。また、スナック活動中、彼女がカラオケで歌ってくださったレパートリーに撃たれてしまい、しばらく引きずった過去もあります。Daokoの声のうまみを引き出した曲……その作曲者がうらやましく憎らしく、一時は負の感情で焦げかけましたが、悔しみを踏み台にして取り組めてよかった。いただくテイクのすべてがそれぞれ愛おしかったです。
──「余裕の凱旋」には、「うーんわっしょーい」や「ほよ」といったフレーズが登場します。椎名林檎の音源で、このような言葉を聞くとは思いませんでした。
それはそれは……。Daokoはどんなリリックも真摯におっしゃるから……。もしかしたら、Daokoのひたむきな声が最もぜいたくに感ぜられそうな語句を列挙しただけかもしれません。ごめんなさい。それとは別な話、デュエット時はどうしても自然に、お相手と自分の共通項に焦点を当ててしまうものだと思うんです。Daokoと私の場合は、ひきこもりオタク作家部分とでも申しますか、光合成不要な陰キャ部分と申しますか、なんと言うか……。
──楽曲の後半でファンファーレが鳴りますよね。
マーチングの先頭に立っていらっしゃる、ドラムメジャーの格好をしてほしいだけだったらどうしよう。すみません。お似合いになるから。そんなの拝見したいから。我慢できないから……。
──(笑)。Daokoさんをはじめ、これまで話してきた楽曲の方々が“猫気質”だというのはわかるのですが、「生者の行進」に参加しているAIさんは猫なんですかね? あまり猫気質なイメージがなくて。
AIちゃんこそ猫の中の猫ですよ。ヒョウ、チーター、ジャガー、ピューマ……。
──ああ、それも猫科ですね。
AIちゃんはデビュー当時から好きなんです。曲が好きだし、お声も、お顔も好き。ダンスも。ずっとご一緒したいと思って様子をうかがっていました。ただ、例えば「長く短い祭」や「能動的三分間」のような、ニュージャックスウィング独自解釈みたいな曲をAIちゃんに押し付けるのは今さら面白くない。もっと危なっかしいことがしたかった。AIちゃんとは、子ライオンを谷から突き落とす母ライオンの葛藤にフォーカスして描いてみたくて、「じゃあ、音楽的にはそれはどういうことなんだ?」と悩んだ末にたどり着いたサウンドです。
──とても速いビートのジャズになっていますよね。
もともと前回のツアーで、石若、鳥越両氏バッテリーによるジャズい高速ビートを目の当たりにし、その威力を発揮してもらえる曲がもっといるなと感じていました。しかもAIちゃんに歌っていただく。それを思いわくわくし通しのセッションでした。結果的に4分音符、330BPMくらいになっていますかね。
──母性にフォーカスしたという、歌詞についてはいかがですか?
AIちゃんと一緒に挑みたいサウンドはいっぱいあるし、歌っていただきたいメッセージもたくさんあるけど、今回に限っては、彼女に親心を表していただきたいとはなからはっきり考えていました。だのに具体的に取りかかってみると、自分にとっても他人事じゃないからなのか……。とにかく、難航しました。ある晩、うちの一番下の小2の子供が、「AIちゃんの作詞にずっと悩んでるみたいだけど、1つ、僕からのアドバイスいい?」と言ってきて。
──何を教えてくれたんですか?
「AIちゃんの特徴をちゃんと紙に書いたりした? 歌詞の紙とは別な紙に書くんだよ」「彼女の口癖も全部書かないと駄目だよ。その全部のところから、ちゃんといい部分を選んで歌詞に入れるんだよ」と。
──すごいですね。
「え、確かに」と一瞬思ったんだけど、よく考えてみたら、AIちゃんの口癖は「ヤバい」「サイコー」「マチガイナイ」だから、やっぱり困っちゃって、結局ご本人の歌をいただく直前まで悩みました。
──母性、親心というテーマで、どういったところが難しかったんでしょう?
みんな人の子だけど、必ずしもみんなが人の親じゃないし。「親知らず子知らず」でしょう。子供としての視点はみんな持っていても、親からどう見られていたかという視点については、不確かです。人の数だけ解釈があるんですよね。ポップスとの食い合わせは、あまりよくないテーマなのかもしれないけど、だからこそ、AIちゃんみたいに実直で、なおかつ洒脱なカッコいい方にこそ発していただきたかったわけです。私1人ではとても挑めないテーマでした。
ハチャメチャな曲順にしているつもりです
──アルバムのオープニングナンバー「ちりぬるを」に参加している中嶋イッキュウ(tricot、ジェニーハイ)さんも、「高校の軽音部に入って聴き始めた椎名林檎さんに、歌の面で影響を受けている」と公言しています。
そう言ってくださっていたようなんですけど、私はそのことを存じ上げぬままtricotの存在をイケておられるなと認識していました。テレビの歌番組でジェニーハイと一緒になったときに、「このイッキュウ氏なる方、ステージ映えしてカッコいい方だな」と。ググったところ「さもありなん、tricotの方だ」と結び付きました。それから、いつかご一緒したいなと目論んでまいりました。イッキュウ氏の歌声には、歌手然とした芯がおありですよね。バンドのアンサンブルに溶けちゃうような曖昧なプレイはなさらないですよね。カリスマ感じさせるボーカルです。ちょっと湿り気を帯びた内容のことでも、イッキュウ氏特有の凛とした清潔さで、さっぱりさわやかに、しかし切実に表現いただけそうだと思って……例えば、私1人では、なかなか作品化しづらかったテーマに挑めました。このテーマがなかった場合は、断然、凶暴な振る舞いをご一緒いただきたいお相手です。
──アルバムを締めくくる「ほぼ水の泡」に参加している、もも(チャラン・ポ・ランタン)さんとの出会いは?
ももちゃんのお姉様・小春ちゃんが、うちでよく弾いてくれているアコーディオン奏者の佐藤芳明氏のお弟子さんなんですって。ももちゃんに初めてお会いしてから10年以上経っているけれど、コンサートで拝聴するたび、ずっとご一緒したいと思っていました。ただ、いざとなると気負ってしまい、かなりナーバスになりました。歌っていただきたい感じが、あらゆる要素としてあまりにたくさんあるから、まずは1つ答えを出さねばならないという現実を前にパニックに……。
──ももさんのボーカルのどのようなところに惹かれていますか?
やっぱり圧倒的な明るさですよね。
──ももさんはドラマ「トットちゃん!」で笠置シヅ子役をやっていたこともありましたよね。
ああ、お似合いになりますね。そういう日本の歌謡とか、都々逸とか、江利チエミさんのようなブルーズもある。でも、やっぱりももちゃんは令和の若者で、そんないにしえのフィーリングがあるかといったらそうでもなくて。書いているときこちらが想像していたより、もっとキッチュに仕上げてくださった。歌をいただいている間、新鮮な驚きを覚え続けていました。私1人が歌うと懐古趣味にしかならなかっただろう旋律が、こんなに風通しのよい現代のポップスに昇華していただけるのか、と。すっかり味を占めてしまいました。
──曲順はどのようなイメージで組みましたか?
「三毒史」や「日出処」をはじめ、今まで作ってきたアルバムよりはハチャメチャな曲順にしているつもりです。自分が一緒に暮らしている生き物とか、身近な家族が死ぬ瞬間というのは大抵唐突で不本意なタイミングじゃないですか。そうでなくとも人生、甘いのは一瞬で、ほとんどが塩辛い。せっかく女性たちと一緒に描けるんだったら、計算通りにいかない浮き世のリアリティを求めたかった。最初と最後の曲は“お弔い”と“お祝い”と決めていましたが。
──死を悲しみ、慰める弔いの「ちりぬるを」から始まって、生きとし生けるものに祝杯をあげる「ほぼ水の泡」で終わるアルバムには、「放生会(ほうじょうや)」というタイトルが付いています。
自分がものを書いてゆく以上、「三毒史」とともに避けて通れない主題と感じます。端的には、私のふるさとの祭りの名称です。
──「放生会(ほうじょうや)」は博多の三大祭の1つで、「万物の生命を慈しみ、殺生を戒め、秋の実りに感謝する」ためのお祭りですよね。もともと「放生会(ほうじょうえ)」というのは、私たちが生きるために命をいただいている生き物を供養し、感謝を捧げる神事です。
博多では教育の一環として、鳥を絞める様子を子供に見せます。その場で鳥の首を切って、体だけで走らせて……。ハイティーンの子には「自ら育てて自ら締めて自らいただく」といういきさつを体験させる場合もあるみたいです。どういう犠牲のうえに生きているのか、日々叩き込まれてきた博多方面の人たちは「そういう意味なんだろうな」といち早くピンと来てくださるかもしれません。ただ、命をいただくことに対して感謝を述べる主旨のお祭り自体、全世界中にたくさんありますよね。「三毒史」同様、今回も、この題を大前提に踏まえつつお書きしているつもりです。
──ジャケットには、神様のような黒猫が描かれていますね。
福岡の同級生が描いてくれました。昔、一緒に美術高校を受験した友達です。別にこのアルバムがなくても、彼女はいつも猫を描いています。もともとそれを見て「いい表情だな」と気に入っていたところ、たまたまアルバム制作が進んできて、彼女のタッチがぴったりに思え、新たに描き下ろしてもらいました。
──最後に椎名さんにとって、猫はどんな存在か、聞いていいですか?
信仰です。一緒に暮らしてくれて、静かに導いてくれて、ありがたいです。
ツアー情報
生林檎博’24―景気の回復―
- 2024年10月5日(土)青森県 盛運輸アリーナ
- 2024年10月20日(日)新潟県 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
- 2024年10月29日(火)大阪府 大阪城ホール
- 2024年10月30日(水)大阪府 大阪城ホール
- 2024年11月7日(木)静岡県 エコパアリーナ
- 2024年11月21日(木)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2024年11月23日(土・祝)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2024年11月24日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2024年11月30日(土)福井県 サンドーム福井
- 2024年12月15日(日)福岡県 マリンメッセ福岡
プロフィール
椎名林檎(シイナリンゴ)
1978年11月25日生まれ、福岡市出身。1998年にシングル「幸福論」でデビューした。音楽家、演出家。バンド東京事変を主宰。自らの発信と並行し、歌い手、踊り手、演じ手の表現や、舞台、映画、広告、番組などへの楽曲提供も精力的に行っている。2009年に「芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞。2016年にリオオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグ・ハンド・オーバーセレモニーにおいて演出、音楽監督を務め、国内外から高い評価を得た。2019年に男性ボーカルをゲストに招いたオリジナルアルバム「三毒史」、およびベストアルバム「ニュートンの林檎 ~初めてのベスト盤~」を発表。2023年に初のリミックスアルバム「百薬の長」をリリースした。2024年2月から5月にかけて11都市22公演の全国ツアー「椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常」を開催。5月にシングル「私は猫の目」をリリースした。2024年4月にシングル「人間として」をリリース。2024年5月にアルバム「放生会」を発表した。